彼女と僕の生活…。
全 て 予 想 外。
【第1話】 ディープな夜 前編
夜起きたらキリンが居た。居たと云うより、床から生えている。
とりあえず冷蔵庫に行き、牛乳を取り出し、蓋を開け、冷蔵庫に返す。
受話器を取り、八つか九つボタンを押すと、若い女の声がする。
女は名をリカと云うらしい、女は自分の事ばかり話してくるのだが、
一向に私の話に耳を貸そうとはしない。
さらに鼻にかかった独特の口調で
自分の身の回りのディープな話はエスカレートしていくばかり。
参った私は、「御免」と言い残し受話器を置いた。
マッチを4回ほどすって一服し、振り返ると、黒目がちの草食動物は
例の無表情でボクを俯瞰するのである。
「おい、なんか食う?」
「いえ、結構です。」
それ以来キリンは一言も喋った事がない。
【第2話】 ディープな夜 後編
キリン、キリン、キリン、キリン、キリン、キリンがボクの部屋に生えている。
頭は聊か混乱しているが、今一番確かめたい事がある。
ボクの部屋は二階であり、キリンの首から頭にかけてボクの部屋に在る……。
と云う事は、一階には奴の胴体が在るはずだ。
ボクの部屋の下には中大盛家が住んでいる……。
ボクは一階に駆けつけ、小林家の門を叩く。間違えた。
「すいません。」
心を落ち着かせ、隣の中大盛家の門を叩く、
「すいません!」
夜、夜、夜、夜、夜、夜、音が夜に染まって行く……。
「中大盛さん居ませんか?」
夜、夜、夜、夜、夜……。
「ガチャッ」と云う音がして中大盛家から光が洩れる。
「今、大変なんで、申し訳ありません。」
中大盛家の長女、ケイコ十四歳である。
もしやと思い「キリン?」と聞くと、ケイコは「オンナ」と答えた。
なにやら奥で揉めている様子である。
この雰囲気からすると、ご主人の浮気か何かが原因なのだろう。
キリンの胴体は中大盛家には存在しないもので、
ボクの部屋の中だけに存在してしまった……。
混乱する脳味噌に問いかけ、何者かに助け船を求め、足下を見る。
「オンナガハエテイルノ……。」
ケイコ十四歳が吐息まじりにぽつりと呟き、光の中に帰って行った。
呪文?
中大盛家には鍵がかけられていなかった……。
ボクはケイコの影を辿った。
そしてケイコの呟いた呪文の意味を理解した……。
「オ ン ナ ガ ハ エ テ イ ル ノ」
蛍光灯に照らされたちゃぶ台の上に裸の女がぶら下がっている……。
女の肌は白く、陶器の様に艶やかである。
首は天井に減り込みナナちゃん人形の様なポーズでピクリとも動かない……。
彼女の頭は何処へ行ったのだろう……。
ボクの頭の中に一つの絵が完成した……。
首から上はキリンであり、首から下は裸の女である。
何故その様なものが、ボクの部屋と中大盛さんの部屋の間に出現したのか、
とんと見当も付かない、付くはずが無いのである。
【第3話】 スネークボーイ 前編
煙草の煙に首を埋め、足の臭いを嗅ぐ、二つが混じり嫌な匂いがした。
中二の頃好きだった娘の顔が何故か頭に浮かんでいる。
白目がちの瞳が印象的で、名前は確か……思い出せないが、
あだ名は栗ゾンビかイチゴリラあたりであったかと思う。
そう昔なのだ、ボクが小学生の頃
人面犬を中心とした人面ブームなるものがやって来た。
お寺の鯉にまでスポットライトが当たるバブリーな時代であった。
このブームにより、人面岩や、人面蜘蛛、月までもが人面。
極めつけは「トーストにエルビス・プレスリーの顔がぁ!!」
と云う珍無類な人面まで登場したが祭りの後であった。
そしてネス湖のネッシー、ツチノコといったUMA(未確認生物)
が何故か流行り、子供や一部の大人たちまでも夢中にさせたのである。
だが……キリン女と云うものは流行った事が無い。
流行らせる気も無いのだが、朝そいつと目が合うのである。
とりあえず
「おはよう。」
と言ってみたのだが、角の様な突起物を不規則なリズムでピクピクさせながら
大きな瞳でボクを見下ろすだけである。
中大盛さんはどうしただろう?あれからボクの部屋をみせて夫婦喧嘩の解決には
なった様だが……全て解決と云う訳ではない、取り敢えず……である。
ツチノコならば懸賞金が付くのだ……。
ここは一先ず一服である。
木の取っ手の付いたブリキのバケツから煙草を取り出したが箱が軽い……。
もしやと思い、箱を開けると、
銀色の紙の上にナス科一年草のカスが悪戯に戦ぐだけである。
マッチと2000円札をポケットに捩じ込み、部屋を出た。
