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転生者にとって魔術の適正とは命の次に大事なものである

「それで魔術についてはどの程度知っているのですか」

 なんと、今日から魔術を習うのである。これはいよいよ異世界デビューかも知れない。ちにみにここは、子どもたちがエレノアから魔術などについて学んでいる勉強部屋である。あまり広くは感じられないがそれは大量の本が積み上げられている影響だろう。何でも、個人授業だそうだ。何かしらの事件でも起きないかな。というよりもエレノアがOKなら押し倒してしまうだろう。

 いかんぞ、冷静に、冷静に。真面目に質問に答えよう。ええと、魔術について知っていること。なんと答えようか。色々知っているが、それは、この世界の魔術ではない。誰かが作った創作の世界の物である。でも、ここが俺の作った設定の中であるならばすべて俺が知っているもしくは想像できるレベルの物であるのだろう。

「何となくは知っています」

「何となくですか。いまいちはっきりしませんねえ。」

「おとぎ話とかでしか聞いたことがないです。実際に見たことはほとんどありません。」

 エレノアは美人だ。そして、背は高くない。しかし、出るとこが出ているため、存在感がある。このようなタイプの人は俺が得意とするタイプだ。しかし、それは現実でのこと。今の俺とは身長が逆なのだ。おまけに、実際の姿の俺よりも多少年上のような見た目をしている。流石にそのような人をからかうような真似はできない。今のところは。

「そうなのね。それだと、自分の魔力についても感じたことがないということ?」

「そうなりますかね」

 うーん。はっきりしない解答。でも仕方ないよね。異世界初心者だから。ここの世界にお世話になり始めてから、まだ3日目だ。山賊だが、ゴリラに襲われていた日々が懐かしい。個人的には、基本的なことを覚えたら、もう大人にまで飛んでもいいんだけど。それは、俺の脳みそ次第か。

「ちなみに6歳になるそうですね。それで魔力を感じたことがないと」

「遅いと思いますか」

 これはテンプレートだろう。こういったお話では、魔術の才能はそれっぽい理由をつけて若いうちから目覚めるものだ。そして、なぜだが毎日のように欠かさず魔術のトレーニングをして天才の域に達するものである。

「そのようなことはないと思いますよ。そもそも使えない人もいますから。まずは、その確認から行いましょう」

 おっと、予想外。魔術を使えない人がいる。これもテンプレートだ。そしてそのような設定が存在する世界に転生したものは見事に使えないものである。おっと、これは使えない流れではないのか。いきなり、心配させてくれる。

 エレノアが懐から水晶と水の入った透明なコップを取り出す。これもきっと魔術だ。平然とやっているがとんでもないことだ。ひしひしと緊張感が全身をかけめぐる。自分が魔術を使えるか、使えないかを自分の意志で決めることができないというのはどうにも気持ちが悪い。このようなことは設定に関わることである。強いて言うならば、一番はじめのプロットから決まっているのである。分かり切ったことである。まあまあ、魔術が使えなかったら、剣術などで自分を磨けばいい。とは理解している。しかし、自分は御免被る。手に豆ができ、皮がめくれるまで素振りなどしたくはない。頼むぞ。

「準備はいいですか。それではこちらの水晶に右手を当て、左手はコップを握ってください」

 言われるままに従う。水晶もちょっと大きい以外は変哲のない透き通った水晶である。コップには普通の透明な水が半分程度しか入っていない。一体全体、何されるんだろう。

「一応、はじめに断っておきます。今から、私の魔力をあなたに流します。あなたは魔力を感じたらそれを丹田に送り込むイメージで受け取ってください。それであなたの魔力を起こします」

 いきますよ、という言葉と共にエレノアは両手の手のひらを俺の背中に当て静まり返ってしまった。詠唱とかいらないのだろうか。何も感じられないんだけど。もしかして、才能がないのか。嫌な思いが過る。

