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初めての魔術

「オトさんごめんなさいね。嫌なときは嫌って言ってもいいんですから」

 あはは。お母さまはご存じないかもしれませんが、クララには言いましたよ。一緒には入りませんって。もちろん余計な火種を撒きたくないので自分から口には出さないが。しかし、こんな美人に謝られて許さないなんて男はいないだろう。誰でも許しちゃうよこれは。

「クララも弟みたいで可愛いのはわかるけど、オトくんの気持ちも考えないといけないわ」

「分かってるわ。でもねママ、私はオトの面倒を見ないといけないから」

「そんなこと言って、きちんと相手の気持ちも考えなきゃだめですよ」

「オトのことを一番に考えたら風呂に入るのは当然でしょ」

 なーんか平行線な会話。きっとクララはこれからも俺の面倒を見ようとしてくるのだろう。分かっちゃう。俺もそのくらいの年のとき妹の面倒をよく見ていたから。あれなんだよ。、このくらいって保護者顔したくなる年頃なんだよ。特にクララはアーロンとの年齢が近いということやアーロンのメンタルが大人びていることもあって、あまりお姉ちゃんできなかったんだろう。アビゲイルという標的にプラスで俺が加わったという感じだ。ここにいても進展はないだろうな。寝に行こう。

「すみません。僕はそろそろ寝に行きますね」

「おう、そうか。そしたら俺も寝に行くかな。明日も早いし」

「あっ、そういえば。僕っていつまであの立派な部屋にいるんですか。流石にずっとあの部屋っていうのも」

「そうか? 別にあの部屋でいいんじゃないか、いい部屋だからな」

 分かるよ。あの部屋がきれいだし、陽当りも良いというのは良く分かる。でもね、客人でもないのにずっとあんな素晴らしい部屋にはいられない。何より、あの部屋からこっそり抜け出すというのはなかなかに難しい。できれば1階の使用人部屋の近くがいいんだけど。

「なら私達の部屋に来たら。アビゲイルも最近は夜泣きしないから。ぐっすり眠れるわよ」

「クララはまたそんなこと言って」

 遠くでアビゲイルもうなずいている。これは来るなということだろう。そういったことされると行く気はなかったんだけど、お邪魔しようかなと言う気持ちになる。

「ちなみに一人部屋と誰かと一緒ならどちらがいいですか」

「そうだね。誰かと一緒でいいなら僕とか兄さんの部屋も空いてるから」

 誰かと一緒は駄目だろう。夜、突然いなくなったらすぐにバレる恐れがある。昼間は誰かしらが一日中ついてくるんですから。いつからかこの家にお別れを告げるとしたら、それはきっと夜になる。

「そうですね。僕はそんな立派な部屋ではなくて、もっと小ぢんまりとした個室がいいです。あと、高所恐怖症なので下の階がいいです」

「高所恐怖症ってどこで覚えてきたんだその言葉。というよりそれなら、俺の集会所の部屋に来たときも結構怖かったんじゃないか」

「ええまあ、ちょっとだけ」

「もしかして今寝泊まりしている部屋も怖いか」

「いいえ。あれぐらいの高さなら平気ですよ」

 丸っきり嘘である。俺はどちらかというと高所興奮症である。高いところに行けば行くほど、テンションが上がっていくという不思議な人間だ。説明は難しいが、俺は生きているんだという実感がわくのである。あまり共感してもらえないんだけど。

「そういえばこの間の冒険者と戦ったときもすごく高く上がっていたわね・・・」

 部屋が静まり返る。誰しもが、こちらのリアクションを気にかけている。それはそうだろう。この年で死線をくぐり抜けることになったのだ。何かしら思うことがあるべきだろう。この空気に熱を与えるはことができるのは俺だけだ。

「あの時ですか。実はあんまり記憶がないんですよね。ただ、アーロンがすごい力で狼を倒したということと、朝起きたらアンソニーが手を握っていたことぐらいしか覚えていないんです」

「そうなのね。私があなたにアーロンと買い物に行かせたせいで危険な目に合わせてしまったのよ。本当にごめんなさい」

「いいえ、全然ですよ。それこそアーロンが助けてくれましたし」

「僕は対して、それこそオトさんが・・・頑張ったんですよ。あそこでパニックになっていたらそれこそ危なかったです」

 再び、空気が凍りそうになったが、なんとか堪えた。

「そうだな。部屋については考えておく。それにしても、体が十分に回復しているとは驚いた。これで明日からは自由に行動できるな」

「そうね。明日からは一緒に遊びましょう」

「勉強もしないと駄目だよクララ」

 それぞれ「お休み」と声をかけて自室に向かっていったようだ。俺は一人部屋に残されてしまった。いや、残ったという方が正しいか。一人ソファーに向かって身を投げる。天井のシミを数えながら考え事をする。

