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本番とは追い込まれてから始まるものである

「うわぁー」

 格好がつかない。見事に着地をミスった。着地後に横とか前とかに転がれば良かったものをその場でピタリと静止してしまった。ここが体操の世界なら減点なしの大変に素晴らしいものとしてテレビで放送されるのだろう。一点だけ悲しいのは、着地姿勢が和式トイレで用を足すときのポーズであるということだ。

 うぅ。膝が・・痺れる。ジーンとしてる。やばい立てない。しかも、相手に背中を向ける体勢で着地した際でみんなの状況が見えない。

「ふふん。面白いじゃないか。それだけの攻撃ができて、どうしてイーサンたちに負けたのか理解できない」

 この声はデイヴィッドのものだ。これだけ仲間がヤラれたというのにどうしてそんな余裕振れるのだ。立ち上がれないためにヨチヨチ歩きで半回転する。

「デイヴィッド諦めたらどうだ。この子は只者じゃないぞ」

「それは今ので十分に分かったさ。だが、俺はお前の選択肢を認めらないな。もとより冒険者とは自由な生き方を求める旅人だ。依頼を投げるのも勝手だろう。だが、依頼の対象が”面白い”からだの”魅力的”だからだのという理由で依頼を蹴るようなヤツは冒険者の風上にも置けない」

「なんだと」

「冒険者っていうのはな。自由人である前にもっと哲学的な生き物なんだ。そんな一時の思い付きで一旦引き受けた依頼を放棄するなんて俺は許さない」

「それは」

「お前たちは現に俺たちに向けて攻撃の手を出していない。それは自らの保身のためだろう。暗殺の依頼を引き受けたにもかかわらず、その対象を助けたなんて大問題だ。そいつを殺すことがは正しいと分かりきっているということだろう。なぜ、その選択を選べないんだ」

 おそらくこの男の言っていることは間違っていない。多少勢いに任せて言っているためなのか無理やりな感じがするが、そのせいで余計に熱意は伝わってくる。この男が話したことは冒険者の世界で生きていく上で大切な倫理的な価値観だ。二人は黙りきっている。ならば。

「ならばこそ俺はこんなところで死ぬわけに行かない。理屈が成り立つだとか、ただ正しいというだけで安易な選択をするようなヤツは嫌いだ」

「お前の意見なんて聞いていない。それに言うのは簡単さ」

「そうかもしれない。いや、そうさ。だが、俺の命を狙うというのであれば、たとえそれが神様であろうと認めるわけにはいかない」

「なんだと。お前は自分の発言の意味を分かっているのか」

「殺されてやらないと言っているんだ」

 男は驚き呆れた様子だ。そして「楽に殺してやろうと思ったがそうは行かない。全力で殺してやる」と言い放った。

 来る。その瞬間男は背中に担がれていた槍を構え、俺の方に迫ってきた。足はまだ痺れている。躱せないだろう。ここは弓を使って攻撃を防ぐ。

「舐めるなよ」

 その刃は撓りながら近づいてくる。その槍頭を弓で受け止める・・・浮いた。相手の攻撃を受け、真後ろに突きとばされたのだ。

 砂埃が舞う。ドンっと木にぶつかってやっと止まった。5メートルは飛ばされた。危なかった。木にぶつかったのが背中でなく頭であれば気絶しただろう。

「大口叩いたくせにこの程度かよ」

 早い。目の前にすでに刃物がある。慌てて弓でガードする。

「ふん。ぐーう」

 力を籠めると、思わず息が漏れた。デイヴィッドの槍が三又槍の刃の連結部分で止まる。こちらの腕の長さが50数センチ程度、槍の穂が40~50センチといったところ。ギリギリのところで受け止めた感じだ。血を求めた凶器が目の前で煌めている。腕に全力を込めているが、だんだん押し込まれていく。手に弓が食い込んでくる。両腕が麻痺してきた。首筋に刃が当たる。痛い。鮮血が首から滴るのが分かる。刃は水得た魚のように力を増してどんどんと入り込んでくる。もう駄目だ。

 最後の力を振り絞り、弓の握り皮の両サイド、つまり両手で掴んでいるところの横に両足をあてる。都合、4か所で支えている感じだ。よし、安定した。ここで、右手を離し、矢を取り出す。

「なんの真似だ」

 矢筈を弦に掛ける。

「分かり切ってますよね」

 そして思いっきり弦を引き絞った。

「貴様」

「生憎とまだ死ぬわけには行かないんですよ。死にたくなければ逃げた方が良ろしいんじゃないですか」

「舐めてるんじゃねえぞ」

 槍にはさらに力が込められる。最早、弓ごと切裂こうとしている。こちらも両手で命一杯引く。男はこの矢の射線上にいる。そしてこの距離感であれば外すことはない。

「──いっけーーー。」

 思いっきり両手の力を開放する。

「・・・ぐは」

 槍に込められていた力がだんだん抜けていく。それもそのはずだ。俺の放った矢は男の胸に直撃した。矢の半分以上が突き刺さっている。心臓まで届いているのは間違いない。男は苦しそうに表情を歪めている。槍の柄から手が離れる。

