異世界で初バトル
馬車は緑地を抜けた。ここら辺は木々が生い茂っている。あたりからは鳥のさえずりが聞こえてくる。話によると、二人は、村を代表して街に取引に行き、今はその帰り道だそうだ。また、この馬車の他にも2台の馬車が後ろからついてきているということである。事実、俺の周りには大量の木箱が積み重ねられており、その中身は食料、衣服から火打ち石、本、武器まで何でもござれという感じだ。これで、2週間に一度買い出しに行くというのだから村は結構大きいのかも知れない。
「ところでナナミヤ君、君はあまり村というところについて知らないようだけど、街で過ごしてきたのかい」 とアンソニーが問いかける。
「はい。そうですね。街の外に出たことはほとんどなくて、恥ずかしいことにあまり常識がないんです」
「だが、なかなに大人びているな。きっとしっかり教育を受けていたのだろう」
「ははは、そうかもしれないですね」
そういえば主人公の設定どうしようかと悩んでいると
「おい、そこの馬車、止まれぃ」
どこからともなく声がする。
声に合わせて「ヒヒーン」と、2頭の馬の歩みが止まる。後ろからも似たような音がした。
何があったんだろう。ただ事ではないことが分かるが、ここからではよく見えない。
すると、「素直にすべての荷を渡せば命までは取らない。だが、抵抗するなら命を含め身ぐるみすべて頂いていく」という先ほど同じ声がする
「落ち着いてナナミヤ君。山賊だ。じっとしているんだ」
その声は、落ち着き払っていた。
少しずれて様子を確認する。そこには、馬車の行く手を塞ぐように上半身のに鎧をまとい、兜やヘルメット的なものを被ったいかにも悪そうなやつらが5人いた。しかも、全員立派な髭を蓄えたむさ苦しいおっさんである。風呂なんて2週間以上入ってなさそうだ。うち、1人は斧を持ち、2名は槍を持ち、あとの2人は弓を持っていた。これが俺の想像した山賊ということであろう。テンプレートすぎないか、これ。
話を戻して、相手の5人に対して、こちらは3人。しかも、俺という最大の荷物がいる。勝ち目はないだろう。そてとどうやって逃げるのだろうか。などと考えていると。
「父さんこれを」
「応。助かるぜ。」
「それって・・・」
どう見てもただの棒である。ひのきのぼうでもない。
ただ、当の棒を受けとった本人は涼しい顔をしている。
「準備がいいな。まるで俺たちがいるのがわかっていたようだが。」
「わかっていただろ。俺達がどこにいるかという話は街の中で最もホットな話題だって聞いたぜ。」
「いや、わかって通るとかどんだけバカなんだよ」
「やめてやれ、俺達5人に挑むなんて勇気がいることだその愚かさは褒めるべきだろ。」
いや、山賊に襲われると分かっていれば普通、迂回されると思わなかったのかこいつらは。山賊たちは適当なことを笑い合っている。気に食わない。というより、俺が引き合わせたのだろう。ごめんなさい二人とも。
「お前はオットーを守れ」
「もちろんです」とアンソニーも山賊の登場を当然のように受け入れている。
「なめているのか。俺たちと一人で戦うというのか。」
山賊のその言葉の中には愉快さだけでなくどこか侮蔑が混ざっていた。しかし、それは俺も気になっていた。相手は飛び道具を持っている。ただの棒で何ができる。何かできるから逃げなのだろう。当の本人は首を回しながらストレッチしている。
「巻き込んで、ごめんね」
「それは、その逃げないんですか」
「この道は馬車がぎりぎり2台行き違うだけのスペースしかない。この荷物ではUターンする間に車輪が壊されて動けなくだろう。何より、今逃げれば後ろから来ている馬車にも迷惑をかけることになるからね。」
俺は、見ていることしかできないのか。それも、アンソニーは俺を守るために戦いに加勢できない。それは嫌だ。誰かが傷つくと分かっていて、それを目の前で見ていることなんてできない。俺も戦わなくてはならない。
荷物の中にあった武器の内、今の体格で使えるものを思い出す。まず、剣は無理である。剣の大きさは60センチはあった。あんな大きな物は子どもには持てないし、持てたとしても斬りつけるなど不可能であろう。次は、刃のついていない槍。これはつまりマシューが構えているただの棒である。もちろん却下。といか、そもそも近接系の武器はむりじゃないか、この体。
悩んでいる暇はない。そうなると選択肢は自ずと一つに絞られた。
俺は弓を使う。この弓の形状は、幸い俺が高校時代に使っていた和弓と同じで、矢も弓の右を通す形状である。さらに、弦を掛ける筈の形も同じである。しかも、大きさは半弓程度であり、これならば俺にでも扱える。
そうと決まれば善は急げである。幸いなことに山賊たちは棒を構えるマシューに気を取られこちらにまで関心がないようである。今しかない。
音を立てぬよう身をかがめたまま荷車の後方を目指す。アンソニーも山賊に注意を割いており、こちらの動きには気がついていない。また、アンソニーが俺の前にいたため山賊から俺の姿が見えにくくなっているようである。
確かここら辺に・・・よし、弓が手に入った。矢は、弓とともに置かれている。矢の先についている鏃はそこまで鋭利ではない。こちらが半弓であることを考えると相手を殺すだけの威力はないだろう。だが、弓を持つヤツらを牽制できれば、マシュー達ならば勝機はある。そのためには、最低限、一の矢は確実に山賊に中て、二の矢で、もう片方の山賊の動きを止める必要がある。もし、失敗すれば、俺は矢に射抜かれて死ぬだろう。
