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異世界最強スキル、その名も人の縁

 明るい。家の中は外の暗さが嘘のように明るかった。そこは、初めてみるような小物で溢れかえっている。何だろうこれは、文化が違うからなのか良く分からないものだらけ。唯一の救いが、ロウソク特有のオレンジの光だ。これだけ見覚えがある。でもやっぱり、まだ誰にも会っていない今のうちに帰りたくなってい来た。しかし、怖いもの見たさがないわけではない。心が揺れ動く。

「お帰りなさいませ旦那様。そちらがナナミヤ様ですね。」と女性の声だ。「客人だ。よろしく頼む」と当たり前のように答える旦那様。するとこの女性は表情ひとつ変えずににこちら向き、恭しくお辞儀した後「お初にお目にかかります。私はこの家の使用人の長を務めるアメリ・エヴァンズと申します。以後お見知りおき下さい」と流れるように言葉が出てきた。

 びっくりして、頭を下げながら「えっ、はい。ナナミヤ・オトです。お見知りおきを」と返す。間違っていないだろうか。恐る恐る頭を上げてみる。間違っていたら、野宿かもしれない。治安は大丈夫か。いかん。冷静になろう。マナーは分からないが、俺の反応は当然のものだ。しかし、マシューが建物に入ったのがついさっき。彼女は一瞬ですべてを理解し、挨拶してきたのだ。ただものじゃない。きっと、彼女はとんでも設定を抱えているんだ。ほら、よくいるじゃん。

 すると「お願いいたします、オト様」と感情がこもっていない声で返してきた。続けて、「お帰りなさいませ。アンソニー様」と、再び流れるように挨拶をした。アンソニーも川の流れのように笑顔のまま「ただいま。元気そうで何よりだよアメリ」と返事をする。二人は談笑を始めた。ただし、アメリという女性の顔はほとんど変化していない。鉄仮面なのだろうか。

 それにしても、どうしよう。居場所がなくなった。完璧にどうしたらいいのかわからない。奥へと行ったマシューについていくのか。それともここで待つのか。悩んでいるとその様子に気がついたアンソニーが「こちらへどどうぞ」と案内してくれた。なのでアンソニーについていくことにする。ナイスフォロー、アンソニー。

 天井が高い。大きな廊下には、左右にはいくつかの扉がある。屋敷はとても広く感じられる。こんなものは、テレビでしか見たことがない。息が詰まる。

「この部屋がリビングだよ。家族に紹介するからね」かなり緊張してきた。普通に挨拶するだけなんだけど、お腹が痛い。こんな情けない異世界転生者が過去にいただろうか。いや、いない。どうなんだろう。意外とみんな描写されていないだけで、こんな感じだったりするのかも。誰が読みたいんだよそれ。良くない良くない。負の感情を抱くな。

「僕は後ろにいるから挨拶してみて」

 逃げ場はない。意を決する。

「始めまして。ご主人に助けられたご縁で参りましたナナミヤ・オトです。不束者ですが、本日はお世話になります。どうぞよろしくお願いします」

 返事が来ない。やってしまった緊張のあまり、特に脈略もなく挨拶してしまった。まだ相手の確認もしてないのに。恥ずかしさのあまり頭を90度くらい下げる。こんなに下げたのは生まれて初めてだ。というか首を上げるタイミングすら失った。

「はじめましてナナミヤ・オットーさん。私はアンソニーの家内でレイチェル・モーガン・ストックウェルです。よろしくね」

 女性の声だ。アンソニーの家内か家内なんて久ぶりに聞いたよ。これが育ちの良さか。それよりも、名前に違和感を覚えないのかなとか思いながら顔を上げる。そこには若い女性がいた。多少面食らう。あの旦那に対してこの妻か。これが異世界の洗礼だ。良くできてる。だが、年上との会話は意外と得意な部類だ。営業スマイルに切り替え・・られない。頬の筋肉がけいれんしてる。

