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カップリング厨

「私も……?」

「い、いや、なんでもない、うん、その、ありがと……」

「別に感謝されるようなことでは……」


「私、ずっと素直になれなくて……今まで伝えられなかったんです」

 妙に思わせぶりな喋り方をするなあ。――勘違いしちゃったじゃない。

「う、うん」


 小町が戸惑っていると、成瀬の目がキラキラと輝き出す。そして、急に饒舌になり始めた。


「小町さんってすごい素敵な人なんだけど、その分やっぱり自分のブランドみたいなものがあるから中々それを損ねられないんだよね……当夜くんもよく見ればかっこいい人だと思うし……色々難しい所はあるけど私としてはベストカップリングだと思ってるから!!」


「ベ、ベストカップリング……?」

「あっ、いやただ単にお似合いだという意味なんだけど」

「そ、そう……」

 ……ここまで追い込まれたのはいつ以来だろう。正確には押し込まれているか丸め込まれている。


「やっぱり、大変だよね?そういう遠回りなアプローチじゃ?」

 ……アプローチも何も、別にそういうつもりではないのだが、多分。

「いや、別にそういうわけじゃ……」

「気にしなくていいよ!!誰にも言ったりしないから!!」


「いや、だから本当に……」

 フレンドリーな体裁を保とうと意識しようとしてきたが、流石にここは同意できない。

「うん、無理に教えてというつもりはないんだけど……」


 これで一安心……でもなさそうだ。成瀬の目は依然としてギラギラと輝きながら自分の方へと向けられている。――真面目そうな外面の裏に、こんな本性を隠していたなんて……というか、やっぱりカップリングってなんなんだろうか。意味ならなんとなく分かるが、そこにあるニュアンスが気になる。


「それで本題なんだけど……」

「えっ!?まだ何かあるの!?」

 思わず口に出す程度には動揺している。


「うん、実は……」

 そう発した後に、その流れるような話を勢いを一旦落ち着かせて成瀬は深呼吸をした。小町の方も落ち着いてみて、やっぱり顔が近いと感じる。


「今度の劇のことなんだけど……」

 そう言われた瞬間、胸が波打つように震えた。

 ……まさか、と思う。客観的には小さな秘密なのかもしれないけれど、今の私にとってそれは大きなことだ。


「私、主演は当夜くんと小町さんがいいと思うの!!」

「へっ!?」

 それは私の立場からは到底想定できない提案だった。


「い、いや、そんな突然言われても……」

「でもでも、恋愛劇ということですし!!実は少しだけ台本を読ませてもらったんだけど……小町さんにピッタリの役だと思うな!!」

「私に……ピッタリ……?」


 そう言われて自分と劇の台本との間にむしろポッカリと穴が気がした。

 ――私もあの劇の内容は知っている。……それは当たり前のことだが。


 でも、まさか自分にピッタリだと言われるとは思わなかった。そう言われることで、却って自分とあの作品との距離が分からなくなる。


「それって、どういうこと?」

 多分今私はいつになく真剣な表情をしていると思う。霊的な現象を解明しようとしているかのようだ。


「うーん、私なんかの語彙力じゃ言い尽くせないんだけど、とっても上品な所とか、でもそれが仇になっちゃうような所とか……詳しくは実際に台本を読んでみてほしいかな」


 台本――そんなもの、読まずとも分かる。

 正直、指摘されるまで気が付かなかった。不思議なことだ。そんなの、冷静に考えてみれば分かる。小学生レベルのアナロジーでしかない。


「そ、そうなんだ……」

「それで、良かったら私から主役を推薦したいと思うんだけど……もちろん、迷惑だったらやめるよ?やっぱり二人のことは二人で決めた方が良いと思うし」


 前提として自分と当夜の二人をセットで扱ってくる成瀬の言葉に引っかかったが、とりあえずなんとかやり過ごすしかない。


「うん、でも、ちょっと考えさせてもらえないかな?」

「もちろん、でも、もしかしたらそんなに時間は取れないかもだから……いつ決定するかは私と咲哉くんで決めると思うけど、多分数日以内には……」


「そ、それにしてもどうしてそんなに私のことを?」 

 やけに近い相手の距離が気になって気まずいので、とりあえず冷静になれそうな話題でやり過ごすことにする。……尤も、また「ステキ」みたいな曖昧な返事をされるのなら意味はなさそうだが。


