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秘めた想い

 放課後の教室。二人を除いては空だった。

 万智と小町だけがその場に残っていた。万智が呼び止めたのだった。

 

「……万智さん、話って?」

「本当に、良かったんですか?」

「え?」


「良いって、どういうこと?」

「演劇のことです、もちろん」

「……」


 お互い自分の席に寄りかかっている。

 時折吹奏楽部の練習の音が遠くから聞こえてくることの外は、その場は静寂に包まれていた。

 

 小町は沈黙を破らない。自分が何かを口にする前に、万智の意図する所を探ろうとしていた。

 

「小町さんは、ヒロイン役、やりたくなかったんですか?」

「私は……別にそこまでの役をやるつもりはないというか、苦手というか……」


 どうしてこうも万智と当夜は察しが良いのか、と小町は思う。――自分の振る舞いは、そんなに下手なのだろうか。

 いや、第一、別にやりたいと思っていないというのは事実だ。別に――

 そもそも、私が私を――


「でも……なんというか、あまりうまく言えないんですけど……」

「その……小町さんは、当夜の隣に立つのは嫌ですか?」


 突然「当夜」という名前が出て胸がドキリとする。なぜだろう。答えなどないはずなのに答えを言い当てられている気がする。

 

「私は――」

 言葉が詰まる。「私は」、何だ?

 喉の奥底から何かが溢れ出しそうになる。それが何かは、自分にも分からない。

 

 何か口にしなければ――そんな焦燥に駆られて、咄嗟に選んだ言葉は――ー


「いや、そこにいるべきは私じゃないの」

「当夜にとって、これが一番良い道だから……」


 万智は返す言葉が見つからなかった。

 曖昧な言葉で安全地帯から質問した自分に、ツケが回っている気がした。一度リスクを取らないことを考え出すと、もう地雷は絶対に踏みたくないという恐れが生じる。

 

 八方塞がりになっていた。踏み込んだことができない、いつも中途半端なことばかりしている。中途半端なことをして、中途半端に気まずくなって、中途半端に和解して、まるで自分が当夜に――

 

 そんなことを考えていたら、ふと、もう言ってしまおうという気になった。

 

 

 

「小町さんって、当夜のこと、好きなんですか?」

 言った後で、実態のない残響が頭の中で響き続けた。

 

「えっ?」

「ごめんなさい、私、いつも中途半端な態度を取って。さっきも、小町さんがもしかしたらそう――と思ってたのに、余計に『小町さんと仲良くして』みたいなことを当夜に言ってたし……」

 

「でも、もしかしたら違うのかもしれないけど、どう転ぶかが分からなくて恐れていたけれど、私はきっと今聞いておかないといけないんだと思うんです」


「小町さん」

 万智の目は凛としていて、決意に満ちあふれていた。

「当夜といる時の小町さんは、私には楽しそうに見えます。でも、それでも私の目では、小町さんが本当はどう思っているのか、分からないんです」


「小町さんが当夜をからかっている時、小町さんは楽しそうです。でも、それがどういう楽しさなのか、私には分からないんです」

「教えて下さい、そしたら……私は――」

 私は――何なのだろうか。自分で言って自分でそんなことを自分に問いかける。

 

「……」

 小町は沈黙した。そうせざるを得なかった。次に口を開いたら、それが世界が変わるきっかけになる気がしたから。

 

 答えるにしても――口にすべき想いは形にならない。

「分かった、教えます……」

 小町は意を決した。

 実際に口にしてみるまで、自分が何を言い出すのか分かりそうもなかった。

 

「はい……」

 緊張の面持ちで万智がその言葉を受ける。

 

「でも……」

「私の気持ちを教える代わりに、万智さんの気持ちも教えてほしい」

 思わせぶりな持ちかけは、何も語らずしてもう自分の気持ちの幾分かを物語っていそうだ。


「私の気持ち……?」

「もちろん、当夜をどう思っているか」

「……」


「分かりました」


「私は――」

 小町はじっと万智を見つめながら、自分の想いを口にした。

 

 

 

 これが安堵なのか、はたまた焦りなのかすら分からない。

 ただ何かが万智の心の中に確かな痕跡を残した。

 万智の想いも握り上げた砂のようにこぼれ落ちていった。

 



 小町は「演劇はぜひ万智さんにやってほしい」と言った。

 万智はぐっとその言葉を心の中で抱えた。

 

 ――

 

「当夜、おはよう」

「ああ、おはよう、小町」

 次の日の小町は普段通りだった。

 

 ……普段通りでいられるものなのだろうか、なんて思ってみても、そんな邪推に意味はないのだと気付く。人は普段通りじゃなくても普段通りに振る舞おうとするものなのだ。

 

 それとも、本当に自分との会話を気にかけていないのだろうか、とも万智は思う。それは当夜のものじゃなくて万智と小町の間だけの話、そんな風に割り切れているのかもしれないと思う。

 

 放っておいても色んな思考が頭を駆け巡ってくる。目前私はどうすればいいのだろう、そんなことさえも吹き飛びそうになる。


「万智?どうした?」

「っ!」

 気が付けばすぐ目の前に当夜が立っていた。


「なんだかぼっーとしてるみたいだけど、何かあったの?」

「い、いや、なんでもないの」

「そうか?」


 不思議と鼓動が早くなるのを感じる。……いや、もしかすると不思議でもなんでもないのかもしれない。

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