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剣術と書いて筋トレと読む

「剣術を習いたいっていうオトの気持ちは良くわかる。俺もそのくらいの年頃のときはそうだったよ。一日中棒切れを振り回しているときがあったもんだ」

 剣術などの武術を習う上で大切なのが師匠である。俺はその師にマシューを選んだ。理由はシンプル。間違いなく、実践経験が豊富だからだ。この世界で初めて戦ったときのことを思い出すと、あの時一番冷静に行動し活躍していたのがマシューであった。物語に出てくる主人公のような暑苦しく叫びながら戦う姿に憧れないわけではないが、現実路線である俺が目指すべき姿はマシューである。

「ぜひ、お願いしたいです。これ以上誰かに守られているだけというのは嫌なんです」

「お前の覚悟は分かった。その意志を尊重するぞ。とはいっても、俺は剣を習うなんてことをしてこなかったから我流だがな」

 関係ない。実践では強いものが勝つ。それだけである。

「全然、気にならないです。というより、そちらの方が都合がいいかもしれません」

「そうか。それなら大丈夫だな。剣を教えるのなんて久しぶりだからな、ちょっと興奮してるぞ。とにかく外に行くぞ」

 マシューの案内で庭に行くと木の棒を渡された。チャンバラに使うには、重たい。持ち上げるだけでも一苦労。何に使うのであろうか。

「その棒は短剣とほぼ同じ重さだ。要するにこれを扱えるように成らないと本物の剣は使えないということになる」

 木の棒は本当に重い。厳密に言うと、細めの木の幹だ。木の棒だなんて呼ぶと間違ったイメージを持つことになる。これだけで1キロ近くある。これだけ重くて短剣相当なのだ。つまり本物の剣は、これよりも重いということになる。

「基本は素振りなんだが」

「素振りですね。因みにどうやったらいいんですか。このままだと振り回すだけになりそうなんですけど、形を教えてください」

「そうだな。両手で剣を握って両腕を上に持ち上げ、剣先を真上に向ける。そんな感じだ。そしたらそこからさらに後ろに振りかぶる。」

「こうですか」

 言われたと通りにやる。肩甲骨や背中が伸びているのが分かる。肩こりに効きそうである。肩なんて凝らないんだが。しかし、木刀はかなり重い。持ち上げているだけにも関わらず両腕が痛む。できているのだから早く次に行ってほしい。

「そうそう。そしたら、遠くに向かって振り下ろす。この時、変に力が入ってバランスが崩れてフラつかないように」

 振り下ろす。やっと開放された。すでに腕がパンパンだ。素振りだよねこれって。何回やるんだろう。

「それでいいぞ。後は振り下ろすときに、ちょうど相手の兜に当たるところで手組のスナップをきかせられると尚いいな。基本は剣の重みで切れるもんだが、そのスナップがあるのとないのでは威力は段違いだ。身につければ兜が割れるようになるぞ」

「わかりました。いまのを繰り返すんですね」

 兜が割れるかどうかは別にして、意外と細かいのね我流にしては。どうしようかな繰り返したくない。何か話をして休憩時間を確保しよう。

「いやぁ、大変ですね。いつまでこれをやるんですか」

「当分これだな。別に休憩してもいいぞ。その棒重いだろ」

「大丈夫ですよ。このくらいならまだなんとかなります」

 諦めて言われたことを思い出しながら、素振りを始める。おお、重たい。両腕だけでなく腹筋が鍛えられる。こんな地味なのは逃げ出したい。しかし、止められない。ここで休んでも努力を先延ばしにすることになるだけだ。ゴールが同じなら、できる限り短い道のりで向かうのが得策だ。休めない。

「大丈夫ならいいが・・・。偉いと思うぞ。それをアーロンにやらせたら1回振っただけでそれ以降、一切練習しなくなったからな」

 アーロンはそんな気がする。あの子はそういった子である。無駄なこと(面倒なこと)はしない主義だろう。くそう。俺もアーロンたちのようにすごい魔術の才能を持っていたらこんなことしなくても良かったかもしれないのに。

 そんな気持ちは声にはならず、マシューの掛け声に合わせてひたすらに棒を振り続けるのであった。剣術スキルがないであろうこの世界ではこういった地味な練習が強くなる一番の方法なのである。

「おい腕が下がってきたぞ」

「ちょっと休憩しよう」

「あと5回だ」

 そんなぁ・・・。限界来てるよ、涙が溢れそう。もう何も考えない。無心だ。羊が脳の中で柵を飛び越え始めた。羊が一匹。羊が二匹・・・。

「よく頑張ったな」

 声に合わせて思わず倒れ込む。ふざけるな。あと5回とか言って10回はやったぞ。腕が上がらない。どうしてくれるのだ。これじゃ夕飯食べられないぞ。というかもう何もかも嫌だ。歩くことすら面倒くさい。決めた。俺は、この庭に引っ越してここで生きていく。

