表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/100

魔術師の休日

「そうしたら、イーサンとサラという冒険者は街に戻ったんですね」

「ええ、他のオトが相手をした冒険者たちも、街に帰って療養しているみたいですね。すぐに復帰できるという話ですよ」

「良かった。重症ではないんですね。あの時の記憶があまり思い出せなくて」

 実は、俺が冒険者と戦った時のことはあんまり覚えていない。厳密に言えば、デイヴィッドたち冒険者を倒すという覚悟を決めてから、斥候風の冒険者に切りかかられるまでの間の記憶が抜けているのだ。実際の様子などいろいろ聞いてはみたいが、みんな気を使って話したがらない。というより、記憶が無いことを良いことに俺にあの経験を思い出させないようにしている節もある。みんなの会話を聞いていて辛うじて分かったのが、俺が何人かの冒険者を弓矢を使い倒したということだけ。この体のどこにそんな力が秘められているのか分からないが、噓か誠かそれが事実なのだそうだ。

「本当にすみません。僕が山の方に案内したせいで危険な目に合わせてしまいました」

 すごい申し訳なさそうだ。本当は俺が案内させたのだから謝る筋合いなどないのに。こういう誠実な子を見ているとこちらが恥ずかしくなる。

「これ読みませんか」

「それは確か」

 そう俺秘蔵のイヴァン・ブラウンの詩集だ。絶妙に薄かったため、俺の盾になり損ねた幸運な書物である。

「もし良かったら一緒に読みませんか」

「いいんですか」

「ええ、文字も教えてください」

「もちろんですとも。ずっと前から読みたいと思っていたんです。まさかイヴァンの良さが分かる人が身近にいるとは思いませんでしたよ」

 なぜかめちゃくちゃ盛り上がる。不思議な感覚だ。そんなに褒めないでほしい。まるでイヴァンの良さが分かるような気持ちになってくる。まあ、そもそも詩の良さなんて全くと言っていいほど分からないが。

 二人でページをめくりながら戯れる。懐かしい。ああそうか。これは高校のころ放課後に教室や部室で友達と一緒にちょっとエッチな本を見せ合いっこしている時と同じなのだ。思い返すとよくやっていたものである。それでお互いの趣味(性癖)を公開しあっていたものだ。まあ、ずっと繰り返していると誰かしらがどぎついの持ってきて、みんなで引いて一時的に冷め、最初に戻るというところまでワンセットである。

「お邪魔しますね」

 エレノアが入室しました。

「先生、もうそんな時間ですか」

「まだ勉強ではないです。別に自習をするというのであれば付き合いますよ」

「折角ですがご遠慮しておきます」

 アーロンの勉強の時間かと思ったら、違うのか。もしかしてどぎつい本を持ってきたのか。いるんだよ、みんながアイドルの写真集とか袋とじとかで頑張っている時に兄貴のとか言いながらガチもんのやつを持ってくるやつ。決まってみんなから軽蔑の目を向けられるのだ。

「ええ、分かっています。ただ、オトさんの体の様子を確認しに来ました」

「僕ですか。もう全然大丈夫ですよ」

 手を広げて健康な様子を見せる。いまいち伝わらないか。全快アピールをするために上半身の服でも脱いだ方が良いのだろうか。

「その様子なら大丈夫そうね。一応、魔術炉と管などの確認をして、首の包帯を剝がしますか」

「痛くしないでくださいね」

「誰に言ってるのさ。先生は医師の真似事もできるから大丈夫ですよ」

「医師の真似事ではなく医師です」

「医師って魔術は使わないんですか」

 魔術で治せるような傷なら魔術で治してるはずだ。包帯なんかいらないだろう。

「魔術は万能ではありませんので。使い方を間違えれば命にかかわりますよ。そうそう、あなたは魔力爆発を起こしているんですから、そんなに元気な方がおかしいんですよ。上に着てる服脱いで下さい」

「そうなんですか。服って肌着も脱ぎますか」

「お願いします。魔力爆発って本当に危険なんですから」

 結局脱ぐのか服。しまったなこういう時に備えて体鍛えてくんだった。そういう雰囲気のときに彼氏が脱いだら、ヒョロガリだったとかけっこう気分下がるものだ。普通に細マッチョだと想像しているからね。

「そうだよ。ヒドイと魔術炉が壊れて一生魔術使えないとかあり得るんですから」

「めっちゃ危ないじゃないですか。良く平気で魔術使えますね」

「普通は魔力がたまると、爆発を起こす前に反射的に放出してしまうから起きないのです。私が異常と言っているのは、魔力爆発とか魔力に異常を来すと普通魔力酔いを起こすものなのよ。二、三日は全身だるくて動けなくなるのだけど、それが起きていないでしょ」

