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あなたはいつから優等生となったのか。

 クラスの中の集中力はもう大分切れているような雰囲気だ。

 午後の授業がほとんど終わって、最後の時限になった。

 そして時間割の最後の授業はロングホームルーム。これなら生徒達が揃って脱力するのも当然というわけだ。


 担任の押上先生が入ってくる。教室の空気は帰りのホームルームのそれとほとんど同じで、授業らしい緊張感を持っている人などどこにもいない。……と当夜は思う。


「この時間はクラスの係と委員会を決めます」

 若々しくみずみずしい声を押上先生は虚しく響かせる。いくら人気の出そうな教師であっても、この気怠い空気を覆すことはできないだろう。

「最初に学級委員を決めて、あとは学級委員さんに一任します」


 その言葉を聞いて、当夜は少しだけ押上先生の方に意識を向けた。

 そう言えば「学級委員」なるものがあったことを思い出す。当然平凡高校生の当夜には無縁の話であるわけだが、「学級委員」はクラスでも主導的な立場に立つ人間となるわけで、誰がなるのかには当夜も興味がある。


 当夜もクラスメイトのほとんどをまだ良く知らない。取り敢えず前のクラスからの知り合いの名を浮かべてみるが、やっても違和感がないのは月見野くらいか。だが月見野は確かに勉強もスポーツもそつなくこなす優等生であるものの、こういうことにはあまり関わらないタイプだ。


「あ、あと多分時間が余ると思うので自己紹介なんかもやるつもりです」

 この時間に限っては担任が必要無さそうだ。担任にこんな拘束時間を設けるくらいならもっと教科教育の方に時間を使わせてあげれば……なんて余計な同情を当夜もしてみせる。だが学校は合理的な機関ではないことを当夜も重々承知している。


 第一、青春というものもあまり合理的ではないのだから――そんなことが頭をよぎった。

 そう思うと、隣にいる小町も、余計なしがらみを作らず孤立主義を貫いている点では合理主義的なのかもしれない、なんて当夜は思う。もちろん当夜自身がそれを真似る気には到底なれないわけだが。


 そんなことを考えていると、押上先生は滑らかにチョークを滑らせて「学級委員」とデカデカと書く。意外と大胆な人なのかもしれない。

「それじゃあ、いきなりだけど学級委員やりたい人はいる?」

 本当にいきなりだ。でも確かに、こういうのを自発的にやりたがる人間は確固たる意思を持っていそうだからこれで十分な気はする。


 前の方の席にいる月見野や和光が、後ろを振り向いた。おそらくは自分はやる気がないために、傍観者に徹しようという意思表示なのだろう。他の名前も知らない生徒達もほとんどがそうだ。


 誰もいないか――当夜はそう思った。(「まち」は例外として)一番後ろの席である当夜には教室の全貌が見渡せるからだ。手が挙がっているところはどこにもない。


 すると、教室が突然ざわつきだした。なんだ、教室の前半分で局所地震でも起こっているのか、と当夜は冗談めかして考えた。

 しかし、クラス中の視線がある一点に集中しているのを見て、当夜は思わずそれを確認した。


 気がつけば、小町がスッと真っ直ぐ手を上げていた。いつも堂々としている小町だが、それより一層堂々と挙手をしている。ピンと張った指先が蛍光灯の光で光っている。


「はい、九段下さんね、他はいるかな?学級委員は定員二人だけど」

 驚いている様子の生徒たちを横目に、押上先生に一切動揺の色も見られない。

 そうか、考えてみれば、噂によれば九段下小町は成績優秀らしいし、男はこっぴどく振っても別に問題行動を起こした、なんて噂は聞かない。教師にとっては別に不思議なことではないのか――


 いや、そんな客観的事実は当夜にとってはどうでも良かった。まさに孤高、という言葉が相応しい小町。確かに当夜の中での小町像には少し振れ幅があったが、しかし周りの人間とは少し変わっているというイメージは一貫しているし、学級委員になるようなタイプとは到底思えない。


