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スタートライン

 下校時間までも三人で共にしたのは、久しぶりな気がした。

 尤も万智の家は校門を出ればすぐ方角が別れてしまうだろうけど、わずかな時間であっても一緒に過ごしていたという事実が大事で、それをすることで一人の中の「放課後」という時間が少なからず人との時間へと塗り替えられるのだろう。

 

 三人で並んで歩く。左手に小町、右手に万智がいる。

 ……なんて女たらしみたいなことをしているのだろうと未だに思ってしまう。それは多分、僕が正常な感性をいまだに保っていられている証左だろう。

 

 ――利き手の近く、意識が集中する場所のごく近くに万智がいる。物理的な近さが、心の距離とリンクするような気がする。

 

 話をしてくれるようになったことはありがたい、従前の幼馴染的な関係に戻って仲良くする、それは僕の望んでいることに他ならない。

 でも、僕達の関係は元々こんなに単純だったのだろうか、と、やはり疑問に思わざるを得ない。

 

 ――万智は今何を考えているのだろう。そう思ってしまう。今こんな風に、随分と親しくなった小町と二人で、楽しげに話している裏には、まだ秘めている思いがあるのだろうと推察してしまう。

 

 でもその推察の厄介な所は、常に自意識へのストッパーがかかって、その思考を妨害してしまうことだ。

 ……万智がかつて僕のことを好きだった、そのことを客観的事実のように捉えようと努力はしている。でも、やはり時が経った今でも、そのことを考えると自分が自意識過剰に陥っているような感覚がしてならない。

 

 ……いや、時が経ったからこそ、そう感じているのかもしれない。かつて実感がこもっていて、しかしながら実体のなかった体験は、時を経るにつれてその地盤を喪失しつつあるのかもしれない。

 

 ――正直言って、ゼロだと思った。自分は過去の万智については色々と知っているのかもしれない。でも、それが今の万智にどう息づいているかは分からなかった。それどころか、かつて感じ取った体験すらも意識の中に揺らいでいた。

 

 だからゼロだ。相手が何を考えているのか、容易には知り得ない状態。そこから始めなければならない。

 

 それでも、当夜はゼロなりの推察をする。そうしてみた時に、万智が一切の屈折なく自分に接することができているのだろうか?……当夜ははっきりイエスと答えることができなかった。

 

「とうやー、当夜?」

 制服の袖を引っ張られる。その後になってようやく自分の名前が呼び止められたことが意識に上った。

 その馴れ馴れしさは、小町を思わせた。

 

 でもその声は当夜の右手から発されたものだった。

「どうしたの?なんだかぼーっとしてたみたいだけど?」

「えっ、うん、ごめん」

 突然現実世界に引き戻されたかのような感覚で、当夜はしどろもどろになる。

 

「それで、当夜はどう思うの?」

「えっと……ごめんなさい、何が?」

 久しぶりに当夜は小町に対して素直に謝る。――いつも謝られる側のことばかりされているからな、ほとんど謝罪は返ってこないけど。

 

「好きな女の子のタイプ」

「うん?」

「聞こえなかった?好きな女の子のタイプ」

「……君ら、女子同士で好きな女の子のタイプの話をしてたってこと?」

「うん、そうだよ」

 今度は万智が口を挟む。小町と息がピッタリだ。

 

「それ、男が一番反応しづらい話題だと思うんだけど、というか、女子同士で普通そういう話する?」

「普通にするけど……」

 小町が「何言ってるんだろうこの人」と言わんばかりの表情で答える。

 

「あ、うん、ごめん」

 あまりの真顔で言われてしまったので、思わず当夜は謝ってしまった。

 ……それでも実際にはそんなことはないのでないかという疑念を持たざるを得ない。

 

「それで、本題の方はどうなの?」

 意外にも万智がそう口にする。……先程からテンションが高すぎるように当夜には思えてならない。

 

 本題、と言われて真剣に何のことだか分からなかったのは仕方のないことだと思う。

「え?なんのこと?」

「ほら、好きな女の子のタイプ」


 ……それって本当に追及されるのか……当夜は驚きあきれる。

 しかもそれをついこの間まで気まずい空気を共有していた万智が聞いてくるのだからなおさら驚きだ。

 

「……そういうことを明け透けに聞いてこない女子かな」

「そういえば、そろそろ文化祭の準備始まるよね~」

「いや、なんで話題逸らすんだよ!!わざわざ付き合ってあげたのに」

 ――でもこのくらい元気でいてくれた方が正直嬉しいかもしれない。……振り回されるのが好ましいとは思わないけれども。当夜は素直にツッコミを入れることができた。

 