 十分に顔をつくれないまま、「よろしくお願いします」と言ってしまった。おまけに声がうわずった。ものすっごく顔が熱い。いったいどんな顔して挨拶しるんだよ。

 しかし、レイチェルは満足したようで、横にいた女の子を招いて、

「そして、こちらが娘の」

「クララよ。二人の子どもとしてはアンソニーの次に年長者になるわ」

 アンソニーの妹かといっても10歳くらいの子で所作には愛らしさがある。何と返そうかな。

「そうそう。クララには嘘をつかない方がいいですよ。彼女が持つ加護の影響で、クララは相手が嘘をついたか見抜けますので」

 アンソニーが横やりを入れる。本当か。めちゃくちゃすごい能力じゃないか。これは絶対に友達が少ないタイプの人間である。女同士の会話なんて嘘と虚構だけで成立するのだ。絶対に生きにくそうである。随分と苦労してそうだが・・・その素振りは感じられない。異性の友達が多いのかもしれない。

「あと、あちらで本を読んでいるのが、アーロン。先月、8歳になったばかりでまだまだ子どもよ。口だけは大人だけど。あの態度はね、実は興味があるんだけど、どう接したらいいのかわからないから取っているんだ」

 確かに、本なんかどっかに置いておいて、こっちを見ろよと思う。

「うん。よろしくねオトさん」

 あれ。なんとこのアーロンは俺のことをオットーと呼ばないではないか。厳密な発音をしているということだろうか。そういえば、オットーと読んだのは兄のアンソニーであった。兄弟揃って優男なところは似ているが、こちらは何というか文系だ。兄のような積極性はないのかもしれない。友達にぜひ欲しいタイプだ。よく見ればかわいいとこがある。

「それと、一番下の妹がいるんだけど・・・」

 家族全員が顔お見合わせて笑う。気がつかない分けではない。ずっとレイチェルの後ろに隠れている女のがいる。どうやら、今の俺よりも1,2歳年下の様である。どうしよう。こちらから話しかけるべきなのか。

 マシューが「アビー、ママに隠れてないで出ておいで」と声をかけた。あのマシューがこんな言葉を使うだなんて。「大丈夫よ。ママと一緒にあいさつしましょ」とママが重ねる。おお。そういえばこれくらいの子どもって初対面の人にはこんな感じになるよね。まさか異世界でも共通だったとは。このようなときはやはり、こちらから挨拶しなければ無作法であろう。

「アビーだよね。オトだよ」とゆっくり近づきながら目線を合わせて話しかける。実は子どもも得意である。年の離れた妹がいたから。

「アビゲイル」

「アビゲイル?」

 うん、キャッチボールはできた。アビーって確か、取り敢えず何か返さないと。

「アビゲイルって言うのよ」とクララがフォローを入れる。

「いい名前だね。アビゲイルちゃんよろしくね。」

 あれ、いい感じに挨拶できたと思ったんだけど、顔をそむけられてしまった。年のあまり変わらない子にちゃん付けって失敗だったかな。もう20年以上昔のことなんて覚えていない。

「よくがんばったぞアビー。あと紹介していない家族は、6人いてな」とマシューが仕切る。

「6人? 7人じゃなくて?」とクララがツッコむ。アットホームだ。素晴らしい。

「実はねアメリのことは紹介してあるんだ」とアンソニー。

「先ほどお出迎えの際に一足先に挨拶させて頂いていました」

「へ〜そうだったのね。なら計算は合うわね。私が紹介するわ」と流石クララである。結局、マシューの役割を奪ってしまう。

「こっちの右にいるのがマイア。この家では洗濯や掃除をしてもらっているの」

「マイア・ハリスと申します。これからよろしくお願いしますね」

 紹介された女性は笑顔で挨拶する。「お願いします」と返す。この女性、アンソニーと同じくらいの年であろう。しかし、元気いっぱいの様子はそこまで年上とは感じさせない。意外と俺と同類なのかも。

