審判
「あ、あれ~?」
小町はまたわざとらしく首を傾げる。
すると、ふと当夜に耳打ちする体勢になって言う。
「ごめんなさい、うまくいかなかった?」
――ほら、やっぱり小町の仕業だ――そんな確信を持ちながらも、当夜は小町の言葉が持つ別の意味にも踊らされる。
「ベ、別にそういうわけじゃ……」
「うまくいかなかったか?」と聞かれるといっていないとは言い難い。そもそも「うまくいく」とは何なのか。お付き合いをすることか。はたまた別のことか。
――いや、前者の意味なら否定しなくちゃいけないのだが……でも単純に「仲良くなる」とか、そういう意味だとしたら、仲良くなっていないとも言い切れない。またも小町に振り回されているようで悔しい。
「それなら良かった、狙い通りだね」
今度は顔を上げて当夜以外にも聞こえる声で小町が言う。それを聞いて万智もまたそれが小町の仕業であることを確信した。
「良くないって!!」
当夜が特に根拠も示さない弱々しい言葉で小町に言い掛ける。
「でも仲良くはなったでしょ?」
――周りの視線が痛い。一体彼らはこの会話を聞いて何の話をしていると想像しているのだろう。考えるだけで虫唾が走る。
「いや、そういう問題じゃなくて!!このラブレターはないでしょ!!」
当夜は懐に収めていた例のブツを小町の机に叩きつける。
「ええっ~!!」
何も事情を知らないオーディエンスは最早一切の躊躇もなく歓声を上げた。
すぐ側で争う当夜と小町の様子を見ているザ・当事者の万智が一番恥ずかしい思いをしていたのは言うまでもない。
「でも、上出来でしょ?こう見えて初体験なんだけど……」
「いや、論点ずらそうとするなよ?」
「初めてなのにそんな乱暴に……」
「何の話だよ!!」
本当に赤面しながら当夜はツッコミを入れる。いまだに自分のからかいをしばしば真に受けてくれる当夜とお喋りするのはやめられない……と小町は思う。
「と、とにかく、今後はこういうことはやめてくれっ」
声を裏返しながら当夜はそう言う。言った後で裏返った声に恥ずかしそうにしている。
「う~ん、そこまで言われると仕方ないなぁ……」
そして当夜は自分の席(小町の隣の席)に退散し、オーディエンスは散っていった。
……その後でも万智はまだ小町の席の近くに立っていた。
「あ、あの……」
場が静まった後、万智はおそるおそる口を開く。
「うん」
小町は特に動じる様子もなくすぐに応答した。
昼休みだけあって周りにいる生徒はほとんどおらず、小声で話せばその内容は当夜以外には聞かれなさそうだった。
――これも当夜が先程見せ場を作ってくれたおかげである。……なんて言うとかっこよすぎるか。
「た、確かに私もああいうのはちょっと……」
「ごめんなさい、嫌だった?」
またも小町は悪意の端を全く見せない純粋ボイスだ。
「私としては、万智さんと当夜が仲良くなればと思ったんだけど……」
「おっ、おい」
当然横から話を聞いている当夜も口を挟む。
「確かに、ちょっとやりすぎだったかも……万智さんの方にはちゃんと謝っておきたいな……」
雨に打たれた子犬のような切ない目をしながら小町はそう言う。その効力は別に異性だけには限らない。
「ちょ、僕は問題ないとでも……?」
完全に蚊帳の外にいる当夜が虚しく音を響かせる。
ともあれ、これで三人のつながりはまたニュートラルに……
「いや、そんな、謝ってほしいなんて私は――と、というかありがとうございました!!私も当夜と仲良くなりたかったんです!!」
「「え?」」
驚きの反応を示したのは当夜だけではない。……小町の方もである。
「ほら、人と真面目な話をするきっかけって作るのが難しいし……別に全くなかったわけじゃなかったけど――シリアスと日常を行き来するのは、なんだか難しくて、私悩んでたんです……」
「でも、こういう風にギャルゲー形式にしてもらえると、私もドキドキしながら当夜と親睦を深めることができましたし!!別にお互い嫌っているわけじゃないんだってことも確認できましたし!!」
「ぎゃ、ギャルゲー形式……?」
当夜が困惑に全身うずもれながら首を傾げる。
「ほんっっっとうにありがとうございました!!私、こういう行動力が全然無い人間なので尊敬します!!というか弟子にしてください!!小町師匠と呼ばせてください!!!」
「そうか、そうか、好きにしたまえ」
小町はノリノリでそう答えた。
当夜を蚊帳の外にしてあらぬ方向に話が進んでいく。
「いや、ちょっと待って、僕を置いてけぼりにしないでよ!!」
「当夜は、嫌だった?」
すると突然、万智が真剣なトーンで尋ねてくる。
……そう言われると、やっぱり嫌だったとは答えづらいわけで。
「い、いや~」
当夜は「いや」と言いながら半分否定する。
「ま、まあ、多少のスリリングさはあったというか……アトラクション的な楽しさがあったことは否めないけど……」
「なら決まりだね!!」
――何を決めたというのだろうか。というか、何も提案されはしていない。
「いやだから、僕が問題だと言ってるのは偽のラブレターを送って人を試すような行為であって――」
「ほら、でも、幼馴染っていう関係にはこうーなんと言いますかブレイクスルーが足りないんですよ、やっぱりこういう外発的なものがないと進展しないかなぁ~と」
「し、進展……?何を言ってるんだか小町さん」
――他意はないものと解釈すべきなのは分かっている。「幼馴染として」万智に向き合うと小町に誓った手前だ。それでも、仰々しい言い草をしてくる小町にそんな響きを感じずにはいられない。
現に、万智の方はそういうことを言われて一番戸惑っているはず……
当夜はそう思って隣に立つ万智の方に振り向く。その距離は自分が思っていたよりもずっと近くて、少しだけ身じろいだ。
「あらやだ、小町さん、進展だなんて……」
――どことなく嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか……いや、気にするべきではないのだろう。
「まあまあ、二人とも打ち解けたみたいですし、これで一件落着ということで」
「う、うーん、これでいいのかな……」
当夜は煮え切らない表情でそう口にするが、そう思っているのはこの場で当夜だけだった。
――ところで、この様子は周りの生徒にはどう見えているのだろうか……当夜は耳を澄ませてみたが、目ぼしい反応は聞こえてこなかった。
――ほら、一般的に見ればついていけないやり取りなんだよ、これは。