「うん?いや、当夜の好みの女子になってあげようと思って」

 ――その言葉に一瞬胸がドキリとしたことは否めない。現にわずかな間ではあるが固まってしまった。


「お、当夜はグッと来たみたいだよ~」

「やったぁ~」

 小町が口を挟んでさらに厄介な感じになる。

 

「いや、そういうことじゃなくて!!」

 当夜は思わず声を裏返してしまった。

 少し咳払いをして誤魔化しながら続ける。

 

「普通そういうこと言わないでしょ……的な……」

 いや、それは何の弁解にもなっていないぞ、ということに発言の後になって当夜は気が付く。まあ、仕方がない。なるようになれ。

 

「こうかばつぐんだ!」

 小町がポップで可愛らしい声を演出に加えてくる。……傍から見れば喜劇なのかもしれないが。

 

「はは、でもこういうのも楽しいね」

 万智がその様子を見てふと口にした。

「最初から、こんな風にみんなで仲良くできれば良かったのに」

 その口ぶりは、冗談でも何でもなく本心からの言葉に思えた。

 

「……ああ」

 からかわれ続けて閉口している当夜もこの言葉には思わず反応する。

 

 「みんなで」「仲良く」

 ――少し引っかかる気もした。

 今の万智がどんな気持ちでこんなことを口にしているのだろう。そんな風に少しだけ心の中で気を遣ってしまった。

 

 当夜が発した短い同調の言葉は、その余韻も正調に響いた。

 ――でも確かに、それは自分の望むことなのだと思う。

 

 一方で、手紙の時のほとぼりはほんの一瞬だけ当夜の心の中に蘇った。


「……そういえば、万智って家こっちの方向じゃないよね」

 もう校門を出ているのにしれっと僕と小町の――こちら側に来ていることに気が付く。


「うん、そうだけど、たまには親睦を深めたいなぁと」

「……そうか」

 別にからかわれているような感じでもなかった。温かいものを抱えるようにして当夜は優しくそう言った。

 

「満足した?」

 小町がそんなことを言う。

 ……別におかしな言葉ではないはずなのに、当夜は少し笑ってしまった。

「い、いや、そんなことはないよ」

 

 頭がこんがらがって不自然な否定に走る。

「えっ……それじゃあ……」

 小町は一転深刻そうな表情になった。その様子を見て、当夜は自分がおかしなことを口走っていることに気が付く。

 

 ――いや、この「満足」という言葉に別に他意はないわけで、これじゃあなんだか僕と万智の間にわだかまりが残っているみたいじゃないか。

 

 すると突然小町が当夜と万智の後ろ側に回り込む。

 それは一瞬の出来事だった。僕じゃなきゃ見逃しちゃうね。――と言おうとしたが全く反応はできない。

 

 当夜は左肩に感触を感じる。それは小町の手だった。

 すると、右方向にその手から力がかかる。

 体が重心を崩した先には、当然万智の体があった。

 

「……えっ?」

 また動揺から間抜けな声を上げてしまう。もう何回目だろうか。


 小町は当夜と万智の体を無理やり寄せるだけにとどまらず、手首のスナップを絶妙に聞かせて二人の体をお互いの方向へわずかに傾ける。

 

 ――そして、当夜は柔らかいものの感触を感じた。

 

 ここにきて、「満足」という言葉が再び意識の上に昇る。当夜は必死でこれを抑制した。

 

 ――そのユートピア的感触に驚いたあまり、思わずその物体の方――もとい

万智の方に視線を向ける。視線が重なる。そのことが余計この興奮状態を昂ぶらせた。


 視線が完全に噛み合ってボルテージが最高潮に達した直後、当夜は小町の腕の包囲網をかいくぐった。

 そして開口一番。

「別に満足したわけではないから!!というか小町、流石にこれはやりすぎだって!!」


「どうして?やっぱり仲良くなるには身体的な距離を近づけるのが一番かな~と思ったけど」

 平然と小町はそう言ってのける。

 ――それすらも性的に聞こえてしまう今の自分が嫌いだ。

 

「いや、それでもだめだから!!ここまで行くと……その……爆発的な何かが起こるから!!」

「青春のリビドーが暴発的な?」

「そう!!……じゃなくて!!てか何言ってのこの人!?」


「ははは、でもこういうのは久しぶりで、やっぱりちょっと恥ずかしいかな」

 万智は当夜とは対照的に初々しい照れ方でそう反応した。

 

 ……その後「久しぶり」の解釈を巡って論争が繰り広げられたことは言うまでもない。

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