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誰かの幸せと

「なんで、よりにもよって小町なんだ?」

「まあ、意外かもしれないな」

「小町は平然と振る舞うのがとても上手だから……」


 その言葉には当夜は強く共感する。でも、演劇をやっている今この時に、しかも咲哉からいきなり呼び出されるというこのシチュエーションで、その話題が出てくるのは何事だろうか。

 

 「平然と振る舞うのがとても上手」確かにその通りだ。でも、その言葉を持ち出して、咲哉が何を言おうとしているのかは、全く想像がつかない。

 

 ――想像はつかない、と言いながら、その一端を既に掴んでいるような気はするのだが。

 

「ああ」

 当夜は単調に同調した。

 出し抜けに小町の振る舞いの話をされて、普通ならただ驚いておくのが自然なのだろうが、そんな態度を取れるほど当夜は小町と遠くなかった。

 

「突然だけど、当夜はあの脚本どう思う?」

「脚本って、演劇のだよな……?」

「もちろん」

 意外な方向に話が飛んで、当夜は当たり前のことまで確認する。


「素敵な脚本だと思う。繊細で、切ない」

 当夜は少し間を置く。

「まるで咲哉が書いたとは思えないく――」

「それだ」


 意外なタイミングで咲哉が遮った。あまりに突然だったから、咲哉の気にでも障ったのだろうかと当夜は思う。

 

「今日したい話は、そのことなんだよ」

 だが、咲哉の様子は単純な怒りには見えなかった。ただ真剣なことだけは当夜にも伝わった。

「なるほど」


「実は、あの脚本は俺が書いたものじゃない」

「そうか」

 当夜はその驚きの言葉を聞いて、なお自分の口をついて出た言葉があっさりしていたことに自分で気を留めた。

 

「あまり驚かなかったか?俺は演技には自信がないからな」

「……驚いているつもりなんだが、もしかしたら驚いていないのかもしれない」

「なんだよ、それ」

 咲哉は一瞬だけくすりと笑った。

 

「それじゃ、小町か?」

 そう当夜があっさりと指摘してみせると、咲哉は少しはっとした表情をした。

「驚いた。随分と察しがいいな」


「……でなきゃ、あんなに介入はしないだろうに。咲哉の脚本だからこそ、咲哉と相談して色々小町なりに考えを持っていたものかと思っていたけど、それが咲哉の脚本じゃないとすれば、そういう可能性になってくるかと」

「よく見てるんだな」

 さらっとそう言った咲哉の台詞は、当夜に流された。


「でも、僕はそれ以上のことは何も分からない。続きを聞かせてくれ」

「ああ」


「……実を言うと、俺自身も小町に言われるがままのことをしているだけに過ぎない。小町が秘密にしろといったからそうしているし、小町から作者になりすましてくれと言われているからそうしている」

「だから、小町の気持ちは俺には分からないだろう」


「……それで、本心は?」

 間髪を入れずに当夜はそう指摘した。

「はぁ……当夜には勝てないな」


「ああ、分からないというのは半分本当で半分嘘だ。俺は多分小町のことを分かりきれていなかった。だからこそ今がある部分もある。でも、いやというほど知っている部分があるのも否定できない。――多分、それは今回のこととも関わっているだろう」


 咲哉はここまで喋ってみても、いまだに戸惑いを拭えてはいなかった。何をどこまで話すべきなのだろうか。――それは単に情報を与えることではない。介入に他ならないからだ。

 

 だからこそ咲哉はすぐに本題に入ることはなく、少し呼吸を置いた。人のいない空間には風が吹き込んで、少しはその張り詰めた空気も入れ替わる。

 

「多分小町は、自分が目立つのを嫌っているんだ」

 ――それは幾分か遠回りで、ともすれば不正確になるような言い方だった。

「すまん、これじゃ少し不正確かもしれない。でも、一言じゃ表せない」


 咲哉が緊張を落ち着かせるかのように、ゆったり息を吐いているのを当夜も見た。

 

「もちろん小町自身は目立つ人間だ。そして、小町自身がそういうことを普段から避けているわけではない」

「ただ自分が目立つか目立たないか、それだけの問題であれば大丈夫なんだ。――でも問題は、多分、そこに他の人が絡んだ時だ」


「大事な時に限って、小町は身を引く。自分が周りからどう見られているか、そんなことに小町は臆しているのではない。――最近は、それを利用することさえしていると思う」

「でも、決定的な所で名誉を逃す。それは自分の手柄なのに、――それは自分のせいではないのに、それを主張しようとはしないんだ」


「……」

 当夜はそれを聞いて、咲哉が後から付け足した部分がきっと過去の回想から来ているのだろうと気がつく。

 

「……それに、いつも失っているのはただ名誉だけじゃない。――俺が触れるのもどうかという気がするが」


「あいつは、誰よりも人の幸せを願うタイプなんだ。自分が隠れたとしても、自分以外の人間が幸せであってほしいと、心の底では思っているんだ」

「――それが、ずっと貫けるというならまだ救いなのかもしれないけれど」


「でもそれは一貫してない。誰かのために捧げる幸せなのだったら、最初から寸分たりとも自分には近づけてはいけないはずなんだ。そうしなければ、失った時の苦しみはずっと大きくなってしまう」

「でも、小町は、いずれ誰かのために捧げる幸せを、自分の元にも引き寄せてしまうこともあるんだ」 


「……それは、具体的には」

「教えられない」

 その咲哉の返事は予想外だった。

 

「ごめん、これは多分、俺が教えていいことじゃない」

「ああ」

 いざ咲哉に真剣に詰められてみると、教えられないということは意外にも早く飲み込めた。

 

「でも、一番肝心なことはさ」


「小町が幸せであることが幸せな誰かがいたとしたら、その人はどうなってしまうんだろうな」

「それは……」


 咲哉だろう、と言い掛けて当夜はやめた。それを言うのは無粋な気がしたし、過去の咲哉の矛盾をわざわざ追い立てるようだったからだ。


「なあ」

「当夜は、どう思う?」

 その矛先は、当夜に向いていた。

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