「私も小町さんみたいになりたいなって思うから……」

「そんな……」

 私なんて……そんな言葉を無意識に自分の心の中で繋げてしまう。


「だけどさ、いつも完璧な小町さんに、私が少しでもできることがあるなら、なるべく協力してあげたいと思うんだよね……」

「買い被りすぎだよ」

「迷惑かな……?」

「そういうわけではないけど……」


 実際、突然ヒロインにならないかと言われて、自分が困っているのか喜んでいるのかさえ小町には分からなかった。残ったのは、ただ何らかの核心をつかれたような感覚だけ。

 普段真面目でキリッとした顔立ちの成瀬がこの瞬間に浮かべている笑顔は、無垢で眩しい。そのことが余計に自分の心を突き刺す。


「ねえねえ、当夜くんと万智さんの関係のこと、小町さんはどう思ってるの?」

「えっ?」

「やっぱり、ライバルっぽいじゃない?」

「ラ、ライバル?」


「そうそう、でもただの幼馴染といわれればそんな感じもするし……どうなのかなあって」

「……分からないよ」

「そっか……ごめんね、なんだか変なこと聞いちゃって」

「大丈夫だよ」


「……やっぱり、ごめんなさい、私は主役にはふさわしくないと思う」

「ど、どうして!?私は小町さんならぴったりだと思うし、当夜くんと仲を縮めるチャンスだと思うよ?」

「私と当夜は、別に付き合ってるわけでもないし……」

「それなら余計に……」


 そう言い出してすぐ、成瀬は首を横に振った。--多分私の煮えきらない表情を汲んでくれたのだろう。成瀬の態度は一貫しているが、だからといってしつこくも感じられなかった。今みたいに、引くべき所では引いてくれているような気がする。


「ごめんね、余計なお節介が過ぎたよね」

「い、いや、そう言いたいわけじゃないんだけど……」


 ーー 違う。違う。私は下手だ。いつだってそうだ。いつも当夜にしているみたいに、受け流すことだってできるはずなのに。


 ーー「劇じゃ当夜の本当の気は引けないからなぁ……」なんておどけて見せればいいんだ。


 彼女は悪くない。私はいつだってそう。他の人に期待ばかり抱かせるような振る舞いをしている。でも実際それに中身はこもっていない。


 たった今分かった。……安心できる場所を求めて、縋っているのだと思う。それが私と当夜の本当の関係だ。


 当夜になら本当の自分をさらけ出しても問題ないから……そうやって安らぎを求めているんだ。


 ……でも、本当にそれでいいのだろうか?

 今まではそれで良かった。それは確かだ。


 ……でも、今の私は違う。当夜に「応援する」なんてことをほざいておきながら、その一方で今までの未熟な自分を捨てきれないでいる。


 当夜の前だけなのだ。私が本当に垢抜けた姿でいられるのは。

 私が当夜に見せているのは、当夜がかつて望んだように茶目っ気のある私なのかもしれない。


 しかし、その姿は同時に私の一番大人な姿でもあるのだ。

 おどけているように見えるからといって、それが空っぽの頭の中から展開されているものとは限らない。


「ねぇ、私って、本当にそんな風な憧れの存在に見える?」

 小町は真剣な眼差しを成瀬に向けながらそう言った。


 その美貌のうち、その優雅な所作のうちからそんな言葉が出てくるのは客観的には嫌味でさえあった。けれども、そんな嫌味は小町の真剣な表情の前に相殺される。


「うん、小町さんはみんなの憧れの存在。もちろん、それを態度に出さない人はいっぱいいるんだと思うけど……多分、当夜くんにとってもそれは同じ、だと思うんだけどな……」


「ううん、なんでもない、でもきっと、小町さんも多分自分で思うことがあるんだよね……?人から見られることがプレッシャー、なんて段階はもうとっくに通り越しているのかもしれないけれど、外から見える以上の何かを、多分抱えているんだよね……」


 成瀬の言葉には「浸透力」があった。考えをただ叩きつけたり押し付けたりするのではない。それなのに、彼女の言葉は私の深い所にまで入り込んでくる。


「そう見える……?」

「ごめん、これも私のただの妄想。ほら、魅力的な人物にも内なる悩みがある、っていうのは、良い物語の定番じゃない?」


「……本音は?」

「私も、同じような経験があるから……かな」

「まあ、他人からの期待と自分が違うって、よくある話だもんね……」


 しみじみと俯き加減で二人は語る。人が放課後の教室に似つかわしい雰囲気だった。

 日中は暑かった空気がだんだんと冷えていく。まだ暖めは必要ないくらいなのに、無性に体はそれを欲した。


 この人となら分かり合えるかもしれない……そんな期待と心を暖めたいという渇望を抱きながら小町は顔を上げる。そして成瀬を見る。


 成瀬の目はテンになっていた。

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