冒険者というのはとても強いみたいだ
ニートたちは、武器を構える。人と比べるのは別に好きじゃない。だから誰かに負けるのは気にしない。でも、健全な労働者としてニートだけには負けるわけにはいかない。
「最初から全力で行きます!」
どう見ても、アーロン効果で気が大きなっている。同類だと思っていた子があれだけのことをできたのだ。俺もできる気がする。
「やっ」と、男は手に持った剣で襲いかかる。いっきに間合いを詰めてくる。それに対して、女性は動かない。完璧に任せている様子だ。男にだけ集中するべきだ。当の男は真っ直ぐ突進してくる。シンプルな動きでありあまり早さはない。しかし、当たれば終わりで、冷静にいなす必要がある。
ここは右に跳んで躱して、相手が振り下ろした後の無防備なところを狙おう。この速度の相手ならば十分だ。そう考えている間にも相手は近づいてくる。男は大きく振りかぶった。
今だ。両足に力を込め右に跳ぶ。手に持っている弓矢をそのまま引き分ける。そのまま右足のつま先から着地。右足に力を込め、大きく足を開き左足を地につける。距離にして50センチ振り下ろしたのち武器を捨てすぐに動かかなければ、躱せないだろう。俺を子どもだと侮ったことそれがお前の敗因だ。
両手両肩に力を入れる。男の剣は俺が元いた空間を切断していく。こちらの弓は半弓でそこまでの強さはない。仮に、この矢の初速が時速100km/hだとしても0.02秒とかからない。躱せたら人間ではない。これは頂いた。矢を放つ。放たれた矢は、男性の顔に向けて一直線に飛んでいく。兜くらい被っておけば良かったものを。
「キンッ」
金属同士がぶつかる音がした。矢は力なくあられもない方向に飛んでいく。
「なんで」
なんとあの男は、振り下ろしたはずの剣でこちらの矢を受け止めたのだ。ありえない。あの剣の重さは30キロはあるだろう。対人用の武器ではないはずだ。それをあんなふうに手足のように使うだなんて。続いて、男は右斜め下に剣を構えた。このまま切り上げるつもりなのだ。その剣の長さは大人の人間の背丈よりも長い。半端なよけ方では避け切れないだろう。たまらず、バックステップをする。とはいっても、突然のことで着地まで考えていなかったため、見事に後方に一回転した。
「うわぁー」
痛い。背中を思いっきり蹴られたような感触。頭がガンガンする。さらに、弓を持っている腕が一回転する際に変な感じに巻き込まれた。体が柔らかくなければ今ので腕は使い物にならなくなり、勝負あったろう。子どもの体で良かった。仰け反るように後ろに進み距離を取る。
今更、気がついた。気が大きく、相手をなめていたのは俺の方だ。しかし、相手に挑んだ以上、ここで引くとか情けない。もう一度矢を番える。
「ほう。今のを躱すか。その前の矢も非常に良いものだった。お前が大人だったら今ので一本取れていたんじゃないのか」
随分と余裕そうだ。褒めているにも関わらずそこまで驚いている様子はない。今のでは土俵にも乗れないレベルで駄目ということか。しかし、幸運なことに矢はまだまだある。一本で決めようとしても、先ほど同様受け止められるのがオチだ。ここは、手数で勝負すべきだ。
現代弓道では、矢は二本持って引くのが基本である。そのため、俺自身も矢は二本持っている。その都合上、連射できるのは二本のみ。一本では決めきれない。となると、勝負は二本目の矢ということになる。それも、確実に避けられないために超至近距離から射る必要がある。これは・・ほとんど死ねと言ってようなものだ。
「上等だ」
「覚悟を決めたか」
男はそれ以上、何も語らない。だが、本気で行くということはその姿勢・態度から分かる。きっと俺の殺意も伝わっているからだ。命を懸ける相手として不足はない。
再び、男が動き出す。さきほど同様、工夫のない直線的な動き。故に対策が立てにくく凶悪である。その動きで、こちらの生を奪おうとしている。違うとすれば、先ほどよりも振りかぶりが浅いという点だ。この攻撃を躱してから射るのであれば先ほどと同じ経過をたどることになる。ならば、剣からもっとも距離がある足を狙う。
「甘い」
男は予期していたかのように矢を躱すため、こちらに向かって跳び上がる。ちょうどを見下ろされる形だ。こちらも、二の矢を番える。まだ動かない。男の剣は跳んだ力を利用しさらに力を増し、こちらに振り下ろされる。先ほどと違うのは俺が躱していないことのみ。両足に力を籠める。背後は森だ。後ろには飛べない。左右に飛んでも先ほどのループ。一つしかない。
「やぁっ」
思いっきり、その力を前方にかける。そのまま、一回転。見事に、男が飛び上がった位置に届いた。
「何だと」
男は突然のことにうまく反応できていない。そうだろう。子どもの体でしかできない芸当だ。そこから、目一杯弓を引き絞る。鎧はその構造上全身を満遍なく覆うことは不可能である。そして相手の後ろに回れば鎧に覆われていない弱点が露わとなる。そう、膝の裏側である。ここは、腿と脛をつなぐ場所であり、人間はここを屈伸させなければ歩くことができない。そのため、ここの部位に鎧を当てると歩くことが困難になる。ゆえに、この箇所は守られていないと予測した。ビンゴだ。
「もらった」
「惜しかったわね。そこまでよ」