「そして、こちらにいらっしゃるのがフォックス先生」

「ありがとうございますお嬢様。紹介に預かりましたエレノア・フォックスです。この家では家庭教師と趣味で料理を担当しています。ナナミヤ君よろしくね」

「よろしくお願いします」

 こちらはなんというか同じ人とは思えない。気配と言うか何かが。今までの人とは違う気がする。かなり年上とか、う〜ん。わからないや。この違和感もしばらくすれば慣れるかもな。そういえば、7人って言ってたけどこの部屋にはもう人はいない。あとの4人どこかで作業してるととかかな。

「実は今はいないんだけどトマス・ヘイズと言う人がいて、今はね・・・」

 今はどうしたんだろう。言えないやつとかかな。テンプレート的に。クララに見かねたのかレイチェルが「隣の国だけどブルボン公国のオルソン領あたりにいるそうよ」と助け舟を出した。

「そうそう。世界旅行中なのよ」

 ぶっ飛んでる。俺の世界なら、この時代に世界旅行とか正気ではないだろう。ぜひ一度会ってみたい。

「とにかく。残りの3人は暖炉にいる犬のアーチに。その上の猫のイライザ。最後が、左の窓際にいるフクロウのサマンサ」

 動物なのか。確かにこの部屋にはそれぞれ1匹ずつ犬・猫・梟がいる。動物も家族なのか。家族ならばあとで遊ばなくてはいけないだろう。使命感にかられた。

「以上がうちの家族だ」待ってましたとばかりにマシューが入り込む。

「紹介が終わったところで食事にしよう。先生。お願いできますか」

「もちろんです」とフォックス先生が答え、懐から杖を取り出した。

 テーブルの上には何もない。何が起きるのだろうか。

すると、一瞬の間をあけて「コルヌコピア表れ給え」と唱えた。

 何と次の瞬間、目の前のテーブルに食事が表れたではないか。しかも、できたてという感じですごい美味しそう。

「驚かせてしまいましたか。初めてですよね。私のオリジナルの魔術ですから」

 これが、魔術というものだ。戦うだけのものじゃない。違うか、魔術とは戦闘などよりもこちらメインで使われていそうだ。生きること考えたら、こっちの方が需要ありそうだし。いやはや、感心して声が出ない。

「私もそんな感じになっちゃいましたよ始めてみたときには。ふふっすごいですよね」

 笑ってるけどハリスさんとんでもないことだと思うよ。だってこれだけで料理が出てきたら街や村から食事処がなくなりかねない。いつかあなたの仕事も。

「まあ、万能ではないんだけどね。この料理自体は私の手製で、この魔術はその作りたての状態で保存しておくだけに過ぎないから」

 それもかなりすごい。それだけできたら、異世界に転生したら無双できますよ。

「話もいいが俺はお腹が空いてしまった。みんな席につけ。ナナミヤはアンソニーとアメリの間の席な」

「こちらが手を清めるボールになります。お使いくださいませ」とあくまでもアメリは業務的で淡々としている。しかし、エントランスで挨拶したときよりもわずかに頬が上がっていることは見逃さない。きっと美味しいんだな。

「席についたな。それでは慈母神に感謝を」

「慈母神に感謝を」

 俺も真似して、「慈母心に感謝を」とそんな感じに言ってみた。

 食事は全員同じものをというのがこの家のルールらしい。ここでの生活はどうやら楽しめそうである。ささやかだが、ついているぞ。

 楽しかった食事も終わり、俺が今夜止まる部屋に案内された。客間なのだろう。けっこう豪勢だ。しかし、これからが勝負である。おそらく眠りつけば、経験則上、次起きたときは99%現実の世界に戻っている。そして、そのような楽しい夢に限って、二度と経験することはできない。つまり、この夢を再び見ることはないだろう。だから、眠ることは許されない。子どもの体は睡眠時間を多く必要とするというハンデは抱えているため、眠らないすべを見つけなくてはならない。ちょうど、本棚に大量の本がある。今日はあの本を読んで夜を明かそう。・・・しかし、食事のあとは体温が上がり眠くなるものである。一瞬、一瞬だけ目を閉じよう。うたた寝くらい・・・だろう。目を閉じる。今くらいがちょうどいい・・・。

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