緊張しないわけではなかった。現にその両手両足はひどく震え、まるで生きた心地がしない。弓を持つだけでもいっぱいいっぱいである。それでも、やらなくてはいけない。弓に弦を張る。震えのあまり音が立つのではないか、中てられないのではないか心配になる。しかし、弓を持つ山賊たちとの距離はわずかに12メートル。相手に動きはない。この距離を座射で外したとなれば切腹ものであろう。狙うのは、すでに、矢を番え終わっている左の山賊からである。
相手に動きを悟られてはいけない。素早く、矢の筈に弦を掛ける。打起こしの工程はカット。いきなり引分けに入る。ゆっくりと、腕を左右に伸ばす。呼吸を止めてはいけない。「ふう」と自然と声が漏れる。子どもの体ということもあり、満足には引けていないかもしれない。だが、威力は十分である。山賊の胸の上の鎧がない箇所を狙う。外せない。震える腕で、機が熟すのを待つ。
まさに自分との勝負である。本来の実力が出せるのであれば、この距離など百発百中である。しかし、実践という緊張感が重くのしかかる。腕を緒上げているだけなのに、まるで違う。現実には一瞬の出来事でも、その時間は永遠であるかのように感じられた。無心だ。ただ矢が中ることだけを目指す。
───機は満ちた。今である。
体を開き矢を放つ。その心はただ無心であった。静寂に一条の音が響いた。
「ぐわぁー」
何ともわからないうめき声が山賊から漏れた。中った、中ったのである。矢はわずかに左に逸れ、山賊の右肩を打ちに抜いた。十分であろう。ここは戦場だ。残心などと言っている場合ではない。残るもう一人の弓を持つ山賊を見る。狼狽えている。何が起きたか理解していない様子だ。
この隙にニの矢を手に取る。素早く弓に番える。
「あっ」その瞬間、手が滑った。いや、指がもつれたという方が適切かもしれない。矢が床に落ちてしまった。激しいプレッシャーの中にあった俺の体はもうすでに限界を迎えていた。落ち着け、まだ大丈夫なはずだ。矢を拾い直す。
山賊はどうなっている! 山賊に目をやる。嘘だ。なんと、相手はこちらを向いているではないか。それだけでない、すでに矢が番えられている。間違えようがない。数秒としないうちにこちらに向けてその矢は放たれるだろう。
俺を、俺を狙っている。今、矢を落とさなければ!! 違う、そんなことを考えている暇などない。命がかかってるんだ。右手に握られた矢はまだ番えられていない。矢の筈を確認して弓に番える余裕はない。山賊から目を離すことはできない。目を話せばその瞬間に俺は射抜かれるという予感がする。
矢の番え方には手元を確認せずに番えるという実践的な技法がある。それをしなければいけないだろう。こんなことなら、練習しておくべきだった。ノールックで矢を番えなければいけないなんて初めてである。
右手で弦の位置に矢の筈を持ってくる。弦に掛かってはいないが矢の筈に弦が当たっていることが分かる。そこから、矢を回しながら引分けを行う。
「カチッ。」
掛かった。1秒とかけずに引き分けにまで持ち込んだ。これで狙いをつければ五分である。ヤツは外さないだろう。俺が一人目を射抜いた後の対応の早さ。迷いがなかった。間違いなく、何度も死線を経験してきたのだろう。
ヤツは今にも矢を放ちそうである。対する俺も座位の利点かおおよその狙いはすでに定まっている。放つのは同時か、俺の方が一瞬遅くなる。だが、それいい、俺の矢を躱そうとしたヤツをアンソニーが押し倒す。結局、人には頼ることになるが、完璧な計画である。
二人が向き合っていた時間はわずかに一瞬であっただろう。互いに同じ感想を抱いていただろう。しかし、七宮は鎧をまとわず、両膝ついた姿勢である。屈むくらいしか相手の攻撃を躱す手立てはない。故に、外さない限りは高確率で命が無くなる。
牽制で十分と思っていたが、こうなると、外せない。いや、外しても十分さ。だが、男として、最後くらいカッコつけたいんだ。なればこそだ、ここは相打ちにさせてもらう。
再び、静寂に包まれた。狙いの先には山賊がいる。今度は胴体ではなく。しっかりと頭に狙いをつけている。その命、頂いていく。
先に動いたのは、やはり、山賊であった。放たれた矢は、迷うことなくまっすぐに襲いかかる。それを見るが否や七宮が矢を放つ。コンマ数秒の攻防である。その決着は一瞬でなんとも儚いもである。矢は無慈悲にも迫ってくる。矢の接近がだんだんスローになってきた。
ああこれ死ぬやつだな。ここまでか。しょうがないよな。ここまでよくやったさ。 目を瞑ろう。あと、できる限る穏やかな表情で死にたい。
「セイ」
キッーン。目の前で金属音がする。思わず、目を開く。なんとそこには、身覚えのある鉄の剣があるではないか。
そう、これは確か荷車の中にあった。だが、本来俺に当たっているはずの矢がどこにもない。どうなっているんだ。
「危なかったね。でも大丈夫」
まさか。
「せーの」
掛け声とともに俺が矢を放った山賊向けて飛びかかった。なんとノーステップである。10メートル以上もある距離をものともしていない。縦に2回ゆったりと周りながら山賊の頭上で体制を立て直す。そこから両手に剣を握り直し───
「うわぁー。」
縦に一閃。山賊は、静かに背中から倒れる。剣についた血を払いながら。アンソニーが朗らかな笑顔でこちらに振り向いてきた。
すごい。まるで練習してあったというがごとく、その動きは洗練されており、見とれてしまった。待て、そんなことを考えている暇はない。まったく意識から抜け落ちていたが、山賊はあと3人いる。マシューが相手をしていたはずだが、どうなったんだ。