暗躍する者たち
……
「つまり冒険者共は依頼を失敗したというのだね」
「彼らの言い分では、自分たちには依頼を断る権利もあるとのことで、その分の違約金を払ってこの依頼を取り消しされました」
「情けない。全くだよ。君は、どうしてそのようなことになっているのか分かっているのか。何がいけなかったのだね」
「ええっと、それは・・・」
「自分たちで直接手を下ださなかったから、そうではないのか。冒険者に頼るなどという卑怯な手を使ったから、違うのかね」
「・・・その通りでございます」
「わかっているなら良い。あのガキのことは、本部にも報告済みなのだ。今更、いなかったことなどにはできん。分かったならもう行け。これ以上の失敗は許されんよ」
「承知いたしました。確認なのですが、あれを使うということでよろしいのですね」
「貴様は二度も言わせるのか」
「失礼いたしました」
ローブを着た若い男は、身を翻し慌てて部屋から出ていった。それにしても子ども一人殺せぬとは、本当に情けないものだ。あいつは、それだけじゃない今の若者たちは、”純栄の誓い”の本当の意味を全く理解していない。我らが今以上に発展するためには、アズマ族は不要である。素晴らしい世界を作るために、例外なく、すべてを殺し尽くし、血を根絶やしにしなければなるまい。
「今こそ、我らに大いなる祝福を」
死にぞこないには、確実なる死を与える。慈悲など不要である。空には月が浮かんでいる。美しい三日月だ。月の光の少ない日には、我らも力が増すというものだ。
「それで俺のところに来たわけか。ガキ一人殺れないとは全く情けないな」
「まさか冒険者が仕事を投げ出すとは思わなかったからだ。それよりも随分な自信だなディック。報告によればそのガキはA級の冒険者を一本の矢で確実に仕留めたそうだ。侮ると痛い目を見ることになるぞ」
「随分なのはお前じゃないのか。どうせウラニウスの前では小さくなっていたんだろう。それが俺の前では威張りちらしている。恥ずかしくて見ていられない」
「一体お前に何が分かる。とにかく、お前は言われたことをこなしていればいいんだ」
「了解。ちょっくらエダ村に行ってそいつを片付ければいいんだな」
「ああその通りだ。だが、少し待て、次は俺たちも参加する。加勢してやるんだ感謝しろよ」
「失敗は許されないもんな。いいぜ、待ってやるさ。ただし、ガキは俺がやる。女子どものあの絶望に変わりゆく表情は堪らないからな」
「いいだろう。俺たちは結果があれば十分だ。決行は再来週の満月の夜だ」
……
「はっ」
何か恐怖心に駆られたように目が覚めた。心臓がバクバク言っている。寝間着が寝汗でぐっしょりだ。太陽はまだ地平線付近のかなり低いところにある。久しぶりにこんな早くに目が覚めた。
しかし、何があったのだろう。俺は昨日の夜の記憶がない。最近こんなことばかりだ。よく記憶が飛ぶのである。更年期障害かもしれない。見た目は子ども頭脳は大人だからな。
「起きられましたか」
気配がなかったにも関わらず、女性の声がした。俺のすぐそばだ。この距離感、この甘ったるい声、嫌な想像が頭をよぎる。記憶がないのが救いであり、致命的でもある。服を着ているといいのだが。恐る恐るゆっくり、機械的にぎこちなく窓の方から首を180度回転させる。
「ええと、どうしてここに」
「昨晩お食事を取られなかったようなので夜中に目が覚めるかな〜と思いまして」
??? つまり、心配だからここにいたってことかな。メイドってそんなこともするのか。なぜかベットの中に侵入してるけど。どう考えても一緒に寝てたよね。あれかな、”おはよう”とかいいながら朝のキスでもしてあげれば良かったかな。冗談だけど。こんな変な想像しちゃうくらい正気じゃない。
「そっ、そうか。つまり君は・・そういう人だったんですね」
「勘違いしてませんか。別に顔に落書きするとか変なことしてませんよ。それより寒いです」
頬をふくらせながら布団の中に潜る。マイアの曲げた膝が俺の膝にぶつかった。お互いに薄着なせいで相手の体温を感じる。どこか懐かしい感じがスフ。いかん。思考を変えろ。リセット。
「そしたらどうして布団の中にいるの」
「それは、アーロン様がそうしていたからです」
何してるのさ、アーロン様。アーロン様がすべての元凶ですか。それが本当ならば文句の一つでも言わなければならない。俺の精神を乱した罪は重罪だ。
「そしたらアーロンはどこに」
「そこですよ」
マイアは客間にあるもう一つのベットを指差す。指の先には、いたよ。アーロンの頭が見える。布団を顔までかぶって入るが、髪の毛が桜色しているからよく目立つ。余計に分からない。どうしてこんなことに。マイアもあっちの布団で良かったよね。おっと、アーロンも目を覚ましたようだ。
「それはオトが目を覚まさなかったからだよ。この間の例だってあるし」
この間の例。あれか、槍を持ったデイブだがなんだかという冒険者の攻撃で意識を失ったんだ。どちらもその原因はおそらく疲労から来ているため悪質だ。このことは、この体の限界を知らないということを意味している。
「それで交代交代で俺の布団に入っていたと」
「そうなんですよ。やっと分かってくださいましたか」
「あまりマイアを責めないでね」
はぁ。運悪く俺が目覚めたとき横にいたのがマイアだったと。つまり、もう少しで目覚めのキスをする相手がアーロンだったんだな。良くない妄想だ。俺はゲイバーのホステスの才能があるって何回も勧誘されているんだから。まあ、こんな妄想してしまったのは、同性に対するキスへの抵抗感がなかったことが要因でもあるが。ぐーう。お腹がなる。みんなに聞こえたかも、恥ずかしい。
「分かりました。今朝のことは気にしません。それよりお腹が空きました。朝ごはんを食べたいです」
「お任せください。急いで準備してきますね」
マイアが部屋を後にする。朝食は、エレノアが朝弱いこともあり、マイアとレイチェルが作っているようだ。二人の味付けは薄めであり、朝食にはもってこいである。
「それじゃあ僕らも下に行きますか」
今日は新しい魔術を習うらしい。いっぱい食べて英気を養わなくては。