 その時だった。槍が再び迫ってきた。なんとデイヴィッドは最後の力を槍に込め、それまでの倍以上の力で槍を押し込んできたのだ。

「どうして」

 急いで、両手両足で弓を支える。体は木に押し付けられる。潰れそうだ。いや、その前に弓が折れ、串刺しになる。これまでは、弓に最も力がかかる位置を中心にして支えていたため、弓は辛うじて折れていなかったが、今度ばかりは無理そうである。とんでもない馬鹿力だ。こちらが力を抜けば、後ろにある木ごと俺の首は跳ね飛んでいくだろう。しかし、このまま弓を支えていても結局死ぬ。何か手立てを見つけなくては。

 その瞬間。スキル「努力」が発動した。デイヴィッドや周囲の人々の動きが一斉に止まる。この世界では俺だけが動くことができる。・・・はずなのだが、槍と木の間に挟まれているせいで立ち上がることができない。もし仮に、立ち上がれたとしてもスキルの効果が切れたら元の場所に戻っているためこの槍を躱すことは不可能だ。

 仲間は、4人はどうだ。しかし、4人はタンカーと斥候の冒険者の相手をしている。イーサンたちは俺に味方するということか。様子から見るに斥候とタンカーは余裕がありそうだ。疲労状態の4人で冒険者2人に互角というレベルなのだろう。これでは助けを求められない。やはり自分で何とかしなくてはならない。

 冷静になろう。えーと、この体勢から何かしらのアクションを起こす。冷静。冷静。冷静になって考えるとこの体勢は、スカートとかバグパイプを吹く人たちが着る”キルト”を履いている人たちならサービスショット連発案件だ。いけない、思考がそれた。

 それならこちらの手持ちの武器はどうだ。こちらには弓と最後の一本の矢がある。この矢は使いたくないが、そんなことは言えないだろう。しかし、この矢を相手に当てるためには最低限片手を弓から手放す必要がある。先ほどまでのパワーならば何とかなったが、今のパワーで同じことをすれば瞬く間にこちらの首がなくなるだろう。つまり、それよりも早く射る必要がある。これはギャンブルだ。

 第一にこのパワーを足で受け止めなくてはならない。第二に手を離すということは弓に最も力がかかっている位置を支えられなくなるということであり、弓が壊れるリスクがある。最後に、矢を放ったところで相手を倒せるとは限らない。

 勝算が低すぎる。となるとこの作戦は最後の手段だ。他に、今までこの世界で学んだことで利用できるようなこと・・・。

「詩集だ」

 違う。詩集じゃ無理。本で防げるような攻撃なら俺もここまで追い詰められていない。

 となると、これが最後の最後、魔術を使ってみるだ。俺は今までこの世界で結構な数の魔術を見てきた。それも一流の魔術だ。その力を今こそ開放するのだ。俺の魔術属性は火と氷。火と氷属性の魔術の詠唱を思い出す。よし、クララが使っていたあの詠唱が使える。目を閉じて静かに唱える。

「───陽を統べしものベレヌスよ今こそ我が前に現れ給え」

 ・・・何も起きない。どうして? 詠唱は間違えていない。練習を何回も聞いていたし、本番についてもさっき見たばかりだ。もう一度だ。

「陽を統べしものベレヌスよ今こそ我が前に現れ給え」

「・・・どうしてこうなったの」

 うんともすんとも言わない。ただ単に恥ずかしい言葉を連呼しただけではないか。どうして死にそうになっていいるときに、こんな目に合わなくちゃいけないんだ。それに、よくよく考えてみれば火属性の魔術でこの状況からどうやって脱するんだ。デイヴィッドは燃えても槍から手を離さそうだ。使い道なくない?

 ふう。終わったことはしょうがない。そしたら、他の属性、氷属性をためそう。こちらは相手の動きを止めることに使えそうだし、こちらの弓の強度を強化できそう。火属性の魔術と違って有効活用できそうな属性ではないか。

 ええと、氷属性の魔術は確か・・おかしいぞ氷属性の魔術だなんて誰も使っていない。いや、みんなの話からエレノアやレイチェルが使えるのは確かなんだ。でも、誰も使っている記憶が無い。もしかして、氷属性ってめっちゃマイナー属性とか。意外な才能だったりして。それはどうでもいい。どうやったら使えるのさ。

 いくらそれっぽい詠唱を行っても何も起こらない。ヒドい。夢も希望もない。折角、スキルが役に立つと思ったのに。それに、いつまでもこの横になったままの体勢はキツイ。腰痛くなってきたよ。能力よりも先に体に限界が来るってどうなんだよこのこの欠陥スキル。

 時間は無限ではないようだ。魔術の基本に立ち返る。俺が習ってきた魔術はただコップの水を増やすだけのものだ。残念なことにそのコップすら手元にないんだがな。そういえば、コップを持たない状態で魔術を使ってはいけない的なことを言ってなかったか。えーと。それはエレノアの発言で『そのコップは、体内に溜まった魔力を逃がす機能をは担っています。きちんと訓練せずに、大量の魔力を一か所に集めると爆発するので注意してください』と言っていた。

 あれ、魔力を一か所に集めると爆発する? これって使えるのでは。爆発させればうまく行けば今いる場所を変えられる。それどころかデイヴィッドを吹き飛ばすこともできるだろう。

 活路は見えた。あとは実行に移すだけ。

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