匙は投げられた
それはどこにでもある、高校生の日常の一幕である。
時間割は最後の時限に突入する。チャイムが鳴っても休み時間の喧騒はいつもにまして止むことがなかった。
それもそのはずだ。今の時間はロングホームルームの時間。別に真面目くさった授業が始まるわけでもないし、それに、今日のホームルームは少しばかり事情も特別だ。
今日は学園祭の出し物の話合いである。
「ねえねえ当夜、学園祭の定番って何だと思う?」
今日も当夜の隣の席に美しく佇んでいる小町が尋ねる。
「……さあ、あまり興味がないけど、まあ簡単に作れるものを高校生プレミアをつけて高額で販売するのがクラス出店の相場なんじゃないの?」
「そう!!ほんとそれ!!正直私、ああいうのにうんざりしてて……あれの何が青春だっていうの?」
今日も今日とて小町から衝撃の一言でも飛び出すかと思えば、そう口を挟んできたのは万智だった。
――万智って意外と女子高校生的感覚を持ってないんだな……と当夜は思ったが、自分も同じく冷めた考えである以上他人に対してそんな驚きの感情を抱くのはやや不自然である。
「高校生プレミア……良い言葉だね、その話だと私はメイド喫茶が定番だと思うんだけど……」
「……どの話?」
「高校生プレミア?」
「その心は?」
「ほら、女子高生がメイドの格好してたら――」
すぐさま当夜は目を瞑り手を伸ばして小町を制する。
「その話題は危ない、危ないからやめよう」
「まあそれはそれとして、でもやっぱり女子高生がメイドの格好をするのは――」
「……あの、話何か変わったんですか?」
「お金儲けの話は控えるようにしたわ」
満面の笑みで小町はそう言ってのける。
「……そうですか、はいはい」
当夜はもう諦めた。こういうのはいつものだ。
(当夜、やっぱり結構小町さんとの会話に乗り気だなぁ……)
万智は思う。あの表情は内心楽しんでいる顔な気がする。そして、なんとなくこの状況で口を挟みづらい気がする。楽しげな二人の邪魔をしてしまうようだ。
「というか、メイド喫茶が定番なのは創作の世界線だけだと思うんだが、実際にメイド喫茶がある学園祭を見たことがあるのか……?」
「ないけど、これから私達が作っていこうよ!!」
「まず一点、そんな学園祭を一から作り上げていくような壮大な話にしたてるな、続いて二点、僕と万智をその話に巻き込むな」
……この話をすぐ側で聞いている万智は、自分の名前がいきなり出てきて驚きながらも嬉しく感じる。蚊帳の外だと思っていたけど、心の奥底ではつながっている――いや、これも壮大な話に仕立てすぎか。
「第一、このクラスでそんな提案をしてみろ、顰蹙を買いまくりだと思うぞ」
「どうして?」
小町が「どうして?」なんて聞く時は小町自身も大体分かっている。大体分かっていてなお、その内容を掘り下げることで当夜を辱める意図を持っていることがきゅーじゅーきゅー%。
「いや、そりゃ女子達がどう思うか考えてみろって」
そんな小町の顔の裏は当夜もそろそろ分かってきたわけだが、別に掘り下げられたまずいようなことを思い浮かべているわけではない。……話題が話題なだけちょっと嫌な気はするが。
「なあ万智、いきなりメイド喫茶やりましょーなんて言われて賛成できるか?」
万智は、いきなり自分に話が振られて少し驚く。
「まあ、すぐには頷けないかなぁ……と」
「でもそれって男子に言われたケースの話じゃない?」
……小町の話は意外と正論かもしれない。当夜は変に納得してしまう。
「それでも流石に……」
「女子から提案したなら、別に下心狙いだとは思われないわけで、意外と皆のってくれるかもよ?」
「う、ううん?」
「純粋な気持ちでメイド服をプロデュースしようと」
「思ったんだけど、男子が言い出すより女子が言う方がやばくないか?」
「当夜はそういう考え方なんだね」
「一歩距離を置こうとするな、自分の考えのおかしさに目を向けろ!」
「というか、当夜は見たくないの?」
「ノーコメントで」
……下手に口を出すと墓穴を掘るのだということは今までの経験から分かりきっている。
「そもそも、それを言い出したら自分だって着ることになるわけだけど?」
「私はばっちこいだよ?どう?やっぱり見たくなった?」
「いや、そうじゃなくて、小町がメイド服姿だと周りの人間がだな……」
「いつもの当夜みたいに私に熱い視線を向けてくるの?」
「向けてねえ!!というか女子の話だぞ!!」
……そういえばメイド喫茶を女子限定の話と仮定してことを進めているが――まあ、そっちの方は想像するに値しないだろう。
「それになんの問題が?」
小町は真顔である。
「いや、だから……小町が着てたら周りが着づらくなるだろ……」
「どうして?」
「もうその手には乗らないぞ!だいたい僕の言おうとしていることは分かってるだろ!!ただでさえ容姿の優れた小町がメイド服姿になったら周りの女子も気が引けるだろうと言ってるんだ!!」
……「その手には乗らない」と言いながら、ものの見事に正直に当夜は言ってのけた。
発してみて、意外に声が大きい。というか当夜は席から突然立ち上がってその台詞を発したため、いっそう周りの注目を集める。
「あの人何言ってるんだろう」と思われているのが容易に想像できる。またやられた、と思いながら意気消沈といった様子で当夜は自分の席についた。
押上先生が教室に入ってくる。当夜が席についたのと同時のタイミングだった。かろうじて生徒達の注意はいつも通り奇行(?)を続ける当夜から逸れた。
「それじゃあ、今日は予告通り学園祭の話し合いをするので、学級委員さんよろしくお願いします」
そう言われて、学級委員が立ち上がる。……そう言えば一瞬だけ自分が学級委員だった時代もあったなあ、などと早くも懐かしみながら、立ち上がる現学級委員、成瀬美岬。そして……そして?
「それじゃあ、学園祭の出し物の話し合いをしたいと思いまーす」
……そう発したのは和光咲哉だった。