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機微

 小町の意図ははっきりしなかった。

 「万智ともっと仲良くなって」そんなメッセージは小町が口にしていたが、その言葉はまるで掴みどころがなく、何も捉えることができない。


 かといって、いつものように小町が単純に面白がっているわけでないのは、今この瞬間がそうだというだけでなく、演劇に関する今までの様子を見てもそうだった。


 ……小町は裏に何かを抱えている。当夜はそんな気がした。でもそれを追求できるかというとそんな気はしない。

 

 気持ちの良いくらい晴れやかな朝だった。秋風がほどよい気温を運ぶ。

 そんな晴れやかさが皮肉めいて感じられるくらいだ。

 

 小町のことを案じても仕方がないかもしれないと当夜は思った。小町は肝心なとき、いつも手の内を明かさない。

そういう強さを持った人間だ。


 そして、そういうことを自分の中で受け止めて消化してしまう、そういう人間だ。

 

 自分ができることは何かあるのだろうか。

 

 否、彼女はきっと「壊れない」。――初め僕が見た彼女の強張った表情は、「壊れやすい」ものに見えた。だからこそ僕はあんな誘導をした。

 

 でも、一度変わった彼女はとても強くみえた。自分を気固く飾らなくても、心に暗いベールを被せなくても、彼女は十分に強い。

 

 何もかも明るく受け流してしまう。何もかも明るい方法で解決してしまう。――永遠とため息が続くような暗い方法ばかり取る自分とは違う。

 

 それは、羨ましかった。その姿は、憧れだった。

 

 「小町を変えた」なんて標榜することは、きっと傲慢なのだろうと前々から思っている。それは正しかった。

 

 小町が自分の影響を変わったのは確かだ。でも、変わった小町は自分なんかよりもはるかに強い存在だった。

 

 そんな中で、自分にできることはもうないのだろう、そう当夜は思った。

 

 だから、小町に口を出そうというような傲慢な思考はもう捨てて、ありのまま普通の会話をしようと当夜は思った。

 

「なんだか、不思議な感じがするんだ」

 実際にはそれはただの会話というより漠然とした思いの相談のようなものだった。

 

「演劇の練習をしている時、自分が今主役としてその場に立っているとさ」


「不安?」

 小町がそう聞いたのは、当夜には強い人間の態度に思えた。

 

「いや、不安とも言い切れない、心地良い気もする、でも一言で言うとすれば、不思議な気持ち」


「なんだろう、大げさかもしれないけど、運命ってこういう風に転ぶのかかなって」

 小町はやけに壮大なその言葉を聞いてクスリと笑った。

 

「やっぱりちょっとおかしかったかな?」

「ううん、当夜らしいと思うよ」


 小町はまたいつも調子を見せて笑った。

 その表情に、当夜はどこか安心する。

 

「それにしても、あんなに手の込んだ脚本を咲哉が書いたなんて、やっぱり信じられないな」

「う、うん、そうだね」


 戸惑う小町の様子に当夜は疑問を抱いた。

「どうかしたの?」

「いや、なんでもない」

 

 小町にしては繕うのが下手だった。

 当夜は真剣な表情をする。

「何かあるんだったら言ってほしい、……どんな形であれ、僕も演劇の件で後押しを受けてるわけだし、力になりたい」


 どちらかというと内気な当夜だが、こういう台詞はいつもさらっと言ってしまう。

 そんな当夜の姿は、小町にはいつも印象深く映る。

 

 ……それは真実を吸い付ける眼差しだった。

 ――私が隠している事実、それから逃れられないように縛りつける眼差しだ。

 

 ――「力になりたい」――そんな何気ない当夜の言葉が、いかに自分に響くことだろう。

 そんな当夜が憧れであり、羨ましく、そして……憎い。

 

 その表情を見ていると、小町は自分の下した決断から手を離しそうになってしまいそうだった。

 

 息を吸ったが、それを吐き出そうとすると空を切る。

 それは小町が言葉を乗せようとした空気の塊だった。

 

 どうする……こんな時、私は――

 

「ううん、ただ、咲哉が意外と文才あるってこと、実は知ってたから」

「……そうだったのか」

 当夜は小町が昔のことを思い出したがゆえに少し沈んでいたのだと錯覚した。

 

 小町はやはりうまかった。取り繕うことにかけては、やはり小町は一流だった。

 ――そんな自分が誇らしく、そして憎い。

 

 その言葉は小町の決意と寸分も違わなかった。

 

 だが、その言葉がついに自分を当夜から遠ざけた気がして、小町は少しの間暗い気分に沈まざるを得なかった。

 

 ――けれども、それはきっとしばらくすれば晴れる。

 ――それが私の決断なのだから。

 

 

 もう文化祭本番まで一週間と迫っていた。各クラスの準備も佳境に入る。当夜のクラスも小道具などを概ね揃えて、演技の方も一通りさらっていた。

 

 当夜と万智は今日も素晴らしい演技力を発揮する。事前に示し合わせたかのようなチームワークは、実際に示し合わせたのだ。

 今までの地味な二人の様子が嘘のように、二人は主役に馴染んでいた。

 

「今日もお疲れ様、主役の当夜さん」

「お、おう」

 「主役」という言葉は最初こそ歯がゆかったが、当夜もさらっと受け流せるくらいにはなっていた。

 

 相変わらず咲哉はお調子者のオーラを身にまとって話かけてくるなと当夜は思う。

 ただ、それは一瞬で変わった。

 

「当夜、少し話があるんだが、いいか?」

 咲哉は一転して真剣な表情に変わった。

「ああ」

 当夜も少し緊張しながら答える。

 

 咲哉は当夜を従えて、人知れず教室を去って行った。

 

 渡り廊下の外れの一画の人があまり来ない所に咲哉は当夜を連れて行った。

「それで、話って?」

「ああ、小町のことなんだが……」

「小町……?」


 その名前を聞いて当夜は意外に思った。小町が会話の主題になることなどありえないと思っていたからだ。

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