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極めて重大な投票

「ひっど~い、当夜だって私と万智さんがいないと寂しい寂しい夜を送ることになるくせに」


「……そもそも友達と一夜を過ごすことはそう多くはないと思うけど」


「意味深だが?」

「マイナス一ポイントだな」

「こ、小町さん!!」


「そういえば、二人っていまだにさん付けで呼び合ってるんだな」

 ……とりあえず間に合わせの話題で妙な空気から脱することにする。

 

「う、うん」

 万智がなんだか申し訳無さそうに答える。

 

「それって何か理由があるの?万智はともかく、小町はそんな呼び方するタイプじゃないと思うんだけど?」


 間に合わせの話題とはいえ純粋に気になっていたので当夜はこの機会に疑問を解消することにした。

 

「うーん」

 珍しく小町は真剣に悩んだような表情をする。

 

「いやー、なんかそういう風に呼ばないとしっくりこないんだよね~万智さんに限らず」

 

 ……そう言われれば小町が人の名前を呼び捨てにするのをあまり耳にしたことがないような……って。


「僕は?」


 短い質問だったが、それは鋭く空気を刺したようだった。

 

「え、えっと、それはなんというか……特別……という、じゃなくて、なんとなくそんな感じに……」

 

 小町は珍しくあたふたとしながら煮え切らない返事をする。

 

「ところで、ま、万智さんの方は?」

「私は単に小町さんに釣られて……」


 まあそれなりに親しくとも名前は敬称で呼びたくなる気持ちはなんとなくは分かる。

 

 ――僕自身、普段そうやって呼ぶことをとりわけ難しいことだと感じているわけではないが、でも初めて呼び捨てにする時にはちょっとした冒険のような感覚がある。

 

 案外小町にもそんな一面があったということだろうか。

 ……いや、僕は?まあ、気にしないことにしよう。

 

「なるほどね、じゃあもうそろそろ固い呼び方はやめたら良いんじゃないか?」

「うん、確かにそうかも……」

 小町は割と真剣に当夜の話を聞き入れているようだった。


「でも、どんな感じで呼んだら良いのかな?」

 今度は万智がそう尋ねてくる。

 

「いや、そういわれても……呼び捨てとかちゃん付けとか愛称とかで良いんじゃないの?」

「それじゃあ実演お願いします、はい、万智さんに向かってアクション!!」

 カチンコを鳴らすがごとく小町が勢いに乗る。

 

「え、えっとそれじゃあ……万智ちゃん……?」

「う、うん」

「って、これ僕がやる意味ないだろ!!自分でデモンストレーションしろ!!」

「はい、いただきました」


「何を差し上げたんだよ……」

 いつも通りからかわれながら、当夜は少しだけ小町の様子が気になった。

 

「うーん、でもちょーっとイメージと違うんだよね~、なんていうか、その~もっと人と人とが繋がるドキドキみたいな?」

 

「曖昧な指示を出す暇があるなら、今度は当事者がやってくださいよ」

 至極真っ当な指摘を当夜がした後、小町は左斜め後ろにいる万智に恐る恐る体を向ける。

 

「ま、万智……ちゃん?」

「小町ちゃん……」

 じっと二人は見つめ合う。通い合う熱い心は二人の間でだけ時を歪め、ゆったりと流れ続けた。

 

「……友達ってそういう距離感だっけ?」


 ハッとしたように小町が万智から目を離した。

「……やっぱり違うかな?」

「違うと思う、それは友達というよりどちらかというと……やっぱやめた」

「……」

 おかしいな。いつもならば追及が飛んでくるはずなのだが。

 

 すると、突然、小町は両手で自分の顔を覆った。

「ダメ!私にはどうしてもできない!!」

「どうしたんだよ……」

「わ、私は別に嫌じゃないよ……?」


「うん、それでもなんか……」

 ……意外に不器用なのかもしれない、と当夜は改めて思った。

 