 横から窺い知れる小町の表情は凜としている。いつもの整った顔立ちを、今日は勇ましい方向性に発揮して、堂々たる態度と確固たる意思をクラス中に表明しているように見えた。

 驚きの余り、いつもの畏怖も忘れて当夜は小町の顔を見つめてしまう。そんな無遠慮な視線にも、小町は一切表情と姿勢を動かすことはない。

 ピンと張った背筋と、正面を見据えた小町の瞳が、どこまでも印象的だった。


「まあ、誰もいなければ急ぐ必要もないしまた後日決めることにします」

「ただ、他の係決めがあるので誰か一人臨時で手助けをお願いしたいのだけど、誰かいる?」

 こういう所でボランティア精神を発揮する人は、元々そういう性格を持っている特殊なタイプであって、そういうタイプは得てして学級委員に立候補するわけで、当然ここで手を挙げる人はいなかった。


「それじゃあ、隣の席のよしみで柊凪くんにお願いします」

 うん、妥当な流れ……妥当な流れ?

 いや、自分のことではないか、と当夜は冷静になって気がつく。今まで蚊帳の外にいたつもりだっただから、自分のことまで客観視してしまった。


 大体、「よしみ」ってなんだ。自分と小町の間に何の縁があるというのだ。単なる偶然の連鎖、その鎖が二人を縛り付けているだけなのだ。


「さあ、行きましょう」

 物分りの良い小町は早速立ち上がって教壇の方へ向かおうとしている。一方で、なんで自分がこんな立場に置かれているのか、と疑問を抱いている当夜はグズグズしている。

「いや、まあ、単なる偶然としか……」


「どうした?」

 小町がやはり凛とした口調で、当夜に聞いてくる。

「い、いや、なんでもありません」

 最初に抱いていたイメージの方が尾を引いて、思わず当夜は敬語で話した。

「そう」

 そう返事をした小町の表情は、当夜には見えなかった。小町は堂々と当夜の一歩前を歩いていた。


「仕事といってもこのリストに書いてある係を決めるだけだから、大したものではないけれど」

 押上先生が言う。確かにこれなら大したことはない、と当夜も思う。学級委員が立候補するのも日常、もう一人の方が集まらなくて隣の席の人を一時的に動員するのも日常、その二人にこういう仕事を任せるのも日常。


 問題は、その発端があの九段下小町であることなのだ。


「ということで、係を決めるので自分がやりたい所に手を挙げてください」

 係の並び順次第では若干不公平な気がするこの制度を、小町は踏襲する。

 今この場に立っている小町には、特段口調のきつさなどはない。学級委員に立候補するような優等生タイプだと言われても、初めて小町を見る人は疑うこともないだろう。


 クラスの大半は何がなんだか分からない、という顔で小町を見ている。月見野は楽しいのやら悲しいのやら良く分からない顔で視線を泳がせている。和光は当夜の方を見てずっとにやにやした表情を浮かべている。


「それじゃあ当夜、……くん、板書をお願い」

 こういった場に一切慣れていない当夜は、板書もせずにこれまで突っ立っているだけだった。普段の(噂通りだとすれば)小町ならこの辺りで毒を吐いてきてもおかしくないところ。当夜は慌てて黒板に向き合って、「白チョークがない」なんて言いながら、チョークと冊子がぶつかる音で不協和音を奏でている。


「それじゃあ、板書している間に私の自己紹介をしますね」

 何とも気の利いた行動だな、とようやく白チョークを探し当てた当夜が思う。

 確かに、学級委員になる人間が自己紹介をするのは自然な流れだし、この後で各生徒の自己紹介をもしやることがあったとしても、所信表明みたいなものだと考えれば違和感もない。


 それに、小町の言葉を聞きたがっているのは当夜だけではないはず――

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