この声は短剣をもった女性の声だ。確か、俺たちあいる位置から10メートル以上は離れていたはずだ。それが頭の真後ろから聞こえる。一瞬で距離を詰められ、背中を取られている。それも、相手の息が耳にかかるほどの距離にいる。こちらが逃れることができないように左腕で頭を押さえられて、首筋に剣が当てられ、背中にピッタリと張り付かれている。
五感が敏感になっているのが分かる。全身全霊で生きる手段を模索しているのだ。喉にはひんやりとした感覚がある。見えるはずがない女性の姿が見える。土臭さの中に嫌味のない男性の汗臭さと女性特有の甘い息の匂いが混ざっている。口の中は、汗でしょっぱい。聞こえるはずがない自分を含め3人の心音が聞こえる。
俺が弓から手を離せばその瞬間、首にあたっている刃が俺の首を掻っ切るだろう。今この弓を放ったところで結果は同じ。違うとすれば、男の足に後遺症が残るくらいではないか。実質、選択肢なんてものはない。
両腕に込められた力を徐々に弱めていく。女性が驚いているのが分かる。別に、ここで矢を放つという選択肢が間違っているとは思わない。だが、どうせ終わる命だ。そんな跡を濁すようなことをするのは美しくない。宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』の中のエピソードにもそのような話があった。
「なんの真似かしら」
「いえ。転職する直前に上司の顔色を伺うのをやめたり、悪口を言うタイプの人間じゃないんです」
「なんだ。俺は動いていいのか」
「そういうことでいいのよね」
「いいと思いますよ」
男は、真っ直ぐ立ち上がり、こちらを見る。どうしてこうなっているのか状況を理解できていない様子だ。
「えーと。どう考えても俺は一本取られた感じだと思ったんだが」
「この方が、想像以上に早くて」
というか冷静になると胸とか当たっているんですけどいいんですか。男性のプレートアーマーと違いこの女性の装備は革かなんかの胸当てだ。微妙に柔らかい感触がある。結構、着やせするタイプなのかな。って死ぬ直前になんてこと考えているんだ。
「おい、ちょっと待て。俺は納得いかない。今のはどう考えても俺の負けだ。それこそ、この坊主が大人の筋力を持ち合わせていれば、この鎧を突き破って俺にダメージを負わせることができていたかもしれない」
えー。俺知ってる。こういうタイプが一番めんどくさい。次に何を言いだすんだろう。すごい突拍子のないことを言いだしそう。もう一度、手合わせいろとか言いそう。
「まったく。このまま殺すにはもったいない。サラもそう思うだろう。どうだ、俺たちはお前を殺したことにして依頼を達成させる。お前は死んだことにして俺たちについてこないか」
ほら。こういうこと言う。でも、その対案に乗れば少なくとも死ぬことはなくなるのか。そう考えれば悪くないのか。
「ちょっと、何を言い出すかと思えばそんなこと言って。そもそも、どうやって以来の達成を証明するのよ」
そうだぞ。証明できなければ意味がない。そんなんだから冒険者はニートなんだ。でも、この人たちについて行くってことは、俺も冒険者になるということを意味するのか。それはつまり、ニートになるってことじゃ。どうして、異世界に行ってまでニートやるんだ。そんな物語見たことない。いや、書けないという方が正しいかもしれない。だって生活の保証してもらえないよ。いつから異世界に生活保護があると錯覚していたんだろう。
「まあ、こんな子どもを仕事とはいえ殺すのは心が痛むわね」
うん。こちらは、正常な感性をお持ちの様だ。しかし、いつまで俺のことを抱えているのかな。逃げないよもう。こうなると、汗臭さが匂わないかが気になってくる。
「そうだろう。それより、いつまでそうしているんだ。まだ、殺されるかと思ってるのか坊主の顔が引き攣っているぞ」
そんな顔しているのか。体は正直ということか。俺、死ぬのが怖いんだ。やっぱり逃げよう。多分、この女性は俺のことをつかむ力を緩める。その瞬間、森の中にダッシュだ。男性も周囲を確認しながら呆けている。ここしかない。
「ごめんなさいね。気が付かなかったわ」
女性は、剣をしまうために拘束する力を弱めた。まだ、女性が完璧に剣を仕舞うまで粘れ。
「これで大丈夫よ」
今だ。膝に力を籠める。全身をばねの様にして一気に立ち上がる。目指すは正面の森のな・・・。
「あっ」
「逃げなくてもいいのよ」
嘘だ。俺の背後にいた女性が俺の正面にいる。そのまま、受け止められた。
「ぐへ・・」
感覚としては電柱にタックルをかました感じ。つまり押し負けた。ただし、電柱なら後ろに力を逃がせるが、受け止められているためそれができていない。やばい。やばい。この女、ゴリラ並みの怪力だ。先ほどの経験から学んでおくべきだった。結果は、好転するどこらかより暗転した。なんせ、背中を取られていた状態から正面を取られた状態に変化したのである。きっちりと女性に抱かれている。しっかりホールドされているせいで周りを把握できない。下手を打った。死期を早めただけだ。
「すごい力だろ。単純な馬鹿力は俺よりも力が強いんだぜこいつ」
息ができない。体格差があるせいで見事に顔が埋もれてしまっている。呼吸ができなくて苦しい。どうやら、俺はここで窒息死する運命のようだ。ストックウェル家の皆様、先立つ不孝をお許しください。