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鏑矢

「い、いや、そんないきなり……」

「でも、小町さんがやるといって反対する人は誰もいないと思うよ?」


 小町は周りの様子を恐る恐る窺う。皆笑顔で頷いている。

 ……頼みの綱の咲哉の方を見てみると、何か企んでいそうな笑顔でこちらを見ていた。

 

「でも……」

「うちのクラスの顔といったら、やっぱり小町さんだと思うな……!それに、この物語にもよく映えると思うし!」

「顔っていうなら学級委員の成瀬さんこそそうなんじゃないの!?」


「いや、それはない」

「即否定された!?」

「私はただの雑用係みたいなものだから……」

「卑屈になりすぎでしょ!?」


「でもやっぱり小町さんこそこのヒロインの座にふさわしいのは間違いないことだと思うの……」

 そんなことを言いながら成瀬は同意を集めるためか周りを見回す。おおむね頷いているようで、小町には逆風だ。

 

 ふと、成瀬がある人に目を止める。

「あっ……」

「えっ?」

 そこには小町と同じく動揺気味の万智の姿があった。


「そ、その……私としては心苦しいのだけど……」

「別に当夜×万智を嫌っているわけじゃなくて!!そっちも全然アリだとは思うんだけど!!」

「えっ、う、うん、そうだね」


 突然早口で成瀬がまくし立て始める。その勢いにつられてか、万智も普通に頷いてしまった。

 

(そうだねじゃないんだよ!!というか何、この展開は!?)


 教室の戸が開く音がした。普通なら何気ない環境音でしかないはずなのに、今回だけは大勢がその様子を気にかける。

「「あっ……」」

 小町と万智もその姿を視認する。そして、教室後方の自分の席へと向かう当夜のもとへ行く。

 

 その様子を見て、そして異様な教室の雰囲気を感じて当夜はきょとんとする。まさかこの場で主役論議が始まっていたことなど思いもよらないことだ。

 

「「当夜」」

 小町と万智の声が重なった。

「どうするつもり??」


 当夜は突然そう言われて、目の前が真っ白になった。

 


「な、なるほど……」

 少し冷静さを取り戻した小町と万智が当夜に事情を説明する。

「でもそもそも、僕なんかがそんな大役を……」


 ややあって、小町と万智の後ろから成瀬がやってきた。

「でも、ここはやっぱり当夜くんしかいないと思うの!!」

「そんな、どうして僕なんかに……」


「それは……」

「ベストカップルを演出できるのはあなた達しかいないからよ!!」

 高々とそう宣言する成瀬に当夜はしばらく呆気にとられていた。

 

「ベ、ベストカップル……?」

「その、僕は監督とかはちょっと……」

「そうじゃなくて、当夜くんがベストカップルになるの」

「えっ……?」


 思考がショートした当夜に躊躇なく突きつけられる現実。

 

「……で、ベストカップルっていうのは?」

「もちろん、当夜くんと小町さんが今度の演劇の主役になることよ」

 ここで、小町達からさっき聞いたばかりの話とつながってしまう。


「……一応聞くけど、なんでそれがベストカップルなの?」

「自覚なし、やっぱり主人公適正がありそうね」

「いや、何の話!?」


「第一、僕はともかく……いや、やらないけど、やらないけど、小町の方は……」

 そう言う当夜の声の末尾が自信なさげに薄れていった。

「……ごめん、やっぱり小町はやりたがるよな、そういう奴だったよ」

 声のトーンを徐々に落としながら、小町の方を見る。

 

(……?)

 そして当夜は驚く。小町の様子はとてもやりたげとは見えなかった。

「小町……?」


 小町は戸惑っている表情をしていた。当夜はてっきり小町がこの話に便乗して、いつもように自分を困らせてくるものだと思っていたので、拍子抜けだった。

 

 小町は当夜の声に気が付くと、すぐに笑った。そして、

「それで、うちのクラスの主役の当夜くんはどうするの?」

 

 ……相変わらず表情を作るのがうまいな、と当夜は思った。

 それでも一瞬小町が見せて戸惑いの表情は見過ごせなくて、当夜は何と返答する困る。

 

「いきなり言われても、分からないよ」

 当夜は低い声で言う。それは小町の考えていることが分からないという意味でもあった。

 

「でもやっぱり、当夜くんもあれだけ感動していた脚本なわけだし、ぜひ前向きに考えてほしいかな~って」

 いつになく明るい成瀬が当夜を覗き込みながら言う。

 

「いや……その節は、ご迷惑をおかけしました……」

「ううん、私は特に困ったことはなかったのだけど……」

「そろそろ昼休みも終わるし、とりあえずこの話は後でね?」

「あ、ああ……」

 そうして成瀬は自分の席に戻っていった。

 

 

 放課後になる。ひょっとしたら成瀬が自分の所に声を掛けてくるのかもしれないと思ったが、そんなことはなかった。そこまで返答を焦らせるつもりはないのだろうか。

 

 午後の授業中、少しだけ引っかかっていたことがある。

 そういえば、なんで万智もあんな風に自分に「どうするの?」と尋ねてきたのだろうか。


 ……いや、確かに食い気味に聞きたくなるくらい衝撃的な話ではあったかもしれないが。

 それでも、万智はこの話に何か関係があるのだろうか?ないはずだ。それなら、あんなに熱心に自分の意思を聞いてくることに違和感を覚えずにはいられない。

 

 それ以上に、小町が見せた戸惑いの表情。あれは一体何だったのだろう。――普通なら本当にただの戸惑いだと考えるべきものだ。それなのに、なぜか引っかかってしまう。

 

 ふと、教室を出ようとしている小町の姿を見た。――特に自分には声を掛けてこなかった。最近登下校を共にする機会が、少しだけ減った気がする。それも相まって、なんだか小町が去っていく姿が切なく見えた。

 

「小町!」

 気がつけば小町のことを呼び止めていた。


「……当夜、どうしたの?」

「いや、気になってることがあってさ……」

「……私を気にかける前に……いや、なんでもない」


 少し気になる言葉が聞こえた気がする。

 廊下をわたる足音が、いつもより長く響いた気がした。

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