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胡蝶の夢の転生者

 うぅーん。体がだるい。全身が石のように重い。ああそうか、今まで子どもの肉体だったから大人の体に戻って体が重く感じるんだな。夢の異世界でやってきたことが実質肉体労働だったのは何とも皮肉である。

 目を開く。外は明るい。あれ、窓の向きが逆だ。天井が違う。ベットが違う。ここは・・・どこだ?わからない。寝よう。今日は休みなんだ。うたた寝しよう。

「目が覚めましたか? それでどうしてこちらに?」という聞き覚えのある女性の声がする。

 ・・? 一体何だって誰が乱入しているんだ。気持ちよくうたた寝していただけなのに。これどこかで経験しなかったかな。デジャブだこれは。

「本当に起きているんですか? 寝起きが悪いことはよく知っていますが」

 ・・? 寝起きが悪いことを知っている人なんて俺には家族ぐらいしかいないぞ。なぜなら、友達や歴代の彼女の家にいるとき、つまり家族以外の他人と一緒に夜を明かすときには、なぜかみんな寝ているような午前3時とか早い時間に目が覚めるからである。その結果、俺の寝起きのを悪さを知っているのは家族を除きいないはずである。

 いや、よく思い出せ。一人いたぞ。夢の中の異世界であった───

「いい加減起きましょう。その朝弱いネタ、いい加減空きだたんですよ」

 無理。それはそれ。これはこれ。これは俺のアイデンティ。譲れない。

「はぁ。しょうがないですよね」

バチン。強烈な叩きが頬に入る。「痛ったい」目が覚める。何がどうなっているんだ。ええと、目の前にはなんと俺を転生させた張本人がいる。どうなっているんだ。

「なんで?」

「それはこちらの質問です。どうやってここに来たんですか。ここは普通、死者でも入れないはずなんですけど」

 俺は死んだということではない。そう受け止めて良いのだろうか。まだ判断できない。

「ちなみにここは、どこですか?」

「住所・・じゃありませんよね。ここは黄泉の国にある。死神たちの住宅地ですよ」

「なぜここに?」

「それも私の質問です」

 なるほど、お互いに現状が良く分からないことが良く分かった。ここは、早く帰ったほうが良さそうである。というか死神の住宅地にあるというには普通の部屋だ。俺の部屋ともあまり変わらない。俺の脳みそではこのレベルということかな。

「いろいろと聞きたいことはやまやまなんですけど。とりあえず、元の世界に戻してもらえませんか?」

「元の世界ですか」

「あっでも、俺の夢だから自分でなんとかするしかないのか」

「俺の夢って何を言ってるんですか。前にも言いましたよ。あなたは死にましたって。死んだ直後に見る夢はもうとっくに終わっているんですよ」

 何を言っているんだろう。俺の夢が壊れたのかもしれない。ひどいバクだ。まあ、不思議な夢を見ること自体は珍しくない。きっと、これもその一つだ。まあ、ゴリラに追いかけられたことは使えないが、魔法の国でスローライフ生活の夢は、小説の設定くらいには使えそうである。これでよしとして現実に帰ろうではないか。死ねば帰れるのかな。

「ちょっと、聞いてますか」

「聞いてますよ。死ねばいいんですね」

「いや、まだ何も言ってませんよ」

「すばらしい性格ですね。これだから夢の住人は」

 唖然としている。まあ、これは俺の心の中も同じだ。もう少しくらいしっかりとしたキャラクターにしてあげても良かったのではないか。

「まあ、出口まで案内します。準備はできていそうですね。こちらです」

 まあ、ついていこう。帰れるみたいだし。

「そういえば、先ほどからあなたが言う夢って何のことですか? あなたが生活しているのは夢の世界ではなく。あなたの転生後の来世ですよ。間違いなく、現実です」

 へぇ~。ちょっと何を行っているのか分からない。急にどうしたんだろう。

「もしかするとあなたはとてつもない勘違いをしているという話です。要するに、いいですかあなたの来世での人生を先にお伝えします。なぜか死んだあなたはなぜか異世界に転生します。そこで目を覚ますとなぜか中世風の街にいます。そして、なぜか転生先の街で冒険者ギルドに所属し、なぜか成果を残し、なぜかそこそこ有名になる。これがあなたのストーリです」

