魅力的な人は多少の秘密を抱えている
「それでどんな話をしていたんですか」
今は、村の近くにある山を二人で登っている最中だ。周りに人はいないため、人目を気にしなくても良い。
「何とも、健康に気をつけろと言われました」
まあ、嘘ではないだろう。体を大事にするという点では。
「健康に気をつけろというだけで、オトに弓を渡すなんてちょっと不思議だよね」
うーん、鋭い。でも、実は俺もどうしてこんなものを渡されたの分かっていない。護身用というよりは威嚇用だろう。火に油を注ぎそうだが。
「狩りでもして体力をつけろという事かもしれませんね」
「狩りですか。弓矢を使う狩人というとエルフ族が有名ですね」
「エルフですか。見たことあるんですか」
「それはもちろん。うちの村にいるから」
それは本当か。つまり、俺的、異世界に行ったら見たいものランキング第4位タイのエルフ族にもしかしたら会えるのか。というより会わなくちゃ。使命感を感じる。ただ、急な流れすぎてちょっと怖い。誰かしらの作為を感じる。
「それでエルフの人とは簡単に会えるんですか」
「そうだね。一応。村の中にもエルフたちが暮らすための建物はあるけど、基本は村の外に居を構えてで暮らしているから。タイミングが合ば村の中でも会えるという感じですかね」
「ぜひ、お会いしていですね」
「暇なときにアンソニーたちにお願いしてみたらいいと思いますよ。きっと約束を取り付けてくれますから」
そこは、アーロンがやるところじゃないのか。でも仕様がないか。俺とアーロンとの間は今のところその程度の仲なのだろう。いいじゃないか。
「落ちぬなら 落としてみせよう アーロンを」
「なにか言いましたか。謎の誌的なリズムが聞こええてきたんですけど」
「何も何も。いい天気でなと思って」
まあ、空は藍色に発色していて美しい。雲を棚引かせる春風も穏やかで、周囲を春の香りがこれでもかと包み込む。おまけに、花粉症を再現するなどという変なところをリアルにしなかったことはとても高評価できる。最高の天気だろう。
「確かにそうかもしれませんね」
アーロンも同じことを感じているのだろう。気持ち良さそうである。クララに似ていると思っていたが、こうやって下から見るとアーロンもアンソニーに負けず美男子である。こんな子に迫られたら抵抗なんてできずになすがままにされそうだ。あと5年もすればとんでもないキャラクターに育っていそう。はぁ。でも他の人が見られないこの尊い姿を自分だけ堪能するというのは何とも背徳感がある。乙女ゲーの世界に主人公を転生させる作者の気持ちが分かる気がする。これは実質二次創作なのだ。
しかし、動物とかでないのかな。肉食獣とか。これだけ、自然が豊かなら1匹くらい居てもおかしくないと思うのだけど。
「大丈夫ですよ。ここらへんは、人間の手が入っているので、そうそう人間を襲うような獰猛な肉食獣は出ませんから」
これが以心伝心か。さすがは文系。俺の考えなどお見通しだ。相手の気持ちが分かるなら怖いものなんてないだろうにどうして、壁を感じるんだろう。
「もうすぐですよ」
「結構、すぐですね」
「そうでしたか」
まあ、俺にとっての山登りというのは、標高1500メートル以上の山に登ることを指しているので、この600メートル程度の山を登るというのは大したことはない。時間的にもきっかり2時間ぐらいだろう。この程度、散歩の延長のようなものだ。富士山を1日に2往復した身としてはどうということはない。ただ、そんなことを考えるなんて異世界情緒が台無しである。
「ここですよ。見てください」
「うわぁ」
絶景だ。何とここからであれば村が一望できる。この山が周りの山々よりも僅かであるが高いため、遮るものがなく開放感もある。山頂も随分と広くテニスコート2面分くらいはあるだろう。これは観光地に違いない。だが、人が俺たち以外にはいない。
「すごいですね」
「そうですよね。毎年、桜や梅の木々に花が咲く頃には人が溢れかえるんですよ」
「そういえば、今ってどれくらいの季節なんですか」
しまった。変な質問してしまった。怪訝な顔をされている。良く考えれば季節だなんて普通に生活していれば感じられるものだ。6年生きて季節が分からないとか相当だ。
「ええと。卯月ですね。夏ですよ」
不思議がりながらもアーロンは答えた。それにしても何と異世界では旧暦が使われているのか。興味深い。しかしそこは何とかローマ暦とかにできなかったのか。まあでも、桜とか梅が植えられているのだから暦が旧暦でもおかしくはないのか。どうなんだろう。有識者に聞いてみてたい。
「それではそこら辺の切り株や岩に座って。軽食を取ることにしましょう」
二人でランチにする。全くもって素晴らしい日ではないか。久しぶりに休日というものをこの肌で感じている。この相手役がアーロンではなく、気を使いすぎるアンソニーや元気いっぱいのクララではこうは行かなかった。適役だ。この卵サンドみたいなものも塩味が抜群だ。無限に食べられそう。
「お口に合ったみたいでよかったよ」
