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見慣れた新しい道から

 太陽光に照らされるみなもに少しひんやりとした風が吹いた。

 まだまだ暑い季節は過ぎ去ってはいないが、こうして心地よい空気を味わう余裕くらいは時々生まれていた。

 

「ここ、やっぱり気持ち良いよね」

「十分満足した?」

 そう発した当夜は万智に無言で叩かれる。

 

 真っ昼間にこんなことができるのは、休日の特権だと思う。夕日のかかった空を見つめるのもまた一興ではあるが、日常の癒やしに毎回毎回哀愁が付加される必要もない。

 

 それに、今はこんな空気が似合う気がした。

 

「そういえば昔、この川で遊んだことあるよね」

「そんなことあったっけ?」

 雰囲気をぶち壊すようで申し訳ない、と思いながらも当夜は渋々口にする。

 

「正確には、もっと上流の方で」

「ああ、確かに」

 確かに当夜の家の近くにも同じ川が流れている。

 

「つながっているんだな~って」

 万智は上流の方の遠くを見つめながらそう言った。当夜もそれに続く。今日は見晴らしがとても良く、普段は中々見れない遥か遠くの山が、建物の陰から頭を出していた。

 

「まあ、そうだね」

 ありふれているけれど見慣れない景色に思いを馳せながらも、どこか冷めた響きでそう返す。それは端的な事実の確認でしかないからだ。

 

「……あの頃から」


 当夜はその時、自分の中で何かのスイッチが入ったような感触を覚えた。その繋がりは、単に物理的なものではない。時の重なりなのだということを意識した途端、万智の言葉は昔の記憶と今とをつなげるトリガーになった。

 

 当夜は少し黙った。風流心というか情緒を弁えない自分の発言を恥じたのもあったし、余計な言葉を添えることが興ざめな気がした。

 

「……やっぱり、まだちょっと信じられないかも」

「そう?」

 万智の言葉はまたしても曖昧だったが、今度はなんとなく分かった。

 

「こんなに成長した当夜に会うことになるとはさ、しかも特別何かセッティングをしたわけでもなく、それに学校っていう長い時間を共有する場所で」

「なんだか保護者みたいな口ぶりだね」

 当夜は少しだけ口をすぼめる。

 

「じゃあ、こんなに成長した男前の当夜に出会えてドキドキする」

「対等であってほしいとは思ったけど別にそういう要素を導入してほしいとは言ってないよ?」


「ふふっ」

 万智は軽く笑った。声は控えていたものの、その顔はとても弛緩していた。

 

「それじゃあ、今度はどこか行こうか?」

「と言われても、こういう二人での過ごし方っていうのは分からないからさ」

 ――分からない、うん、これは多分嘘じゃない。ちょっとあたかもデートのような

不思議な体験を積んだこともあったが、あれは外れ値のようなものだ。

 

「別にデートじゃないんだからさ」

「そう言われると……」

「そう言われると……?」


 多分、「そう言われても」が正解だったんだろうなあと当夜は思う。日本語というのは難しい。でも後から繕うのも難しい。

 

「それじゃ、デートっていうことにしておく?」

 言葉を探しかねてしばらく黙った当夜に万智はそう聞いた。当夜は万智の姿に小町の面影を見出した。

 

「ご自由にどう……いや、お断りします」

「うわーん、当夜に振られた」

 「うわーん」が悲しいというよりむしろ楽しそうな所が役者失格だ。……いや、別に合格する必要はないが。

 

「なあ、いつから僕は女子に振り回されるポジションになったんだ?」

 思わず当夜は純粋な疑問を発する。その因果を問うことには何の意味もないのだけれど、不満を表明するような形で。――不満?少し引っかかるが、まあいい。

 

「うーん、当夜の方が振り回してるんじゃないかな~?」

 万智は意地悪そうな表情で当夜を全身なめながらそう言った。

 

「はっ!?」

 当夜は本気ではっとさせられる。一瞬そんな素の反応を見せてしまったが、すぐに恥ずかしくなってその感情を取り下げた。

「いや、それはないっっ」

 歯切れ良く、かえってわざとらしく否定した。

 

「それって、やっぱり心当たりが?」

「心当たりも何も、僕はとある完璧美少女の変人に振り回されているだけだ、遊ばれてるよ」

「ふーん、まあ、やっぱりかわいいもんね……」


 当夜は言った後で気が付く。前にもこんなことがあった気がする。いくら客観的事実であったとしても、うっかり「美少女」とか口にすると個人的な思い入れでもあるかのように聞こえてしまうのだ。

 

「いや、そういうことじゃなく!!」

「じゃなく?」

 純粋に当夜をからかうことに愉悦を覚え始めた表情で万智が当夜を覗く。

「別にかわいく……なくはないんだけど、まあ、うん、はい」

 負けた。

 

「まあ、冗談はさておき、私もちょっとドキドキするレベルで美少女だから」

 当夜は「反応致しかねます」という表情で訴える。


「万智も冗談で人の心を弄ぶようになってしまったか……」

「ドキドキした?」

「ある意味」

 そう呟いてみて当夜は、なんだか日常に戻ってきたようで安心した気持ちになった。――女子にからかわれるのが日常になったのはいつの日からだったろうか。

 

 

 

 万智は安心していた。

 人にこだわるのではなく、出来事を愛することだった。

 過去に拘泥するのではなく、今を愛することだった。

 

 当夜との新しい関係は、自分が馴染めるかと不安に思っていた頃もあったが、案外うまくやれている。

 ……そして、小町譲りのコミュニケーション術が当夜にこれほど効果的だとは思わなかった。私は分かる。当夜は結構喜んでいる。

 

 当夜をからかうような台詞をまた言った後で、また通常通り二人が足並みを揃えて歩く。私にとっては通学路ではないこの道は、ようやく見慣れてきたものではあるけれども新鮮な空気をもたらす。

 

 少し視線を上に向ける。ロータリー付近を行き来する人の向こう側に、高架駅の駅舎が見える。ゆったりとした雲の流れに、列車の入線してくる音が上塗りされた。なんだかスタートの合図のように思えた。

 

 ふと地平に視線を戻して、自分だけ少し歩みが遅れていたことに気が付く。少し早足になると、当夜は

「どうした?万智?」

と声を掛けてきた。


「ううん、なんでもない」

 穏やかな高揚の芽生えを胸に秘めながら、万智は再び歩き出した。

 

 空は青く青く、心地の良い日の光を透過しているのだった。

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