「違います。別人です。それは私ではありません。私が転生したのは街などでなく、大空の上でしたから。そういえばクレームってどこに言えばいいんですか」

「違うんですか。それはそうとクレームを言うところはいろいろとありますよ。誰に向けて言うかによって、相手が変わります」

「異世界転生局の方に文句を言うにはどうしたらいいですか。直接言ってもいいんですか」

「そうですね。私たちは、実務家ですので、そのような対応に関しては、総務にお願いしています」

 おお何ということだ。文句ひとつ言わせてくれないのか。それ以前に、俺の将来設計に出てきた、その”なぜか”とは何なのであろうか。確かに、そういったストーリのお話はなぜか転生したり、なぜか勇者になったり、なぜか大活躍したりする。そこら辺をちゃんと描いていない話が多いけど、小説としてそんな”なぜか”ということを頑張って書いたところで、話のテンポが悪いとか言われて低評価されるのがオチであろう。だって、読者にとってはそんなことはどうでもいいからである。都合の良いところだけ見たいというのが心理。だからみんな書かない。もちろん俺も書かない。俺が読むにしてもそうである。

 まあ、この体験を小説にするとしたら、転生したら、すぐ近くで商人が娘と共に山賊に襲われている。その商人を神様から与えられたスキルを使い助ける。すると、お礼にその商人の家でもてなされた。そこで行く当てがないことを話すとその店で働くことを進められる。実は主人公には商才があり、その店で数多の苦難を乗り越え、店は大繁盛。最終的に、商人の娘婿となり、人生無事ゴールインという筋の話に変更する。

 先ほども言ったように、転生の顛末に意味がない話ではわざわざそこでの経験を字にはしない。また、俺の話にしても商人の家で出会ったとしたら、実際には行われているであろう、その家族や親戚との交流もいちいち書かない。とりあえず商人とその娘だけで十分。必要になったらそのときに登場させればいい。これが冒険譚で勇者に選ばれた理由だって書いてだめではないだろうが、基本的にこう言った主人公は、前世で苦労していたから楽しい人生を送らせてあげようなどという作者の独りよがりであることが大半だ。必要かと聞かれると話的に面白くなるんじゃない程度の効果である。故に、カットされやすい。その結果、設定が弱く見える物語になる。いわばトレード・オフの関係なのだ。

「もしもし。も~しもし」

「は〜い。ご用件はなんですか」

「受け入れられました? あなたの運命」

「受け入れるも何も自分で決めますよ。そんなものは」

 一瞬間が開いた。随分と臭いセリフだ。こんなことは夢の中でしか言えないだろう。

「大丈夫そうですね。見た目よりも強い人だったんですね」

「女神様。いつかあなたにも出番が来るといいですね。私は今できることを頑張ります」

 物語を書くとなると夜は眠れない日が訪れる。これが最後のぐっすりと眠れる機会であろう。できる限り、楽しもう。

「えっ、はい? お互いに頑張りましょう。」

「はい。ありがとうございます。私も物書きとして最大限の力を発揮してきます」

 せっかくだ。異世界に転生させている張本人なのだから、かねてからの疑問をぶつけてみようと思う。

「ところで質問なんですけど。異世界転生と異世界転移とは何が異なるんですか」

「え~とですね。何というべきですかね」

 あっ、困っている。実はあまり違いなんてないのかな。彼女はワンテンポ空けて。

「そうですね。転生する場合には元の世界に帰るためのシステムを用意しませんが、転移ではそれを用意しています。異世界転移は、それを取り扱う専門の異世界転移室という部署があるので、私もそれ以上は知らないです」

「転移室ですか。そこにはどうやったら行けるんですか」

「私の職場の下の階にあります。機会があったらまた今度ご案内しましょう」

 意外としっかり答えてくれた。社交辞令的な内容にしては随分と誠実だ。根はいい人なのだろう。仕事はできなさそうだが、愛嬌がある。

 先程の小説のストーリーで転生するという下りは不要といったが、やはり書こうではないか。最初は転生から始まり、ラストの場面で主人公が死んだときにあちらの世界に連れていく役目を転生させた彼女にお願いしよう。これだけで、物語に味わい深さが生まれる。

「それじゃあこちらから帰れます。もう、来ないようにしてくださいね。あと、一つだけ私は女神ではなく、死神ですので」

「お世話になりました。また会う時まで死神さん」

 手を振りながら別れを告げる。彼女はどこか呆れた素振りだ。まあ、もう会う気もない相手に、また会いましょうなんて言われたらそんなリアクションにもなるか。

 もう一度、彼女の方を振り向く。なんと、今更ながら彼女はすっぴんだ。顔の濃い人は、すっぴんでも化粧しているように見える。そのためか気が付かなかった。

 日は天高く上り、そらには一片の雲もない。野に響く小鳥のさえずりは千里を駆けるかのようで、今日という日を祝福している。それはまさしく、新たなる門出を記念するかのようであった。

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