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死の概念

 いきなり本番というのも怖いため、まずはこの世界で試す。魔力を集めるところは丹田である。ここが練習で一番多く利用したところである。意識を深層に落とし込む。周囲と同調する。

 ここら辺に・・あった魔力炉だ。全身を流れていく魔力はすべてこの魔力炉で作られているらしい。そして、大抵の人はこの炉心に一番近くにあるのが丹田という部位であるため、練習では丹田に流し込む練習をしていたのだ。よし、丹田に魔力が流れ出した。

 魔力炉から流れ出した魔力は丹田でせき止められ、徐々に溜まっていく。さらに、全身を流れている魔力も送り込む。まさしく、すべての魔力を一か所に集めていくのだ。この訓練をやった人ならこの魔力が絞られていく感じと、集積されていく感じは良く分かるだろう。分からない人のために説明すると、お腹の上にバケツを載せてそこにどんどん水を注いでいく感じだ。それがだんだん大きく、重たくなってくる。

「うっ」

 苦しい。吐き気がしてきた。食べたものが全て出てきそうになる。腹筋あたりが生き物のようなものに締め付けられていく。違う、これは魔力だ。魔力がまるで生き物の用に暴れているのだ。慌ててお腹を抑える。だめだ腹筋が切れそう。

 痛みはだんだんお腹から全身に回っていく。呼吸ができない。気道が押し潰されていく。酸素が肺にまで届いていないのだ。嫌だ。こんな苦しい思いは2回もしたくない。この方法は使えない。

 その時であった。なんと俺のスキルの効果が切れてしまった。そう、現実に戻ってしまったのである。デイヴィッドの槍は再びこちらに向けて接近を開始した。

 (「こんな時に」)声にならない。気道が潰れていて息が出ていかないのだ。本当に助けも呼べなくなった。肺を叩けば気道が確保できるかもしれない。しかし、そのためにはこの弓から手を話す必要がある。手を離せば、相手の槍で死ぬことになり、このまま気道が詰まったままであれば呼吸困難で死ぬことになる。他殺か自殺か。刺殺か事故死かである。どちらも選びたくはない。

 痛みのせいで体がおかしくなる。弓を支えていたはずの足が言うことを聞かず縮もうとしてくる。手も弓を支える感覚が無くなって、無性に痒く、ブルブルと震える。槍は俺の喉に刺さり始めた。その進行に合わせて焼けるような痛みが徐々に大きくなっていく。俺はここで死ぬのかもしれない。最後に思いっきり叫ぶ。

「こんなところで死ねるかよ」

 刹那。体に溜まっていた魔力が放出された。上半身が散り散りになって飛んでいく。死んだ。宙に浮いている心地がする。走馬灯が見えそうである。

 当のデイヴィッドは槍とともに飛ばされて行った。七宮がもたれかかっていた木も根っこを残し、折れてしまった。それだけの衝撃波が起きたのだ。その力は遠くで戦っていた6人にまで瞬時に届いた。

「大丈夫ですか。返事をしてください」

「起きて、寝ちゃだめよ」

「しっかりしろ。こんなところで死んでどうするんだ」

「頑張りなさい。今、医者を呼んでくるから」

 みんなの声が聞こえる。でも、言葉自体は聞き取れてもそれが何を意味しているのか分からない。まるで符号のようだ。腕に力を込め、涙を流すクララのの瞳を拭こうとする。しかし、もはや指先さえも言うことを聞かない。いや、そもそもこの体には腕があるのかそれすら怪しい。もう助からないことは分かっているさ。だって、とっくに俺の心臓は動いていないのだから。


幕間


「尾崎、これから時間あるか」

 その男は再び現れた。

「まあ、今日の分のノルマはすべて終わりましたので」

「それは良かった。噂通り、仕事はめっちゃできるんだな」

 噂って、あなたの方がすごい噂流れまくってますよ。それに”仕事は”というところに作為を感じる。曲者なことは分かっている。何を言い出すかわからない。

「それで今度はなんの要件ですか」

 別にノルマはすべて片付いており、時間が無いというわけではない。しかし、1課に所属する死神たちは、基本的に担当として与えられるノルマを終わらせたあとは、働かないというわけではない。自分たちでいろいろな世界を周って、転生させるべき人を見つけ転生させていく。そうして、数字を稼ぐのだ。だからこそ、藤島の誘いにはのりたくない。適当なこと言って追い払ってしまおう。