 そうだ、この間のことだって、俺が自分の身を守ることができていれば、アーロンやアンソニー、クララたちのことを危険な目に合わせることはなかった。あの冒険者集団と戦っているときの記憶はしっかりとは残っていないが、あの時はなぜか体が自分の物ではないかのようにコントロールすることができていた気がする。一流の冒険者すら凌ぐ、あの力を操れれば、きっと俺はこの世界でも一人で生きていくことができる。逆に言うならばそれだけの力をつけなければ、今ここの家を飛び出しても返って迷惑をかけることになりかねない。

 そのためには魔術だけでなく、弓術や剣術も身につけるべきだ。全く、自分が想像の中で作り出した存在に苦しめられというのもどこかおかしな話だがな。道化だろうが何だろうが最後まで演じてやるさ。

 ソファーから飛び起きて自室に向かう。明日からは再び日常に戻る。もしかすると、ゆっくり眠れるのは今日が最後かもしれないとそんなことを思うのであった。


 意識を体の中に向ける。呼吸をコントロールして魔力炉に火を入れる。起動を開始した炉は高純度の魔力を練り上げ、その魔力は魔力路を通って丹田に送られ、さらに右の手に集められる。

 この集められた何の型にもはめられていない純粋な魔力に手を加えて、息を与える。今は火属性の魔術だ。イメージするのは熱いもの、例えばマグマだ。そのイメージしたマグマに魔力の性質を似せていく。魔力は熱を帯び始める。そして最後に。

「火の粉よ、燃え盛れ。」

 詠唱を受け、魔力は実体となって目の前に現れた。

 初めてできた。これが、火属性の魔術。俺の初めての魔術。火の粉が燃え盛るというのは不思議な感覚だが、初めての魔術というのは感慨深いものだ。

「はいはい。いい感じですよ。そのまま継続してください」

 魔術を利用する際に使われる魔力とは、火にとっての薪や酸素のような役割であり、一定以上を供給し続けなければ消えてしまう。そのため無理のないように魔力炉で魔力を生み出し続ける必要がある。結構時間が経って来た。エネルギー効率がはじめに比べて落ちている気がする。

「もうそろそろですかね」

 その時だ。魔力炉が緊急停止した。

「えっ、どうしてまだまだなのに」

 正直に言ってこれは強がりではなく本心だ。俺の体内には未加工の魔力がまだまだ残っている。魔力炉が停止しなければ、続けられたはずだ。

「今のでいいですよ。正常です」

「これで正常なんですか。正常だったら急に止まったりしないのでは」

「心配にならなくていいですよ。今のは正しい体の防御反応ですよ」

 防御反応。つまり、安全ストッパーだ。危険なものを扱うときに、安全に扱える段階を超えそうになる以前に用意されており、危険域に侵入する前に作動し、危険を避けるものである。ランニングなどをしているとき、何故か体は動くのにも関わらず、もう走れないと感じさせるそのシステムの仲間だろうか。

「まだ魔力を生み出せると感じていたのにも関わらず、急に魔力の生成が止まったのですよね」

「そうです。炉が急停止したような感じでした」

「それは魔術炉がオーバーヒートするのを防ぐために、体が勝手に機能を停止させたのです」

 なるほど。魔術炉が限界を向かる前に自然に止まるのか。便利なものだ。しかし、このシステムには欠陥がある。なぜだか不明だが、この間は作動せずに爆発した。作動する条件を聞いておくか。

「もしかして機能が作動しないってこともありませんか」

「ええ、ありますよ。その停止機能というのは補助的なものなんです。つまり、意識的にそのストッパーを超えて使おうとすれば、そのまま使い続けることができます。あとは、ストッパーが十分に作動する前に一気に限界を迎えるとかもあるわ」

 そうなのか。あれ、これは要するにこの前、俺が魔力爆発起こしたのは俺の意図するところであったということがバレているのではなかろうか。しかし、エレノアの顔からはそうかどうかは読み取れない。だとしたら恥ずかしい。話題を変えよう。

「次は何をするんですか」

「そうね。次は今のを繰り返し」

 またこのパターンか。”ローマは一日にして成らず”ということか。魔術でこれだけ苦戦してるとなるとこれから先が思いやられる。まあ、チートじゃないから仕方ないか。やり遂げるという覚悟をした以上、ここで逃げ出すわけにはいかないよね。

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