「ごめんなさい、万智さん、しばらくはこう呼ばせてください」

 小町は深々と頭を下げながらそう言った。……かくも真摯にそんなお願いをする人は中々いないだろうに。

 

「当夜、学園祭に話を戻すよ」

「やっぱり僕は呼び捨てなんだな」

「……べ、別に他意はないから」

 小町は少しだけ動揺していた。

 

 

 教室の前の方の動向を伺う。意見が出尽くした教室の中は意外と静かで、多くの生徒はメイド喫茶という強烈な案を突きつけられて面食らっているようだった。

 

 前の方にいる生徒と当夜とその女だけが話をしてしたようだ。


「そういえば、演劇っていっても具体的には何をするんだ?メイド喫茶なら明確だけど」

 そう言った前の方の生徒の口ぶりには賛成派のかほりを感じたが、それはともかくとして正論であるように当夜は感じた。

 

 それもそうだ。演劇といってもジャンルが広すぎて、具体的なイメージが湧いてこない。それも古典的典型的な作品をやるのか、あるいはギャグテイストな感じで新しく脚本を作るか、概ね高校の文化祭でやる演劇といったらそのくらいのパターンだと思うが、それすら聞いていない。

 

「ああ、良い忘れてたけど、皆が良ければ俺が脚本書こうかなって」

 咲哉はそう告白した。

「ええ?」

 前の方の生徒の声と当夜の声が重なっている。

 

「いやぁー、あんまり人には言わないんだけど、昔からこういう脚本書いてみるのに興味があってさぁ」

「でもそんな機会って中々無いじゃん?だから折角だし」


「……そんな……」

 図らずもショックで落ち込んでいるようなリアクションを当夜はしてしまった。別に落ち込んではないのだが、その意外性に驚きを隠せないというのは事実だ。

 

 別にその声は一番前の席のさらに先にいる咲哉に届くわけではないが。

 

「というか、その脚本はもう書いてるんだけどね」

「早っ!?てかやる気がすげぇ!!」

「まあ、昔からこういうのはちょいちょいやってたから」


「ええっ!?」

 こちらのリアクションは紛れもなく当夜が独占したものだ。

 ただ、今回の場合は、教室でいきなり立ち上がったりしてもそれほど悪目立ちはしない。注意はほとんど咲哉に向いている。

 



「それじゃ、意見も集まったみたいなので投票をしたいと思います」

「賛成の案に手を上げてください」

 教室が静まったとき、成瀬がそう執り成した。

 

「まずは…………メイド喫茶」

 やや不自然な間がそこにあったのを当夜は見落とさなかった。


 ちらほらと手が挙がる。数人の自信満々な生徒と、その他の恐る恐る手を挙げている生徒に分かれる。

 もちろん小町は前者である。

 

 だが、この数なら……

 

「……それじゃあ、演劇」

 当夜もここで手を挙げた。……やはりこちらが多数派のようである。

 

 挙手が出揃って大勢が決した直後、小町はがっくりとうなだれる。

「うわぁああああん、女子高生のメイド姿がぁあああ……」

「どうやらこのクラスには良識があったようで何よりだよ」


「自分の気持ちを偽ってまで安定を求めるの、寂しくない?」

「なんか尤もらしく諭してるけど、それ自分の変態願望を押し付けてるだけだよね?」

「いやぁ……皆内心はそう思っていると思うんだけどなぁ……」


「なあ、同志よ?」

 そう言って小町が振り向いた先にいたのは万智だった。

「えっと、まあ、興味はある……かな」


「ええ……」

「というか、まさか万智もメイド喫茶に挙げたのか?」

「まあ……客観的にはそういうことになる……かな?」


「別に客観も主観もないと思うけどね」

 

 一応形式的に成瀬が得票数を数え終えたようで、

「はい、それじゃあ今回うちのクラスの出し物は演劇ということにします」

 

 一応無事に決まって、クラスは健全な賑わいを取り戻した。

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