「どうするんだ。続けるのか」

 それは決まっているだろう。こういった場面では続けるのが正解だ。主人公は限界を迎えてなお研鑽を積むのだ。読者とはその主人公の姿を見て応援したくなる。全ては後に出てくる大いなる敵との戦いに備えるのだ。こうした本来は描かれない毎日の小さな積み重ねが強い主人公を作るのである。主人公は。ここテスト出るよ。

「知れたことですよ」

「そうだな。よし、お前の思いは良く分かった。本気なんだな。俺も一緒にやるぞ」

「はっ」

 おかしいぞ。俺は限界だ。今日はお開きにするに決まっているでしょ。俺は主人公じゃないんだから、こんな努力しなくてもいいはずだ。もうやだよ、俺も腕上がらないよ。さっきから、痛すぎて熱いもん俺の腕。ムリムリ。

「ちょっと待ってろ。俺の分の剣持ってくるから」

 ああ・・完璧に訂正する機会を失った。これは、マシューが剣を持ってきたら再開のパターンだ。頭を抱える。俺の意気地なし。マシューに幻滅されるのが嫌で勘違いを否定できなかった。このように俺は典型的なブラック企業で1人で問題を抱えて自殺する社員だ。

「お待たせ。それじゃあ再開だ」

「・・・はい」

 涙をこらえて木の棒を握る。マシューが持ってきた鉄の剣は随分とこちらの木の棒より重たそうである。そう思ってないとやってられない。

 七宮の全身は悲鳴をあげながら、なおも懸命に動き続けた。永遠に感じられる時の中で、漠然と明日になったらムキムキでモテモテなボディーになっているか、羊飼いになっているかも知れないと思うのであった。


「良くついてきたよオトは」

「そりゃあ、ぐっすり眠るでしょう。」

「食事をした方が筋肉にはなるんだがな。終了にした途端、木にもたれかかって眠りだしてしまったから仕方がない」

「ええ、起こさない優しさですね」

 オトは軽い。自分もこのくらいの時はこんなに軽かったのだろうかと思う。彼がアズマ族でなければ、もっと良い世界ならこんな苦労をする必要もないのかもしれない。

「そんな不安定な持ち方してないで、おぶればいいだろう」

「起こしたくないので。体勢を変えなくてよいですし、揺れも減らせますから。そうだ、今度、母さんにしてあげたらどうですか。言ってることが良く分かりますよ」

「ふん。あいつはお姫様なんてタマじゃない」

「一応、名家の出なんですから。もっと優しくしないと駄目ですよ」

「知ったような口を。それよりも、お前こそ、自分のことを考えてるのか。もうそろそろ戻るんだろう」

「そうですね。来週には発つつもりです」

 来週には、この村から出ていく。といってもまた、一年ぐらいしたら帰ってくるだろう。別に家族と離れて暮らすのには慣れた。マシューが気にしているような自分についての心配はない。だが、新たに心配な人は見つけた。それだけは気がかりだ。

「オトのことしっかり面倒見てくださいね。田舎ではあまり感じないかもしれないですけど、首都に住むアズマ族というのは、毎日のように誰かしらが命が狙われるんですから」

「騎士も大変だな。俺たちの頃はもっと楽だったんだがな」

 騎士の仕事が大変なのは今も昔も変わらないだろう。だが、人数が増えているにもかかわらず質が下がっているのは間違いない。最近はいろいろときな臭い噂も多い。

「時代ですね。それこそ最近は、勇者を援助するための助っ人をどこからか召喚しようとしているみたいですね」

「聞いたさ。一体どうだかな。外から人間を召喚するなんて数百年前の技術なんだろう」

「懐疑的な人は多いですね。ただ、召喚するのは30人とかある程度の人を確保するため、何人かは見込みがある人を召喚できるのではという話でした」

「だといいが」

「これ、秘密ですからね」

「はいよ。騎士も大変な時代になったもんだ」

 こうして休暇を取って家族と会えるのは恵まれている方だろう。それこそ勇者は、ユイは休むことなく戦っているのだ。俺ばかりがこうしていることはできない。そう約束したんだ。

 涼やかな冷たい風が、頬を撫でる。足を止めて空を見上げる。太陽は地平線に沈みつつある。これからは月が空を守る時間だ。今日の月は三日月だ。月が欠けて光の弱い日は心が落ち着く。今晩はよく眠れそうである。オトを抱えたまま、しばらく空を眺めていた。こんな日くらいは、彼女も休めるといいんだけどな。

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