学級委員の裏側
「あ、いや、そういうことじゃなくて」
成瀬はいきなり凡庸な雰囲気に様変わりしてそう言う。
「え?」
「あの……そういう経験といいますのは……そういう方面の話というよりは……」
「というよりは?」
「……好きな人に思いを伝えられなかった的な……話なんだけど……」
予想外の方向から矢が飛んでくる。小町は左右に首を振りながらも思考停止している。
しばらく時間が経って。
「えっえええ!?」
「そ、そんなに驚かなくても……」
「ご、ごめん」
「でもどうして私にそんな話を?」
「それはもちろん……」
「小町さんにも重なることなのかなぁって……」
「えっ!?そ、そんな……」
「私、やっぱり小町さんを応援したいの。お節介って言われちゃうかもしれないけど、小町さんに幸せになってほしい!」
「成瀬さん……」
ドラマチックな宣言をされて、その雰囲気に陶酔する。――そのせいか当夜との関係を否定するのを忘れていた。
「それじゃあ、私応援するから!主役のこと、考えてみてね!」
そう言ってすぐ、成瀬は手を振って教室から立ち去ってしまった。
緑の葉が、開いた教室の窓から小町の後ろに吹き込んだ。小町はそっとその窓を閉めると、再び動きを止めて、しばらく呆然としていた。
「わ、私、何も変なこと言ってないよね……?大丈夫だよね……?」
早足で放課後の廊下を移動しながら、成瀬は回想する。
「というか、余計なことまで喋って……はあ、こういう親密な感じの話合いには昔から弱いんだよなぁ……私」
人前で話すことは案外楽にできる。もうすっかり慣れきっているからだ。後は……人に注意することもできる。――当夜くんにそれをやっちゃったのはちょっと間違いだったけれど。
でも顔を突き合わせる、それも名目が薄い会話が苦手だ。まして、こんな特殊な告白なんて、今までまともにできた試しがない。……というか、したことがあっただろうか?
「勢いであんなこと言っちゃったけど、小町さんの本当の気持ちが見通せてるわけでもないんだよね……」
――正直小町さんがどう考えているのか分からない。でも、小町さんにとって当夜くんが特別な存在であること、それは確かだと思う。明らかに当夜くんにしか取らない態度がある。
それなら、余計な口出しはしないのが本当は正解なのかもしれない。私も、会話の途中ではそうしようとしていたときもあった。でも最後には……私は過去の自分の後悔を思い出していて、口出しせずにはいられなかった。
理知的に見える。大人びているように見える。自分の意見をはっきり言えるように見える。――そんな外形は、必ずしもその人が腹を割って自分の気持ちを言えるということを意味しない。
むしろ、そんな人ほど本当に素直になるのは難しく感じる。
それなのに、小町さんは特別だ。当夜くんの前であんなに明るく振る舞って、それでいて落ち着いた普段のイメージは崩れていない。小町さんと当夜くんが仲良くするようになり始めてから、小町さんは依然より明るくなった。――完璧さのあまり纏っていた近づきにくさが段々と消えていった。周りのイメージも今までとは大きく違うのをつくづく感じる。
それでも、完璧なイメージの小町さんは消えない。良いイメージだけ残った。適度な節度と明るさが調和している。
それでも当夜くんの前ではあんなに明るく振る舞っている。
――きっとそれは皆が思っているより難しいことのはずだ。小町さんは、あれだけ素晴らしい才気を持っていながら、人を引きつける明るさを見せている。
でも、当夜くん相手に見せるそれと、他の人相手に見せるそれとでは、全然趣が違う。
そんな態度の違いを見て思うのだ。強い彼女が打ち破れないもの、多分ほぼ唯一のもの。それは、恋心なのではないかと。
自分でもびっくりするくらいに小町さんには惹かれてしまう。私なんかがおこがましい……という気持ちもあるけれど、それ以上にどこか自分と重なる部分を見出してしまう。手の届く憧れ、そんな感じの存在になっている。
当夜くんも心に抱えているものがあるのだと思う。彼は面白い人だけど、時々その態度が薄情に思えてしまう。小町さんと親しげなのは分かるけれど、小町さんが異性として当夜くんをからかっているときには、当夜くんは一歩引いているように見える。――やっぱりそのときでも態度の外形はいやなものではなく、仲は良さそうに見えるけれど。
二人は素直になれないのだ。
私は、かつて見つけられなかったパズルのピースを今発見したような気持ちだ。三年越しの完成を、今間近で見たいと思っている。
かくも純粋なものはいつも美しく、生まれたままの心さえも惹きつける。咀嚼しなくてもその魅力があふれる。自分の言葉を加えるとそれがスパイスになってさらに上質になる。
――そう、それが私が小町×当夜を推す理由だ。
両手を自分の上気した頬に当てながら、学級委員は一人帰路に就いた。
「あれ、美岬じゃん?」
成瀬の友達が話かける。
ショートヘアーが良く似合うテニス部の女子だ。
「へっ、あら、ごきげんよう」
いきなりピンと背筋を伸ばして応答。
「ご、ごきげんよう……?」
(わ、私の今の間抜け面友達に見られた~!?)
「あ、いやいやなんでもない、部活かなんか?」
中学の頃からの友人なのでお嬢様系学級委員の新キャラでごり押すわけにもいかない。……というか、そんな手段は別に今年知り合った人相手でも通用しない。
「そうだけど……美岬って真面目路線からお嬢様路線に変更したの?」
「いや、もう忘れて……」
「美岬ってたまに迷走するよな、まあ、私はどんな美岬でも受け止めるから……」
……キュン。――じゃなくて、それは尾ヒレつけすぎだろ。
「もう、からかわないでよ」
「ごめんごめん、じゃあ、私部活戻るから」
「頑張ってね」
「ほいほーい」
妄想もほどほどにしておこうとは思った。