「へぇー。肝臓は強いんですよ」

「肝臓ですか。アルコールじゃないんですから。僕は飲んだことないから分からにけど」

 大丈夫だ。僕も飲んだことないから。親指を立ててアーロンに合図をする。アーロンも良く分からないが、親指を立てる。

「うん。大丈夫そうね。私の魔術を流してみたけど正常に機能していそう。心配いらないわ」

 どうやら大丈夫なようだ。俺の心臓の上に重ねられたエレノアの手は、とても冷たく気持ちがいいものだった。実は触られたとき、ドキッとして脈が速くなったからそれがバレていないかだけ心配だ。そう言えば魔術と言えば。

「質問です。この間のふと感じたことなんですけど、魔術を使うときみなさんが唱えている呪文っていうんですかね。あれってどんな意味があるんですか」

 魔術と言えば詠唱だ。俺はデイヴィッド戦で魔術の詠唱らしきものを唱えたが、不発だった。なぜクララたちと同じ詠唱をしていたにもかかわらず、魔術を使えなかったのかそれが疑問だ。

「呪文の意味ですか」

「そうです。確かアーロンも何か唱えたら暴風が吹いてきたよね」

「そうか見てたよね。ああもう恥ずかしい」

「かっこよかったと思いますよ」

「魔術詠唱ってそういうところあるからね。とは言ってもいきなりは、ああいった詠唱はしないですよ」

「そうなんですか! だから・・」

「だから?」

「何でもないです。続きを教えてください」

「いいですか。詠唱には2種類あるんです。1つ目が私たちが普段利用している略式詠唱と呼ばれるものです」

 略式詠唱。略式なのに1つ目に名前が上がるというところに意図が感じられる。国語の問題じゃないけど。

「そして、2つ目が通常詠唱若しくは基本詠唱になります。最初は通常詠唱から覚えていただきます」

「略式詠唱と通常詠唱ですね。いやー楽しみです」

「いい反応です。通常詠唱は暗記になるため、普通みんな嫌な顔するものですよ。ねっ、アーロン君」

「そんな時もあったかもしれないですね」

「でも略式と普通の詠唱って何が違うんですか。長さとかですか」

「うーん。長さは詠唱次第ね。もちろん長いものが短くなることもありますし。長くなることもあります」

「略式なのに長くなるんですか」

 省略した結果、元よりも長くなる。起らなくはないのだろうが正直言って情けない話である。実は略式詠唱というのは外国語の翻訳でその翻訳を間違えたのだろうか。呼び方に”通常”と”基本”とブレがあるところもきな臭い。

「魔術の性質次第ですかね。略式詠唱と通常の詠唱はそもそもの発想が異なるので何とも言えないですね」

「実用的で便利なのが略式って覚えておけばいいと思うよ。それに単に短い詠唱がよいのであれば無詠唱で魔術を使えばいいんですから」

 無詠唱の魔術と聞こえた。そういのもあるのか。世界は広いなぁ。普通の物語なら最初から一つに絞るものなんだけど。今あげられた詠唱それぞれに創作する上でのメリット、デメリットが存在する。

「ちなみになんですが、クララとかの詠唱を行うと僕も同じような魔術を使えたりするんですかね」

「どうでしょう。才能にもよりますかね。あと、通常詠唱なら成功するかもしれませんが、略式詠唱だと難しいと思いますよ」

 略式だと難しい。それは何となく想像できる。お約束だもんね。

「詳しくは君が魔術を本格的に勉強するようになったらお話しします」

「今はコップで魔力操作の練習なんだよね」

「はい。結構頑張ってるんですよ」

「そうそう。なかなか呑み込みが早くて、もう少しで卒業出来そうなのよね」

「良かったじゃないですか。頑張って下さい」

「ありがとう。頑張ります」

 最初は微妙な魔術の才能に悩んだものだが、今ではその才能がとても誇らしい。明日からはこれまで以上に真摯に魔術に取り組もう。


「傷本当に塞がっていましたね」

「私もアンソニーから報告を受けたときは驚いたわ。ディヴィットが持つ”魔槍”は回復困難な傷を与えるということは、私達の業界では有名なことなのよ」

「そういえば先生は冒険者もやっていたんですよね」

「そうそう。あれは数十年前の・・・って何を言わせるんですが」

「すみません。からかいたくなったじゃなくて、話の流れでしたよ」

「はいはい。それにしても不思議なこともあるものね。デイヴィッドは魔槍を無くしたのかしら」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