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監督

 その夜、いつもよりも自分の胸が動揺していた。

 もしかして、恋……!?……そんな冗談はさておくとしても、結構な衝撃をもたらす出来事だったことは疑いようもない。

 

 いきなり演劇の主役をやる、なんてことは絶対に私の立場からは思いつかない。それを提案されるということも、予想の範疇を超えている。

 しかもその相手は現学級委員の成瀬さんだ。

 

 驚きのあまり自分の体が異状を訴えるのも無理はなかった。

 何かを秘めるということが、心に感情を閉じ込めることでもあるということを改めて感じた。

 

 部屋のライトグリーンのカーテンに手を添えてみると、放課後の教室での出来事がついさっきのことのように浮かんでくる。もやもやがだんだん体の中を霞ませるようになって、それは急激に体を動かしたいという衝動に変わって、体を横たえた後にベットの上で半回転する。


「別に、本来こんなに気を張るべきことでもないはずなのにね……」

 ただ想定外のことをされた驚き、自分の中にあるのはそれだけだ。そう自分に言い聞かせる。

 

「まあ、こういうこともあるよね」

 逆方向にまた体を半回転する。心を落ち着けようとしてなんとなく手にとっていたスマホを見た。ニュースを確認しようとしたら嫌な見出しが真っ先に飛び込んできたのでやめた。

 

 こうやって安心を偽装してなお、いや、したからこそ、見えてくる。冷静な視点が矛先を事態の鎮静化から自分の客観視へと変える。そうすると、「どうして自分は答えを保留しようとしているのだろう」という疑問が浮き彫りになる。

 

「やるかやらないか、それが問題だ、ってね」

 使い古された名言にかこつけてみても問題は解決しなかった。当たり前だ。習わしが結論を出すわけじゃない。

 

 主役をやるという選択肢……三十秒間目を閉じてその字面を頭の中で浮かべた。でも、別にその浮かんだ文字列を分解したり分析したりはしない。本当にただ思考の海に浮かべただけだ。


 それだけで、答えは自分の中から返ってくる。

「やるべきじゃないな」と。


 それもそうだ。私の役回りというのは、言うなれば監督なのだ。それは私の立場からしてもう不動の地位になっている。だとしたら、私は主人公になり得ない。――いくら鋭い洞察ができたとしても、実際に行動してその成果を身に受けることができるのは主人公だけだ。

 

 

 一応の結論を自分の中で出してみる。頭はまだこの事柄に固執しようとしているが、頬を両手で叩いてその思考は振り切った。するとまた次の事案が頭に浮かんでくる。

 

 ――私、別に人と親交を結ぶことに長けてるわけじゃないのよね……

 憧れの的になることも、それが進行して疎んじられることにも慣れている。でも別に、それよりもっと閉じたコミュニケーションが特段うまいわけじゃない。……自分では、そう思っている。

 

 本当に私が心を開けるのは――間違いない。当夜だ。

 本当は地味で表舞台に立たないタイプの人間のはずなのに、変な所で勇気を発揮してくる。そんな当夜を見ていると、穏やかで気の置けない感じと、過激に私を変えてくれるという期待とが半分半分で湧いてくる。

 

 それでいて、彼は絶妙な距離感にいる。私が彼に一方的に施されているだけだったら、彼と一緒にいることに対して気が引けるのかもしれない。でも彼もまた完璧ではない。現に、万智さんのことは私に打ち明けてくれた。

 

 それは思い込みに過ぎないのかもしれないけれど――私も当夜に影響を及ぼすことができるかもしれない。そんな気持ちが、本当は脆いかもしれない糸を繋ぎ止めているのかもしれない。

 

 けれど、やっぱり自分はそんな大それた人間でもない気がしてきた。良いイメージが仮に自分にあったとして、それが何だというのだろう?それに何の価値があるのだろう?実際の私はこんなにも揺らいでいる存在なのに……

 

 ――とりあえず、もう既に決めたことだ。自分のやるべきことをしよう。

 

 

 

 なんとなくその日、小町は当夜と登校時間を合わせるのをやめた。

 

 それなのに、小町は昇降口で当夜とばったり出会う。

「おはよう、小町」

「あ、おはよう」


 何てことはないいつもの挨拶。それもそのはずだ。――心にわだかまりがあるのは私の方だけだからだ。

 

 一切頭を使わずに上靴に履き替えるいつもの動作をやる。小町は何も考えずに歩き出したが、当夜は自然にその横に付いていた。

 

 その様子に、小町も少し感じるものがあった。


「メイド喫茶、残念だったな」

「えっ?」

「でも、発想としては小町らしいなと思ったよ」

 

 ……なんだか当夜の口調が不自然なくらい親しみのあるように感じられる。――もしかしたら私の気のせいなのかもしれない。

「そう言ってくれる割には乗り気じゃなかったよね?」

「公序良俗に反するので個人の権利を棄却するに已むなかった」


「えっと……良く聞き取れなかったからもう一度最初から言ってみて?」

「冗談みたいなものだから繰り返させないでよ……」

「ふふっ、ごめんね」

 

「……まあ、小町にはなるべく自分のやりたいことをやってほしいと思ってるよ」

「あんたは私の父親か」

 軽く当夜の頭をチョップする。当夜もわざとらしく後頭部を落とし込んでみせる。

 

「折角良いこと言ったつもりなのに……」

「ははは、ごめんって、お詫びに私のメイド姿見せてあげるから?」

「……ひょっとして、本当にそんなコスチューム持ってるの?趣味なの?」

「否定から入らずに詳細を聞いてきた辺り脈有りと見た」


 当夜はあしらうように軽く一瞥した。

 

「そういえば、話は変わるけど万智さんとはうまくやってるの?」

「……出し抜けだね。というか、うまくやってるって何さ?」

「ABCとか?」

「……僕からは詳細は聞かないから、その先の台詞は心に堅く封印しておいてくれ」


「真面目な話、別に普通だよ。気まずい状態じゃなくなったっていうだけで、急に何か変わったわけじゃない。至って普通の付きあいだと思うよ」

「う~ん」

 小町は真剣そうに考え込む。

 

「……どうしたの?」

「普通にやれるのもそれはそれでいいことなんだけど、何かこう~刺激が足りないといいますか……」

「メイド服の着せ替えでもするつもりか?」


「そう、それだ!!」

「……冗談のつもりだったんだけど……?」

「まあまあ、同意の下でなら……」

「駄目だよ!!」


 当夜は万智が懐柔されないよう、しばらく見張っておくことにした。

 尤も、全く見たくないかと言われればそれは嘘になるのだが。

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