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ドキドキプログラム

 便箋を開く。かわいらしいハート型のシールに触れるのさえなんだかおこがましい。

 一枚の手紙が出てきた。丁寧に折りたたまれているのが分かる。

 

「ええと……」

 腰を据えて内容を読む。

 

「こんな形でしか伝えられなくてごめんなさい。でもどうしても当夜くんに伝えたいことがあって、この手紙を書きました。もし時間があったらで構わないので昼休みに校舎裏に来てください。――待っています」


 手紙は匿名だった。それほど長くない文章が、逆に愛らしく感じられる。和歌が添えられてそうなガチガチの手紙が送られてきたら、ドキドキ以前に身構えてしまうだろうが――いや、現代にそんなものはないか。

 

 「こんな形でしか伝えられなくて」そうか、きっとおしとやかな子が勇気を出して送ったんだろうなぁ……妄想が膨らむ。

 それに、そんな風に自信なさげな感じを醸し出しながらもきっちり「昼休みに会いましょう」と勇気ある誘いをしてくる。文面だからこその勇気……

 

 ――さらには字体も美しいながら丸みを帯びている所もあって女子らしくかわいらしい。おまけにわざわざ「くん」付けで自分の名前まで入れてくれている。いつも「トゥナイト」なんて呼ばれてからかわれている自分の名前だが、こういう扱いを受けるとなんだか悪いもののようには思えず、むしろその呼称から伝わってくるのは暖かい気持ちだ。

 

 ――ごちそうさまでした。

 ……それで、これを書いたのは一体誰だ……?

 

 まぁ、当夜としては自分が異性に好かれる心あたりなどないわけで。

 ――おっと、もしかすると同性の可能性も……いや、それを考えるのはやめておこう。あらゆる可能性を排除しない考え方は理性的だが、しばしば毒だ。

 

 当夜は落ち着いた足取りで教室まで戻る。差出人が誰なのか気になるということこそあれ、それは青春的なドキドキとは少し違う。自分はそんなもののとは程遠い存在だと思っているからだ。

 

「あ、当夜、おかえり~、お花摘んでたの?」

「なぁ、おしとやかな美少女さんが一体何てことを言ってるの?」

「あと男の場合は鷹を打つが正解だ」

「お褒めいただきなによりです」

「……とってつけたようにおしとやかになるのやめてもらえない?」


「所でお花摘むとか鷹を打つとかって実際にしてる時の――」

「どうして掘り下げる必要があるんだよ!!」

「だって当夜はありのままの私が好きだって言ってくれたから」

「……いや、おしとやかぶるのはやめようって言っただけだぞ?」


 ……まぁ直近の会話だけを取ればそうなのだが、小町がまだトゲトゲしかった頃を思い出すと少し胸が熱くなって、当夜がそう言うのにも少しだけ気が引ける。

 ……ともあれ、いつものようにからかわれているだけだ。

 

「ふ、二人とも相変わらず仲良いね~」

 当夜は、自分の後ろの席から万智が顔を出してきたのを確認する。……振り返って確かめると、少し近い。……まぁ、これが幼馴染ってやつなのだろうか。

 

 ――でもこういうことを言われるのって、少し都合の悪いことな気もする。誰にとって?……小町の方だろうか、ひょっとして僕かもしれない――

 ――小町の前で僕が万智と向き合うと言った。でも万智に小町と僕の仲を(事実に反する形で)指摘される。それって小町からしたら、少し居心地が悪いような気もする――


 ……いや、問題はないのか?別に恋仲というわけではない。……いや、なんで今恋の話が関わってくるんだ?――きっとさっきの手紙のせいだろう?……だとすれば、誰と誰が――?……いや、そんな仮の話に意味なんて――

 

「そう?私からしたら当夜と万智さんこそ仲良く見えるけど――?」

「そっ、そんな――」

 「そんなことない」と万智は言いかけて、やめた。やめた瞬間から、万智は自分がどんな思いでその中断をしたのだろうと内省する。

 

 ――否定をするとなんだかその通りになりそうだ。そういうことかもしれない。

 ――なんでそんな些細な言霊を、私は気にかけているのだろう……?

 ――それは、今この瞬間に当夜を見る私の目がいつもとは違っているからなのかもしれない。

 

 当夜が席を外していた間の出来事だ。

「万智さん、ちょっと良い?」

「うん?」

「今ちょうどタイミングが良いから話すんだけど――」


 タイミングが良い?と万智は疑問に思う。――そのタイミングとは当夜がいないことなのだろうか……?――いや、まさかそんなことはないか、偶然だろう。

 

「今日の昼休みなんだけど、実は万智さんに会いたい人がいるらしくて……」

「へっ?」

 ――小町が何を言っているのかピンとこない。わざわざ「昼休みに会いたい」なんて、仕事のアポでもないのにそんなイベントが起こることが想像できないのだ。

 

「そ、それって、誰なの……?」

 わざわざそんな呼び出し方をしてくる人がいるだろうか……クラスには馴染んできたとはいえ、そんなに親しい関係の人は――いや、親しい関係でもこういう呼び方はしないか……スカウト?だとしたら何のスカウトだろう。不自然だ。他の可能性は――告白……?いや、そんなに関わってる男子がいるわけでもないし。

 

「まあ、それが当夜なんだけど……」

「えっ、ええっ!!」

 多分秘密にしないといけない内容なのに突発的に大きな声を上げてしまう。クラスの中から多少の視線が自分に向けられたことを感じて、万智は恥ずかしそうに尻すぼみする。

 

 別に「当夜」という名前を挙げられただけなら万智がここまで驚くこともなかっただろう。驚きの原因は万智の思考の糸が絡まったことだった……?

 

(えっ……まさか……当夜が――告白……なんて……)

 外に晒されたら笑い物になりそうな思考を恥じ入る表情の内に秘める。

 

「えっと……どうしてそんな大事なことを……?」

「まあそんなに気負わずにさ!……そういう風に重く捉えすぎると、心の溝が生まれちゃうから」

 前半の小町は明るく、後半の小町はやけに真剣だった。後半の真剣さを一身に受けても万智には、小町の言動が場違いなもののように思える。

 

 それはなぜかというと。

 

(いやいやいや、告白されるなら気負わずにはいられないし重く捉えざるを得ないでしょ!!)


 この違和感を感じて万智は一瞬小町にツッコミを入れようとしたが、いざそれを口にしようとするとその響きが恥ずかしい。だから何も言うことができなかった。


 待て待て、――冷静に考えよう。別に呼び出したからといって告白とは限らない。そうだ、そういうデリケートな話題はそもそも安易に人に託したりしないし……もしやるとすれば……そ、そう、ラブレターとか!!


 しかしその理性的思考はすぐさま音を立てて崩れていく。

「とにかく、昼休みに校舎裏に来てほしいみたいだから……まあ、いい結果を期待してるよ」


 良い結果……結果……これは……

 いや、明け透けとは言わないけれど、だけれども。

 間違いなくそういうことだこれ……

 

「う、うん、ありがとう」

 ありがとうという言葉は、何を言うべきか分からない時に自然に出てくる言葉でもあると思う。

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