 その時であった。背中の方から強い力を感じる。ものすごい押されているのだ。その力は、背中から肩・頭という方向と足の方向という全身にじわじわと広がってくる。おまけに滅茶苦茶熱いではないか。体が焼けそうだ。いや、焼け焦げる。それどころか、膝とか指先とか熱いを超越して部分的に冷たくなっている。もはや感覚を感じることができない。魔術については知らないといったがこれだけは断言できる。絶対に間違えている。

「熱いです。とにかく、おかしいです。水を持ってきてください。」

「他に何か暑さ以外に感じませんか」

「ええと、指先とかが冷たくて震えそうです」

「いいですよ。それを丹田に集めて下さい」

 涼しそうに言わないでほしい。こっちはもう危ない状況なのだから。凍傷の症状とかこんな感じじゃありませんでしたか。しかし、これは良く分からないが、この不思議な感覚を丹田に集めるまで終わらないのだろう。全身の力を腹の下に集める。まさしく合唱するときに使う発声法と同じようなイメージで、腹に力を籠める。

 半信半疑ではあったが、しばらく繰り返していると段々と熱などが引いてきた。やっと、呼吸が落ち着いてきた。

「もう少しですよ。最後の一滴まで残さず集めるようにして下さい」

 一応試している。とはいってもこれが限界だ。雑巾絞りのようなものだ。これ以上は無理。出ないものは出ないのである。

「これ以上は集まりそうにないです」

「なるほど。もういいですよ。十分に分かりましたから」

 もう終わりだと。どう考えても今からでしょ。今のは魔力を感じただけだ。それにしては、大変な目に遭ったが。それに、せっかく用意した水晶もコップも利用していな──

 そこには、色が濃いオレンジ色に変化して、かなり濁っている水晶と、先程よりも水が増えたコップがあった。これは何があったのだろうか。新手の手品だろうか。

「それでは結果を発表します」

「ちょっと待って下さい。もう分かったんですか。それより、いつの間に水晶とコップの中身を変えたのですか。仕込んであったとか」

「それも含めて話しますから。聞いて下さい」

「はい。分かりました」

 釈然としない。まあ、結果が分かったと言い張る以上、聞くしかないだろう。反論はそこからだ。

「それではあなたの結果を発表します。まずは、属性からです。属性は、火と氷です。」

 人群ひとこおりってなんだろう。新しい役職だろうか。聞き覚えがない。

「続いて、魔力の質と量についてです。発表します、魔力の質はC+、魔力量はBで放出系の魔術です」

「はぁ。左様ですか」

「分かっていますか。質と量とも平均より高めですよ。魔術属性も二重属性ですし」

「それって、すごいんですかね」

「ふつうよりはすごいと思います。あなたが望み努力したならば、これくらいの素質があれば魔術師としてギリギリ食べていけますよ」

 その言葉とともに俺は打ちひしがれてしまった。人群なんてどうでもいい。エレノアが何かを語りかけているのが分かる。しかし、聞こえないのである。まさしく、陽の届かない海底にどんどん引きずり込まれて行くようである。

 何ということであろう。俺はこの物語の主人公では無いようである。なぜなら、異世界物で魔術を使う主人公とは、3パターンに分けられるからである。それは、①魔術について非常に優れた才能を持っている。②魔術の才能は無いが、ある魔術分野の一点にだけ特化している。③魔術が全く使えない、の3つである。

 それぞれ説明する。①はそのままである。いわゆる最初からあらゆるものに適正がありますとか、本を読んでいたら、なぜか魔術を覚えていて全属性・全階梯の魔術が使えましたというパターンである。いわゆるチート系の魔術師である。この主人公は苦労しないことが多く、大抵、敵キャラクターのインフレに伴い、下位の魔法についての名前や能力などの設定が死ぬことが多い。しかし、爽快感を演出しやすいため、人気がある。