「今日は早く帰るって約束していたんです。相棒のシオンがパーティに呼ばれていて」

「大したことじゃない。まあ、この間だが、家の中に突然、野良猫たちが現れたことよりもどうでもいいことだ」

 なんだその言い訳。独特すぎて判断に困る。抜け出せない。相手を帰らせないという目的は達成している。

「野良猫って、相棒が連れてきたとかではなくてですか」

「俺の相棒雀だから猫は苦手なんだ」

「はぁ。そうなんですね。私、猫臭いかもしれませんよ」

「分かった。要件だな。君がこの前といっても結構前だが、ノルマの中で転生させた人間に七宮という男がいたろう。ええと番号が・・」

「分かりますよ。はい。いましたね」

 その言葉を確認すると、頷いて姿勢を正した。突然印象が変わる。先程まではどこか抜け感があったのだが、今はバリバリの死神という感じだ。一応、私と同じキャリア組だったらしいから仕事をするときはこんな感じなのかもしれない。

「実は彼について、転生する際にいろいろと手違いが起きたていそうなんです。それに伴い、本来あるべき立場から異なるところにいるようで」

 ? 手違いが起きる。それは何であろうか。私はあくまでもマニュアル通りに行ったはずだ。それに彼の立場というのは。

「それがね。あの子は死んだあと肉体が残っていたんです」

「──それはそうだっと思います」

 それは確かだ。だって、私が迎えに行ったときには綺麗な肉体が残っていた。そこから魂を抽出して転生させた。それが何だというのだ。私たちの仕事の内、半分くらいは肉体は残して転生させるものだ。

「実は今回の話はそこが肝になります。そしてこの間から騒がしい3課の仕事にも関わるので。確認ですが君は、新しい肉体を与えることで転生させたんだよね」

「その通りです。指示書に記載されていた通りにしました」

「そこなんだけど。本来、指示書には肉体ごと転生させるとなっていたのだ」

 ・・・それはどうして。私が見た指示書には魂のみ転生となっていた。だからこそ、彼の器(肉体)を見つけて、私好みに手を加えたのだ。私の指示書とは違う指示書があったのだろうか。

「実はな。企画部の方が指示書を管理するソフトをサイレントで変更していたんだ。その変更する段階で本来の内容とは異なる指示書がいくらか生まれたみたいなんですね」

「それが私の指示書だということですか」

「その通りです」

「チェックをする総務の人たちは気が付かったのですか。どうしてそのことを誰も指摘しなかったんですか」

 藤島さんは一瞬気まずそうな顔をする。

「教えて下さい」

「分かった。それはシンプルだ。指示書にはもう一つ大きな間違いがあったんですよ」

「それは何ですか」

「・・・ゴリラだ」

「・・・ゴリラ」

 この前にも聞いた単語、ゴリラ。霊長目ヒト科ゴリラ属が何をしたというのか。

「指示書には七宮という男をなぜかスライムに転生させてゴリラに襲わせてから、人間に転生させるとあったはずです」

「はい。ありました」

「普通、そんな指示書が生まれることはありえないですよね。死神本来の”純粋な転生”の仕事の指示書にはそういった記載がなされることはあっても異世界転生ではありえない」

 そうなのか。それはつまり。

「その通りです。企画も総務もソフトを変更した際に起きたエラーはスライムに転生させてゴリラに襲わせるという内容であると勘違いしていたんだ。だから、その後に本来の異世界に転生させていたことを持ってこの問題については解決としていた」

「それって、何が問題なのでしょうか。本来転生させるべき世界に転生させたから大丈夫なのでは」

「それが、七宮という男は俺たちが想定していたのと大きく異なる動きをしているのですよ」

「そんなことが・・・」

「起こらないわけではない。ただし、その場合には本来、修正を入れてあるべきルートに進むように調整するのですが」

「時間が経過しすぎて修正が行なえないということですか」

「その通り、それにあまりにもあるべき姿から離れてしまっている」

 それは良くない。修正が効かない場合その魂は、それこそ最悪の場合だが。

「どうしたらいいのですか」

「今回はその相談に来たんだ。君の意思を確認したい。彼に思い入れがないなら、4課の案件として俺が処理する」

「処理するって彼は」

「意識を操作してあるべき案内人としての役割を果たさせることもできるが、肉体から異なるから彼という存在をこの世から消し去り、その役割はダミーにやらせる。それが一番手っ取り早いな」

「その場合、七宮は」

「鎌で切るから、転生できずに魂ごと消え去る」

「───私は・・・」


幕間 終

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