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あやしげな呼び出し

 取り戻された平穏をよそに、当夜はふと思った。

「そういや、結局演劇で何をやるのか聞かなかったんだが……」

「まあ、何でもいいや」

「おい、露骨に興味を失うなよ」


 ふてくされながら小町がそっぽを向く。

「演劇の中身が一番大事だろ、というかこれからの議論の進展次第では何でもできるわけで、なんならメイドが出てくる演劇だって……」


「やっぱり男の子ってそういうのが好きなんだ?」

「僕の話はしてないぞ」

「男の子の話しかしてないよ?」


「うーん、そうか、そうか」

 別に小町の話題振りに助け舟を出そうとしたわけではないのだが。


 そんな話を教室の後ろの方でしていると、前の方の席に座っている月見野から声が上がる。

 

「それで、咲哉の台本っていうのはどういうのなの?」

「そうだな……」


 ……というか内容も公表せぬまま投票をするっておかしくないか、という気がしたが、おそらくそういう疑問を封じてしまうくらいにはメイド喫茶という字面は強烈だったのだろう。

 

「有り体に言うと恋愛劇だが」


 ここで当夜はいつものごとく立ち上がってクラスの注目を一身に受ける……というわけではなかった。流石にそろそろ学習している。悪目立ちは良くない。――ただ、驚いたことは事実だ。

 

「……咲哉がそんなものを書くなんて、ものすごく意外なんだが、そしてそれを自信満々にクラスでプレゼンするのはもっと意外なんだけど」

 月見野が当夜の疑問を完全に代弁してくれた。

 

 当夜の咲哉に対するイメージというのは、どちらかというとスポーツ系の爽やか青年という感じだった。恋愛劇という柔和なイメージとは少しずれている。

 

「まあ、ものは試しだからさ、思いついたことは何でもやってみたいと思ってな」

 確かにそういうメンタリティーは咲哉らしいと言えなくもないが。

 

「それじゃ、台本は後から配布――って、まだ別に俺の台本でやると決めた訳じゃなかったよな、意見を募ろう」

 

 咲哉は控えてそう言ったが、ここは咲哉の人望が光る。クラスメイトは皆一様に、「面白そうじゃん!」「やろうぜ!」という声で沸き立った。

 

「だそうよ?」

 成瀬は咲哉に向かってそう言った。まるでクラスの意思を統べるがごとく。

 

「そうか、みんなありがとうな」

 そして拍手が沸き起こる。

 

「……流石に咲哉のシナリオにメイドが登場することってないだろうな」

 心からの拍手を贈りながらも、一点の曇りが浮かんだ当夜がそう呟いた。

「さて、どうでしょうね?」

 小町が意味深に反応する。

 

「……まあ、無いとは言えないのかな、無いとは」


 こうして咲哉主導の新プロジェクトが幕を開いた。

 

 ――

 

 こうも都合良く二人だけの空間ができてしまった。

 教室というのは人の集う空間だ、普段は人で満たされている。それは当たり前のこと。


 でもこうして二人だけの空間になったとき、教室というものの映り方はまるで変わってしまう。

 

 それは教室という言葉に含有される強大なニュアンスをもって、そこにいる二人を密接に綴じ込む。

 その場で育まれてきた日常が大きなニュアンスとなって、それがたった二人に降り注ぐ、そんな場になるのだ――

 

「小町さん?」

「あっ、ごめん」

「どうかしたの?」


 ――目の前にいるのは成瀬さん、現学級委員である。無責任にも学級委員をやめた(尤もそれは公共の福祉のため、みたいなものだが)私の後を継いだ、責任感のある人だ。

 

 今は放課後。私は帰りのホームルームが終わった直後、成瀬さんに声を掛けられ、教室に残るように言われた。

 ……というと、なんだか説教でも喰らいそうな響きだが、別にそんな雰囲気ではなく、至って成瀬さんはフレンドリーな接し方だった。

 

 本人も「大した話じゃない、個人的な用事」と言っていたし、そんなに不安に思う必要はないのだと思う。

 ――だけど今私はある秘密を抱えている。もしかしたらそれを暴かれた、という可能性はゼロじゃない。

 

 いや、その秘密が露呈した所で別に何になるというわけでもない。まあ、少しくらいはクラスで気まずくなるのかもしれないが。

 でも隠し通せるなら隠しておきたいし、そもそもそのつもりで始めたことだった。

 

 まあでも、そんな心配をしていてもしょうがない、ここはフレンドリーに接したい。


「ああ、ちょっとゲーテみたいな思索をしてて」

「ゲーテ?詩作?……」


 おっと、これは当夜と冗談めかして話す時のテンションだった。というか、これ普通に引かれちゃうのかな……私もクラスメイトの前では極力まともに振る舞おうと努力しているんだけど……というか元々まともだったはずだけどなあ。誰かさんのせいだよ。

 

 「変わってるね……ドン引きだわやっぱり話はなしで」くらい言われることを覚悟しながら、もったいぶって間を取る成瀬の表情を小町は伺った。

 

「小町さんって……」


 ――ほら、私には分かる。だって優秀だもの。

 

「すごいステキなのね!!」

「えっ……?」

 思わず素の声を出してしまう。なんならこっちが引いてる。

 

「その……今まであんまり話す機会がなくて……素敵な人だなとはずっと思っていたんだけど……」

 もじもじとしながら成瀬が言う。結構かわいらしいのと、自分のことを言われているのでなんだか不思議な感覚になる。

 

 二人きりのこの教室の雰囲気も相まって、小町は少しドキドキした。

「う、うん」

 でもなんと答えれば良いか分からない。

 

「私、ずっと言い出せなかったことがあるの」

 小町が対応に悩んでいる間に、成瀬が真っ直ぐと小町の瞳を見つめた。――本当に素直で、純粋な目だ。吸い込まれそうになる。

 

 体が近い。人からこんなに迫られた経験など、そうそうなかった。

 相手は、普段の姿からは考えられない積極性。

 これは――――

 

 もう身を任せるしかなかった。

 

 蛍光灯の電気は消されていて、教室には外からの自然光が射し込んでいる。十分明るいけれど、子細を照らしすぎないその光は、そこに佇む少女の輪郭を印象的に切り取る。

 

 わずかに開いていた窓から風が吹き込んで、小町のすぐ後ろでカーテンがはためいた。

 まるで全てがやがて訪れる決定的瞬間のお膳立てをしているようで、だが心の準備だけはまだ整っていなかった。

 

「成瀬さん……」

 小町も相手をじっと見つめる。瞳の中が見えると、自分がどんどん深みへと落ちていく気がした。

 

「私、――」

 成瀬がそう言った次の瞬間のまばたきは、まばたきとは到底言えないほどに長く、覚悟を隔てている壁のようだった。

 

「私、小町さんと当夜くんのことずっと応援してたの!!」

「私も……」


「えっ?」

 小町はその後しばらく石のように不動だった。

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