そこは村と呼ぶにはあまりにも立派で
「見てください。あれがうちの村ですよ。本当は、日の出ているうちに到着できればよかったんだけどいろいろとありましたからこんな時間になってしまいましたね」
確かにそこには何か街的なものがある。実際にはその全容は見えないが、月明かりの届かない森の中からも、その村の大きさは漏れ出た光から感じ取ることができる。これは村というには大きいであろう。もはや街である。農村を想像していた身としては驚きを隠せない。どう見たって俺の知っている村ではない。何件ぐらいの家があるのだろうか。それすら把握できない。多くの小説にとって大切な意味を持つ、一番最初の村が、俺にとってはこの村なのである。それにしても、ずいぶんと大きい村が選ばれたものである。
「さて、着いたぞ」
「すごいですね。こんなに大きいとは思いませんでしたよ。どれくらいの人が住んでいるのですか」
「うちの村には800人程度の人がいる。とはいっても、90%人間族の村だがな」
マシューは自慢げである。馬車は他にもいたそうだが、一台あたりがこれだけの荷物で足りるのだろうか。それより、800人もいる村とか破格ではなかろうか。ここ中世という設定だと思うんだけどな。
「よく帰ってきたな。怪我はないか?」という男性の声がした。「山賊捕まえたなんてお手柄じゃないか」今度は女性の声だ。他にも若ものぽい「後で、パブに来いよ。絶対だからな」なんて声もする。なんと、村の入り口にいた人々が馬車の周りに集まってきたのである。その中には、偶然居合わせただけでなく、到着を待っていた人もいるようである。本当に驚いた何十人もの人々がいる。これだけの数の異世界人と会うというのもなかなかないだろう。普通の小説ではカットされるし。
その出迎えに対するマシューは得意げに「当たり前だろう。かすり傷一つ追わないぜ」や「ああまた後でな」などと答えていく。まあ、これだけの歓迎を受ければ上機嫌になるということはわからなくもない。 というか謙遜したらそれこそ嫌味であろう。
「人気ですよね。まあ分けがわからないというのではないんですけど。少し妬きますよね」
アンソニーも嬉しそうである。俺と同じことを思っているにも関わらず、当然のこととして受け入れているようである。これが大人な対応かもしれない。多分この中で一番浮いてるのは俺だろう。 多分、負のオーラが出ている。
「ああ、分かったから。荷物を集会所に置いてくる。もちろんパブにも行く。だから少ここを通してくれ」
周りの人々をかき分けゆっくりとだが馬車は進んでいる。お迎えもいつも通りなのか追いかけてはこない。馬車は、そのまま村の大通りを通り抜け、集会所か、そのような何からしい4階建ての大きな建物に着いた。裏手にまわる。そこにあった入り口から建物に入るとそこは倉庫で、多くの荷物が積み重ねられていた。中身は、この馬車のものと同じような感じなのだろう。
馬車をとめたマシューは素早く馬を厩舎に入れ、アンソニーが手際よく水と干し草を与える。俺も遅れてはいけない。馬車の荷台から降りるが、何をしてよいのかわからない。積み荷を運んだ方が良いのだろうか。オロオロしていると。
「今日は遅いから荷を分けるのは明日だ。我が家に案内するぞ、ついて来い」というマシューの声がした。それに伴い「こちらからでられますよ」とアンソニーが手招きをしてくる。俺は何と答えればよいのか分からず「お願いします」などと言ってみた。
村をしばらく歩く。その間、この二人はよく話しかけられた。しかし、慣れているのか互いに一言、二言交わして、また今度などと言ってはずんずんと進んでいく。しばらく歩いたろうか、そこには、村の中でも目立つ大きな3階建ての建物があった。明らかに近所の建物よりも大きい。
「ここが我が家だ。みんなに紹介するから挨拶頼むぞ」
「あっ、はい」呆気にとられたように言葉が出ない。事実、呆気にとられ茫然としていた。アットホームな感じを想定していただけに、立派な屋敷は気が引ける。豪邸と言うほどではないが、かなり格式のある家である。中から、使用人とか出てきても驚けないんだが。しかし、マシューはそんなことを気にする素振りもなく、扉を開けて家の中に入っていく。ちょっと待ってよ。それよりも、挨拶だ。先に挨拶をさせるから、とかおっ社てくださればよかったものを。いや、それは違うよな。それは、他人の家を訪ねたときは挨拶するのなんて当然のことだ。あまり、考えていなかったもはこちらであろう。村に着いてからいったい何をしていたんだ。村に見とれていました。うぅ、辛い。
「そんな緊張しないで、僕がついてるから。心配になったらすぐに合図をしてね。助けるから」
そうだ。その通り、最早良く分からないが、ここはアンソニーに助けてもらおう。挨拶だって何にも思いつかないけど、アンソニーがきっと何とかしてくれる。そう思うと根拠もなく自信が沸いて来た。覚悟を決め、家の中に入る。