今日は極めて晴天である。
笑ってしまうほど間の抜けた雲がコンビにの方へと流れて行く、
その雲に添ってボクは歩いた。
2分ほど歩くと額に仁丹ほどの汗の粒が浮かんできた。
蝉の声が聞こえる、暑い。
やっとの思いでコンビニに辿り着き、冷蔵庫の前に立つ。
今は煙草より水分である。
それも、スカッと弾ける炭酸飲料。
コカコーラを取ろうとしたが、その隣の
「新発売!!カロリーオン」
と書かれた潔い飲み物に惹かれ、それと煙草を購入した。
帰り道、
「あんむぁうぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
何これ?罰ゲームですか?甘すぎだろ、カロリーオン……。
口直しに煙草を吹かす。
やけに煙草が美味い、何故だ………。
空を見上げると先ほどの雲は、
西の空に浮かぶ梅ミンツの様だ。
「そうだ、ペット感覚で飼おう。」
【第4話】 スネークボーイ 後編
猫背の少年が サイケデリックな虎の口に飲み込まれて行く……。
また一人、また一人と……彼らは虎に飲み込まれて行く……。
輪廻転生を信じ、自らの命を虎に捧げるウサギの様だ。
虎の額に「ペットショップ 旭」と太いゴシック体で書いてあるが……
何かの嫌がらせであろうか……。
「わんちゃん ねこちゃん と あそべます 」
この野性的なオブジェに不釣り合いなファンシーな看板……。
間違いなく、ペットショップである……。
人食い虎の門を抜けると、金色に輝く釈迦が胡座をかいている。
釈迦の背後からは水が円を描きながら噴き出し、小さな虹を作っている。
釈迦の水芸で作られた後光は何処となくチープで可愛らしくもある。
台座の水受けの中に5円やら、10円がぎっしりと入っているが
御利益でもあるのだろうか……。
少し歩くと、レトロな建物があり、その佇まいはグラバー邸の様である。
「いらっしゃいませ。こんにちわ。」
「ありがとうございます。またおこしくださいませ。」
接客が凄い、チェーン店なのか?
頭に「キ」と云う文字を浮かべ店内を歩いていると
いろいろな生き物が居る事に驚かされる……。
私の記憶では、ザリガニは赤いものであったが、
青いやつが沢山いるのだ。
「食べても……美味しいです!」とポップがあるが……
ここはあくまで、ペットショップである。
「何か、お探しですか?」
首に蛇を巻き付けた井上陽水が話し掛けて来た。
よく見ると体中傷だらけであり、エプロンをしており、陽水ではない……。
部屋の外にもUMAは居るのだと、自分の境遇が少し楽になった。
「キ……キリンの餌なんて、無いですよね?」
さり気なく聞いてみた。
蛇男は下を向いて震えている……怒ったのか?
「ヘイ!ブラザー!!!」
蛇男はハイタッチをすると、蛇をぐるぐる回しながら、奥へ向かった。
数分後、大きな段ボール箱を二つ持ってボクの前に現れた……
蛇にガッツリ噛まれながら……。
蛇男の説明が始まる……。
ゼスチャーを織り交ぜながら親切に話してくれたが……
「ヤバイ」「ブツ」「ワシントン条約に××」と御縄になりそうなワードが随所に顔を出す。
「このフレディー(葉っぱ)は、キリンも食べれますよ。」
蛇男は目を輝かせて言い切った……。
キリンもの「も」が凄く気になったが、蛇男に押し切られ
2000円札を渡し、540円の釣り銭を貰う。
おまけなのか、大きな犬の首輪一つとミントキャンディを二つ貰った。
折りたたみの台車に段ボール箱をスタッフが載せている。
「おくるままで、おもちします。」
と丁寧に言ってくれたが、事情を話、台車を借りる事にした。
店を出ると釈迦の目玉が、夕闇を照らしている。
まるで現世に放たれた釈迦のビームの様だ。
ビームが蛇男にそっと当たる。
蛇男がこちらを見ている、じっと、じっと、じっと見ている……。
その瞳は、反則だ……。
握りしめた小銭を釈迦の台座にそっと入れた。
「ありがとうございました。またおこしくださいませ。」
蛇男がクラムボンの様に笑っている……。
ごろごろ音をたてながらボクは帰って行く。
帰り道が少し賑やかである。
「ただいま マキコ。」
帰りがけに中2の頃好きだった娘の名前を思い出した。
マキコはこっちを見て笑った、笑った様に見えた。
マキコはフレディーが気に入ったのか、モシャモシャ食べた。
そして彼女に首輪を着けようと試みたが、失敗に終わる。
大きいと言っても、所詮犬の首輪である。
蛇男の事を考えると、何故か無償に悔しくなり、それをして寝た。
