お膳立て
「え?私?」
万智はともかく戸惑っていた。
「こ、小町さん、どういうこと?」
「ほら、やっぱり当夜と仲の良い万智さんなら、うまくやれるんじゃないかなぁと……」
「多分みんなもお似合いだと思ってると思うよ?」
そう言って小町は意味ありげに教室を見回す。視線を向けられた生徒達は、初めは突然の展開に戸惑っていたものの、しばらくすると皆遠慮がちに頷き始めた。
……人ってこんなに流されやすいものなのかと当夜は思う。
「その、万智、別に無理にやる必要はないと思うし……というか、推薦で大事な役を決まるのっておかしいでしょ、そもそも」
振り返って「無理しなくて良い」と優しい言葉を掛けてくる当夜と万智の視線が交錯する。
……多分、自分には自信がない。自分には向いていない。少なくとも今の私は、人前で目立つようなことが得意なタイプでもない。
――でも不思議なもので、当夜から「やらなくてもいいのに」と言われてみると気持ちは揺れた。
そもそも、当夜だって気がつけば主役に仕立てられているわけで、それなら私も――という気になる。
当夜だけが騒動に巻き込まれるのは気が引けるとか、そんな感覚。そういう慈善の心から出発して、いざステージに立つ自分の姿を思い浮かべてみる。
――別に悪い気はしなかった。むしろ、あの素晴らしい脚本を演じられるのなら、当夜と。
突然湧いてきた興味を、「当夜を助けなきゃ」という名目のメッキで固める。そして、引き金を引いた。
「その……当夜も主役をやるっていうなら、私も――」
結ばれる二人の姿が万智の脳裏に浮かんでいた。――もちろん、そんな恥ずかし思考はすぐさま消し去る。これは――そう、幼馴染に降り掛かった試練を一生に乗り越えたいと思ってる。そういう気持ちなのだと自分の中で置き換える。
「ええっ!?」
当夜は驚きを禁じえない。
「いや、だって、当夜が主役をやるというなら、その……お、幼馴染として、私もサポートしてあげたいなぁと!!」
「その、ダメ……かな?」
まさかの上目遣いで万智が聞いてくる。
今回も例外なく当夜はこういうアプローチに弱い。
「い、いや、ダメじゃない、むしろ嬉しいから!!」
「ほ、ホント!?」
弾みがついてやや意味深になった当夜の発言に心躍ら――もとい、暖かい友情を感じている万智だった。
ちなみに忘れてはいけない。なぜ意味深なのかといえば、この脚本はそもそもバリバリの恋愛劇なのである。
自分で言った後で、「嬉しい」という響きがやけに冴えてしまうことに当夜は気がつく。これではまるで――いや、これ以上は考えるべきじゃない。
――まあ、別にこれでもいいか……どうせ主役になったことは揺らがないわけだし。
――つくづく自分が流されやすい人間なのだなぁと思う。……それとも僕の周りの引力が強すぎるだけか。
後は成瀬がなんと言うかだ。尤も、成瀬にはこの場の司会以上の権限は本来はないはずなのだが――いつもの物静かな印象をがらりと刷新して、当夜×小町を強力に推し進めているという点では、実質的なキーパーソンでなことに変わりは――
「で、でも小町さん、本当にそれでいいの?」
あくまで成瀬にとって本命は当夜×小町なんだろう――って、何冷静に分析しているんだ、僕は。
「うん、やっぱりここはお互いのことを良く知っている二人の方が良いと思うの」
子供を見守るような優しい笑みで――というとこれは僕らが子供みたいな扱いになるのだろうか。ともあれ、小町に迷いはなかった。……少なくとも表面上は。
「うーん、でも……」
(でも、これはそもそも小町さんが言い出したこと……)
(私が考えている二人の気持ちが正しいかどうかなんて、本人達にしか分からない。……それどころか、本人達にすら分からないかもしれない。)
(そもそも、こういうことで勝手人に干渉しようなんていう考え自体が、ちょっと歪んでる。それも、それが、本人によって否定されようとしている――)
(もしかすると、本命は万智さんの方なのかもしれない、それは私には分からないことなんだ――とすれば……)
(やっぱり……幼馴染がお互いの思いに気付いていくっていう展開もありなのかも……)
どうやら成瀬は非常に真剣に悩んでいるようだ、と当夜は思った。
「これも一つの完成形で――」
「常識を一変させる世紀のアートの一種なのかも……」
「芸術家!?」
成瀬の傍らにポツリと佇んでいた咲哉が思わずツッコむ。
咲哉、この所ただひたすら(面白い)なりゆきを温かく見守っていた様子だったが、やっぱり成瀬の底しれぬ本性には多少なりとも驚いている様子だ。
成瀬は軽く咳払いをして、
「それでは、他に希望者の方はいらっしゃいますか?」
「何か突然口調が固くなってない?」
当夜が周りに向けて思わずつぶやく。
「それだけ気合が入ってるんだよ」
小町がそう答えた。
「あ、ああ、そうか……」
何とも答えづらい当夜だった。
結局希望者は他には現れない。
「それでは、ヒロイン役は万智さんで良いですか?」
なんだかんだで教室には拍手が響いた。
「小町さん……」
万智は拍手が響いている間、小町を見つめる。
再び静けさが教室に帰ってくると、万智は話かけた。
「小町さん、その……私、なんと言えばいいか……」
「万智さん、もしお節介だったらごめんなさい、でもやっぱり……」
「私、当夜にはちゃんと小町さんのことも幸せにしてあげるように言っておきますから!!」
「……目の前にいるよね?っていうか、幸せにしてあげるって何だよ!!」
「もう、当夜は乙女の気持ちを分かってないなぁ……」
「ごめんなさい、私は乙女じゃなかったみたいで、分からないのだけど……」
当夜は久しぶりに小町に共感できた気がする。
「やっぱり、小町さんはこのヒロイン役やりたかったと思うんですけど、でも、当夜がやりやすいようにわざとこの役を私にやらせてくれたんですよね……」
「えっと……うん、まあ、そんな感じ……」
「だから、幸せにしてあげてほしいなって」
「「その表現はおかしい!!」」
珍しく二人がハモッた瞬間だった。