 ②は、物語を書く上では最も強いキャラクターである。どのような敵と戦っても程よく苦戦するそれにも関わらず、物語最強クラスの的に対しては相性が良いという主人公補正が持ち出し、自分よりも強い相手が倒せない相手でも勝利を収めるからである。まさしくピーキーな設定である。酸いも甘いも描くことができる便利な主人公だ。

③は、魔術物の中でも異端な物語に仕上がる。周りの登場人物が魔術を使えるのも関わらず、自分一人だけ使えず、魔術を使わずに魔術だらけの世界を生き抜いていくのである。必ずと言っていいほど身近に魔術の天才がおり、常に比較されることになる。ただし、基本的にどこかしらで物語が息詰まるため、なぜか、基本的な魔術だけ使えるようになったり、②のパターンに進化することが多い。

 さてと、俺の場合はというと、このいずれにも当てはまらない。つまり、中途半端な設定である。主人公の能力が平均的なものであるという話自体はいくつも存在するが、そういった物語は結構早い段階で、前記のパターンの①か②の系統に派生していく。まあ、要するに、最初の段階で物語の主人公の能力がが平均+1や+2という話は存在しないのではないかということである。だって、途中から能力が上がったところでそもそも平均よりも多少高いため、瀑上がりという表現が使えない。上がり幅が低いから仕方がないのである。だからこそ、俺のような存在はプロットで切り捨てられてしまう。もう終わりかもしれない。俺の物語はここで終わりだ。

 あれ、ドアがノックされている。誰だろう。

 その人物は、どうやら俺の様子を確認しに来たようだ。セミロングの癖のないしっかりとブラッシングされたきれいな赤毛の髪をしている。そう、クララだ。

「あの。聞いてますか。急に黄昏て何かあったんですか」

 あっ、どうしよう。先生の話きてなかったよ。

「ヤッホー。どうどう。やってる」

「それがね。魔術の属性や質を伝えたら急に黙り込んで動かなくなってしまったのよ」

「へぇー。もしかして、悪かったんですか」

「全然よ。魔術属性は火と氷の二重属性で、魔力の質はC+で、量はBなのだから悪くはないでしょ」

「説明はしたの? もしかしてその結果が悪いと思いこんでいるパターンもあるでしょ」

「もちろんしたわ。平均よりも高いのよって」

「なるほど。たしかに不思議ね。そういえば、加護については測ってないの」

 加護だと。確かにそんなのがあった気がする。泥のようであった体が、ガバっと起き上がる。

「えっ」

 引かれている。二人は全く同じリアクションをしている。間違いなく引かれている。そりゃそうだろう。動かないと思っていたものが急に起き上がってきたのだから。ふう。久しぶりに息継ぎをすると空気が美味しい。やっと、俺の出番が来たようだ。

「ああ起きたのね。さっき説明したのがあなたのスペックよ」

「すごいじゃない。これだけあれば魔術の授業も苦労しないわ」

「ありがとうございます。それで、加護ってなんですか」

「それ聞きたいの? まあ、それは今度ね。教会に行かなければ測れないから」

 再び、水中に引きずり込まれ始めた。すごい力だ。それを見かねたのか。

「元気出しなさいよ。すごい加護があるかもしれないのよ」

 確かに、まだ終わりではない。実はこのように落ち込んでしまったのは、まだ、商人という生き方ではなく、戦闘などで生きていくというなろう系小説のテンプレートのような物語を書きたいという気持ちがどこかにあったからである。そのためには、この夢のベクトルをそちら側に向けなくてはならない。目指すべきは、大量の有能加護持ちで、楽チン無双系の異世界生活かもしれない。