「ええ。素晴らしいものでした。すみません。少し横になってもいいですか。ご飯を食べたら気持ちよくなってきたので」
眠たくなってきた。気候は文句なし、いや200点つけてもいいくらいだ。これは肉体の方も想像以上に疲れていたのかもしれない。不可抗力で許して欲しい。
「眠るんですか。家に帰ってからにしましょう」
「少しだけですから・・」
あー無理だ。体がいうことを聞かない。まだ昼だ。小1時間眠ったところで何も変わりわしないだろう。
俺にとっての睡眠とは生きることのすべてだ。意識が遠のいていく。夢の中の羊たちは。じっと空を見つめていた。
幕間
一体、今朝のは何だったんだろうか。
突然、私の部屋の中に七宮さんが現れた。資料室で調べてみたが、このような出来事が過去に起きたという記録は残っていなかった。結局、謎が深まっただけである。というより、一晩、一緒に寝てしまったではないか。急に都合よく抱き枕が現れるなんてことはありえないはずなのに。今朝起きた時、心臓止まるかと思った。
「本当に何をしてるんだ私」
この職場に来て、どんどん自分が情けなく感じられる。学校でも入省試験でもトップだったというのにどう見ても私は仕事ができないという感じだ。
「そんな気にするようなことかそれって」
声がする。聞き馴染みがない。誰だろう。ここは転生局の職員しか入れないはずだから身内なのは間違いないが知らない声だ。そのため部外者に嫌味を言われる心配はない。しかし、いきなりタメ口とはなかなかに見下げれたものである。
「聞いてください。本当に私って仕事が出ないんです。私みたいなのがいてもお役に立てるかわからないんです」
これくらい下手である方が相手の腹の中を探りやすい。少しやりすぎな気もするが。
「みんな初めはそうだったさ。だから坂本も気にしすぎだって言っているんだ」
この人物、坂本先輩を知っている。しかし、会ったことがない人なのは間違いない。1課の人間ではない。だが先輩のことを呼び捨てにしているところ見ると係長と同等かそれ以上の役職者だ。挨拶しておいて損はない。身を正す。
「ああ、そうそう。先に断っておくと、俺は坂本より役職下だから俺に媚び売っても人事査定に盈虚はないぞ。つまり、出世も降格もしないからな」
背中に込めていた力が抜ける。なんですと。いや落ち着くんだ。えー、それはどういうことだ。坂本先輩は仕事の鬼のような人である。課長たちですら話しかけるときには気を使っている。そもそも私が知っている範囲で先輩を呼び捨てにしている人などいない。それにも関わらず、係長未満の役職とはどうなっているんだろう。
「すみません。まず、あなたはどちら様ですか」
見た目からすれば、そこまでの年ではなさそう。いきなり聞いても失礼ではないと思う。
「すまない。知らなかったよな。俺は、藤島幹夜という。実務部の4課所属だ。よろしくな」
知ってる。実務部とは転生局の中でも実際に人々を転生させている死神が所属する部署、つまり転生部のことを指す。転生局=転生部というのが暗黙の了解であり、私自身も転生局 転生部 第1課第7班というのが正式な所属先の名前。そして同じく転生部の4課には関わっていないと言われている人がいてそれが藤島といった。がっつりとはいかなくても、ここまでけっこう言葉を交わしてる。これはお祓いにいかなくては。
「まあ、みんな最初はそんなリアクションだから。名前に夜なんて字を入れるとか縁起が悪いよね。全く、何を考えているんだという風に俺も思ってる」
「そうですね。すみません。私そろそろ休憩終わりなので」
とにかく立ち去ろうとする。あまり良い評判を聞かない人物だ。少なくとも何の情報も持たずに相手をしていい人物ではない。次会った時のために最低限のことを坂本先輩か4課に所属している宮本君に確認しておこう。
「わかった。手短に要件を伝える。尾崎、最近になって身の回りでおかしなこと起きてないか。転生がうまくいかないとか。転生させた人物が突然こっちの世界に現れたとかだ」
えっ、どうしてそのことを知っているんだ。そもそも、そんなことを知られて大丈夫なのか。一体、なんて返すのが良い。知らないなら、知らないといえば終わる話だ。しかしながらそうではない。ここは無言で立ち去るのか。いや良くない。余計に怪しい。
「そのまま聞いてくれても構わない。これだけは覚えていてくれ」
何を言うのだ。とても大事なことの気がする。背中を向けるべきではない、相手の顔を見るべきだ。藤島という人物の方を再び向く。相手も真面目な表情だ。腹は括った。何を言われても動じない。そう決心した。
「いいか、尾崎。抱えこむな。悩みがあるなら吐き出せ」
──それだけ。何か重大な事実を伝えるではなく。目的は狙いは──。
「俺は君に対して期待はしていない。ただ、仕事が楽しいなら思いっきり楽しんで働くと良いと思う。それだけだ」
藤島という男は、それだけを告げて屋上の休憩上から出ていった。噂通り、何を考えているかわからない嵐のような人物であった。