ミントキャンディーは明日食べよう……。
マキコと一緒に……。
【第5話】 風水の美学
ある日、何となく部屋を掃除しようと思った。
別に物が散らかったり、汚くなったりと云った事からでは無い。
ただマキコが東から生えているからである。
風水的に、北は白、南は緑、西は黄色、東は赤と決まっている……。
東は赤なのである。
黄色いマキコは、口をモシャモシャさせながらボクを見ている。
どうするべきか考えていると頭の旋毛が暖かくなってきた。
マキコが撫でる様にボクの頭を舐めているのだ。
とても気持ち良いが、少しフレディ臭い……。
マキコを赤く塗ると云う考えは捨てるとしよう。
ボクは机を持ち上げマキコの正面に置き、
テレビはマキコからも、ボクからも見える所に置いた。
細々した物は端に寄せ、スケッチブックや画材はテレビの上に鎮座させる。
ミュージックが欲しいと思い、ヘドウィグのサントラをかける。
ジョン・キャメロン・ミッチェルのキュートな歌声にあわせて
バスタオルの翼を広げる。
腰をくねらせ、テレビに向かう、
テレビにカーウオッシュをかましながら埃を取り、
自作の松井棒で隅々の埃までやっつける。
カーウオッシュの効果が覿面したのか、
テレビの中のテリー伊藤が心なしか爽やかである……。
木炭紙にアクリル絵の具で、思いついたモチーフの絵を描いて行く。
赤い彗星に、ニャンまげ、アトム、パーマン、ハットリ君、
絵を描いていると最後、藤子不二雄寄りになってくるのは何故だ……?
トキワ荘への熱い思いが原因なのか……。
後半の藤子不二雄作品群は御蔵入にして、前半の作品を壁に飾って行く。
マキコの黄色がやっぱり、気になる……。
マキコの角に赤い首輪を掛けてみたが、どうも様にならない。
バスタオルはピンク色であるが……赤色に見えなくもない。
大きな心で捉えたならば赤色である……。
バスタオルをマキコの首に巻いてみた。
何か、すごくカワイイ……そんな気がする。
サントラが終わる頃には、ドクターコパも絶賛するであろう
カラフルルームが完成した……。
ジーパンの後ろに入れた煙草を一本取り出す、
煙草は次元大輔を彷佛とさせる絶妙なカーブを描いている。
味が薄いのは、何処かに穴が空いているからだろう。
片付けられた部屋に夕日が差し込み、マキコとボクを赤く照らす。
午後5時14分、風水の力が効かぬほど真っ赤であるが、
今日一番の美しい光景である。
【第6話】 中大盛家の朝
目玉焼きに醤油を一滴半垂らし、中年男は咳払いをしている。
新聞を広げてはいるが、アイン・シュタインやトム・クルーズでも
苦戦するであろう、逆さまの世界……。
逆さになった空間をアインシュタインの娘がぼんやりと眺めている。
その横で彼女の母親が、沢蟹の様に口に忙しく御飯を運んでいる。
沢蟹の息子が天井に目をやると、親蟹が息子の皿にウインナーを一つ入れる。
息子はウインナーを一瞬見てまた天井を見る。
父親が目玉焼きを息子の皿に入れるが……やはり天井を見る。
息子の視線の先には首の無いビーナスが官能的に垂れ下がっている。
彼女の傷一つ無い乳白色の肌は朝の光でキラキラと真珠の様に輝いている……。
朝の食卓が彼女の出現により彼らを形而上の世界へと誘った。
母親が箸をパチリとちゃぶ台に置くと、一瞬彼らの動きが止まる。
母親は座布団から立ち上がり、ブルーのカーテンを毟り取った。
彼女は娘に視線を送り共同作業でビーナスにカーテンを被せた。
娘が思い出した様にタンスの中からボクサーパンツを取り出し、
彼女に履かせた。
先ほどまでのシュールレアリスムは一転して、
青いてるてる坊主が吊るされた現実的な空間となった。
父親は少し照れながら新聞をひっくり返して読み始め、
母親は何事も無かったかの様に鼻歌を口ずさみながら食器を
洗っている。
娘は学校の友達の声が聞こえると、トーストを一口かじり慌てて出て行った。
息子はランドセルを肩に掛け玄関の扉を開ける。
風が少年の額にそっと触れる……少年は振り返り
てるてる坊主を見た……。
青いカーテンが捲れ上がり、それを親蟹が慌てて押さえている。
三人掛かりのマリリン・モンローの完成である……。
「忘れ物大丈夫?」
モンローの右手が少年に問う。
少年は「いってきます」と小さな声で呟き、
学び舎へと走って行った…
最後まで読んでいただきありがとうございます。
1998年に書いた初めての小説です。
続編は需要があれば…