「ところで二重属性というのは何ですか」

 こういうものの鉄板は、属性は一種類とかであろう。比較対象が全属性使えますとかいうチート系のおかしい奴らだから凹んだが、意外といい線行くのではないだろうか。

「二重属性ね。これはまたの名をダブルエレメントとも呼ばれていて、基本6属性のうち2属性に適正を持つ人物を指します」

「基本属性は6つですか」

「そうですね。他にも特殊な属性というものもあるけどなかなかいません。この領に一人いるかいないかレベルです」

「まあ、二重属性持ちが一番多いわね因みに先生はクインタプルエレメントつまり、五重属性になるわ」

 俺の能力は平均か。しかし、流石は先生。

「そういう、クララはどうなのさ」

「私はね、えへへ。私は、クアッタプルもしくはクアットね。四重属性よ」

 多いな。いや、でも人口的にはそんなんでもないかもしれない。だって、二重属性が一番多いんだから。いや、でも本人喜んでいるし。一応、褒めておいてやるか。

「まあ、でも氷属性は、特殊属性に変化することもあるそうなのでそんな自分を卑下することはないですよ」

「そうよ。先生言いにくそうだから言っちゃうと、アンソニーはシングルだから」

 おっと。これはいいことを聞いたかもしれない。一つしかないのかアンソニー。希望の光がぱっと差した気がする。ただ、そんなことバラしてしまう子は褒められません。

「属性の数が魔術師のレベルを決めるわけではないし。意味もなく気にしても疲れるだけです。それよりは、持てるの能力をどれだけ生かすかが大切になります」

「特にあなたの場合、魔術炉が放出系だから、環境とかの影響をあまり受けにくいのです。日頃の積み重ねでステップアップできるタイプよ」

 なるほど。魔力を使うトレーニングを積むと魔力の最大値が増えます的な側面があるのかもしれない。こっそり、これを繰り返して最大値を増やす主人公って多いよな。実際には睡眠時間削ってまでやる事とは思えないが。

「取り敢えず、最初は任意で必要な魔力を出し入れするところからですね。先ほど行ったことを自分一人で行うことができるようになることが目標です。それでは、頑張ってください」

 言葉とともにコップを持たされ、部屋の奥に案内される。なるほど、ここで繰り返せということか。どのようなことは最初は地味なことから始まる。これは、魔術も同じようだ。

「そういえば、一つだけ。そのコップは、体内に溜まった魔力を逃がす機能をは担っています。きちんと訓練せずに、大量の魔力を一か所に集めると爆発するので注意してください」

 まったく、そんな危険なことをやらせるというのか。しばらくは、一人での作業だな。しかし、自分一人でできるというのはいいことかもしれない。意識をお腹に向ける。やはり、ここからが本当の異世界生活だ。


 しばらく無言で、コップとにらめっこを繰り返す。だんだんコツがつかめてきた。

「それで、魔術はどのくらい使えるようになったの」

「一応、これくらいは」

 コップに入った水に魔力を注ぐ。コップの2分の1しか無かった水はみるみる増える。その水はコップの5分の4くらいのところまで届いた。よしっと。限界だ。魔力を注ぐのをストップする。その後、水は元の位置にまで戻っていく。今までこれを繰り返してきたのだ。テレビなら取れ高が無さ過ぎて流せないくらい地味だ

「なかなかいいと思うわ。もう少しで溢れさせることができそうね」

「溢れさせたらどうなるんですか」

 きっとこれで次の工程に行くのだろう。次からは本当の魔術を習うのだ。火を出すとか水を出すとかいう本物をである。一応、聞いておいてあげよう。

「大きなコップに変えるのよ。それを5回くらい繰り返したかな。とはいっても、コップのに入っている液体あるじゃない。あの液体の反応性がどんどん落とされていくから、大変さは、比じゃないわよ」

 えっ、何を言っているんだ。しかも、とんでもない笑顔だ。しかし、それはすべてを終えたものにのみ許されるものであろう。あと、こんなことを5回も繰り返すのか、勘弁してくれよ。今日中に終わるとか思っていた俺が惨めだ。泣きそうになるじゃないか。

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