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私じゃ不足?

「それじゃあ、初練習始めまーす」

 放課後のクラスを取り仕切った咲哉が言う。


「本当にやるのか……」

 決まったのだからやると決まっているのに、当夜があたかも信じられないという感じで言った。

 

「う、うん、それじゃあ、頑張ろうね」

 万智もまた戸惑いながらそう口にする。

 

「とりあえず、当夜、万智さん、台本はもう読んでるよね?」

「うん……」「はい……」


「そんなに固くならずに、気楽にいこうよ、文化祭は楽しむものなんだからさ」

 冷静な見方のできる咲哉が羨ましい一方、それは当事者じゃないからこそ言える言葉な気もする。

 

「それじゃあまず最初のシーンから行こうか」

「最初は普通の日常シーンだから、肩肘張らずに」


 咲哉がそう言って、成瀬に合図をすると、成瀬がナレーションを始める。

 なんだか緩い感じの始まり方に、当夜は自分の緊張度合いを重ねて拍子抜けする。

 

 そして、特に名もなき日常のシーンが幕を下ろした。

 

「はい、オッケー」

 ここで咲哉が区切る。そういえば咲哉が自然に監督のポジションに定着している気がするが……まあ、脚本も咲哉だしこういうものなのだろう。

 

「ふぅ……」

 緊張感が抜けて当夜と万智はため息をつく。


「どうした、そんなに疲れるようなシーンでもないだろ」

「やってみなきゃ分からないよ、この主役の重圧は」

「様になってきたな、主役が」

「……冗談はよしてくれ」


 またため息が出る。

 本当に気がつけば主役に大抜擢されていた当夜。事あるごとになぜ今自分がこの場所に立っているのか疑問に思えてしまう。

 

「まあとにかく、出来は可もなく不可もなくってところだから、問題はないよ」

「……フォローするときの言葉か、それ」

「おっと、当夜は大げさすぎない感想を望む人間だと思ってたけどな」

「……まあ確かに、ここで絶賛されても反応に困る」


「あと万智さん」

「はっ、はい……」

 なんだか元気がないような、それとも怯えているような弱々しい口調で答える。

 

「万智さん、結構うまいよね、練習してきたりした?」

「いえ、そんなことは……」

 当夜の友人、という咲哉との接し方を分かりかねている面はあって、万智の応答はたどたどしい。……でも実際は、それだけが理由ではない。

 

(私、どう当夜に接したらいいんだろう……)

 そう、昨日の小町との会話。

 小町の気持ち、そして、自分の気持ち。

 それが自分の中で形を持ち始めたのだ。

 

 そして、それをどう処理すれば良いかが分からなくなっていた。

 

 

「切なげな感じがキャラのイメージに合ってて、すごく向いてると思った」

「え?」

「とても登場人物になり切れてると思う、自信持ってよ」


 ――別に切なげな雰囲気を強いて作り出したわけではない。それは単に、万智の心境がそのまま演技に反映されただけだった。

 そんな風に思っても見なかったことの指摘が皮肉に響く。

 

 ……当夜もまた、そんな万智の様子を訝しく思っていた。

 それが演技なのか、演技の仮面に隠れた本心なのかが透けてこなかった。

 

「それじゃあ、ちょっと小道具の確認とかもしておくか……今日は初回だし、こんなもんでいいと思うけど」

 咲哉は何も異変に思わず取り仕切る。それはそうだ。演技が求められている場で、それが演技じゃないと見抜ける人間なんてごく少数だろう。

 

 

 今日の分の準備が一通り終わる。ただの準備なのに、なんだか教室は盛り上がった雰囲気だった。

 作業の内容よりも、仲間と一緒に何かを作り上げるということが楽しいのだろう。たとえそれが地味な道具作りであったとしても、彼らの表情は明るい。

 

 ……しかし、一番輝くはずの主役達の表情はどこかくらんでいるようだった。

 

 

「それじゃあ、お疲れ様でしたー」

「「お疲れ様ー」」

 解散の号令をかけた咲哉に皆が続く。

 

 万智は当たり前のようにすぐ帰宅しようとした。

 その時……

 

「?」

 万智は当夜が遠慮がちに自分に手招きしていることに気がつく。

 なんだろうと思いながら、一旦自分の心から離れるような心地で、当夜のもとに寄った。

 

「ちょっといいかな……?」

 当夜はわざわざ耳打ちして伝える。

 それで注意を向けた万智に、今度は普通に小声で話した。

 

 内容としては、少し二人で話そう、とかそんな感じだ。

 当夜は「とりあえず河川敷にでも……」と言う。

 

 それはなんでもないようなことだった。

 でもそれは、この教室の賑わいの中に持ち込まれた秘密のように思えて、甘美な響きがした。


 何を言われるのだろう、それとも大したことのない話か、演劇関連の打ち合わせか何かだろうか。

 でも万智の心の中には少しだけ緊張感がある。もしかしたら、ほんの一パーセントくらい、それがもっと「核心」に迫ったものなのかもしれないという緊張感が。

 

 そんなほの香る緊張さえもまた甘美な響きとなって万智を誘う。

 なんでもないような言葉は、今日は少しだけ違って聞こえた。

 

 

 

 必然の静寂が二人を包む。

 ほの涼しい風を浴びながら落ち着ききった小径をゆく。

 

 木々に遮られた前面からやがて光が差し込んで、一面に河川敷が広がった。

 そこはどこより身近にあるけれども、少し特別な場所だ。

 

 二人は河川敷の階段に腰掛ける。

 

「それで……話って?」

「うん、いや……大したことではないんだけど……」

「その、ヒロイン役の話」

「そっか」


 万智もそれはなんとなく察していた。期待通りというか、期待外れというか。胸をほの撫で下ろす。

 

「その……なんだか変に巻き込んじゃって、悪かったなぁと」

「ううん、そんなことはないよ」

「でも、別に積極的にやりたかったわけでもないでしょ、幼馴染の縁だかで、勝手に万智を巻き込むことになっちゃって、やっぱり申し訳ないなって」


 堤防の下には水遊びに興じている子供の姿が見える。その無邪気さをなんだか羨ましく思いながら、自分の気持ちを正直に語ることにさえつまづきを覚えてしまう自分の手を見た。

 

「うん、確かに最初からやりたかったわけではないけれど……」

「でも、別に嫌なわけじゃないよ」

「そっか」


 当夜もそう言う。

 素っ気なく聞こえる同意の言葉の使い勝手が良かった。悠久の時間が流れるこの場所に溶け込むようでもあり、また、なんだかたどたどしい会話の中で相手との距離を探っていくようでもあった。

 

 万智は下を向いて膝の上で重ねた自分の手を見る。何も壊れない、何も進まない、そんな無難な会話に落ち着いていく自分の姿がそこに映っているかのようだった。

 それを見て、逆の決心が固まる。

 

「……あのさ」

「ん?」

 そう答える当夜の響きは素っ気ないようでいて温かった。

 

「……私じゃ、不足かな?」

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