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会話ゲーム

「いや、そうかもしれないけど……それを言ったら実際に行くことになるわけでさ」

「……まあ、社交辞令として使うつもりでアドバイスしてたけど、案外当夜って積極的なのね」


 ……画面越しに小町が笑っているのが見える。「接触回数」とか言うから本当に一緒に行くのかと誤解した。

 

「私は行くのは成就した後で良いと思うけど、それなら嘘じゃないし」

 成就……?いや、これに深入りするのはやめておこう。

「とにかく、そういう風に食いつきの良い態度を見せていかないと、いつまでももどかしい距離感のまま終わっちゃうと思うよ?」


 ……なるほど、確かにそれは尤もだ。

「確かにそうかもしれない」

「でしょ?」

「それじゃ、頑張ってね」


 

 

 これが当夜の踏み込んだ発言の契機となった昨夜の一幕である。

 そんなありがたい小町のアドバイスを心に留めながら、そして、実は「まさか始業日早々……」などと唱えながら内心はその可能性を大いに意識して、当夜は駅舎を出ていたのだった。

 

 それで実際に行くと小町と万智はロータリーにいるわけで。実は心拍数を爆上げしていた当夜は小町のアドバイスを何度も反芻しながら万智へと向かう。

 ……その結果がこれである。

 

 それで決定的な失言の後にあたふたする当夜を眺めながら。


(うんうん、当夜ってやっぱりこういう大胆な一面を時々発揮するんだよねぇ……)

(やっぱり私が見込んだだけの……ってそれじゃ私がなんか依頼でもしてるみたいか)

 そんなことを思いながら影で微笑んでいる美少女が一名。

 

 さて当夜の方はというと。

「あー、今日はいい学校日和だね~」

「う、うん、そうだね~」

 万智の声は心なしかより親しみがあった。それは気まずさを優しさで塗り固めるようなことだった。

 

 その声音を聞いているだけならば、こなれた会話を交わす男女に見えるのかもしれない。だが、会話の内容が絶望的に不自然であった。

 小町もこれは見ていられなくなる。やっぱり当夜が時々発揮する勇気のタイミングには謎な所があるな、と思いつつ、なんとか介入できないだろうかと思った。

 

 ――というか、そこは旅行の話を広げるべきではないだろうか、そもそもそっちの方が分かりやすいし戸惑っても思いつきやすい話題だろうというツッコミは小町の中にも生まれる。

 こういう唐突さも当夜の見せる魅力――いや特徴の一つだなと小町は思った。

 

 そして介入の効果的手段を考えてみるも、やはり話題が唐突すぎて小町は困る。分からないのでとりあえずいつものように当夜に絡んでみることにした。

 

「ちなみに、当夜は夏休みどこか行ったりしたの?」

 ……言った後で思わず、小町は小さく「あ」と発してしまった。それが当夜と万智に聞こえたかは分からないが、変な間が生じたことくらいは感づかれたかもしれない。――いや、やっぱりこの余裕のない二人には分からないか。

 

 ――というのも、当夜が発掘に失敗したおでかけ先の話題を私は無用にも掘り返してしまったからだ。これでは当夜は不自然な会話の振り方を公開処刑されているようなもの。私としたことが、これは間違えたなぁ……と。

 

「え、ええっと……」

 当夜が長く困惑しているのが小町からは見て取れた。でもそれは万智に対する焦りからという感じではない気がした。それにしてはなんだか不自然に考えているような時間が長すぎる気がしたのだ。

 

 そして気が付く。――そういえば自分は昨日当夜にアドバイスをした時に「私との予定を忘れたの?」みたいな冗談を飛ばしていたということを。

 ……多分それで私に気を遣ってくれているんだろうなぁ……と思うと少し胸が熱くなる。でもその話題を万智に対して振るのは少し抵抗があることだろう。やはり。

 

 ……どうして?

 別に恋愛絡みじゃないならやましいことなどないはずなのに、どうして「抵抗がある」のだろう?

 ――いや、考えるのはやめよう。それはきっとそういうものだから。

 

「と、特には行ってないかな~」

 小町の顔色を伺いながら当夜はそう言う。

 小町はその様子をかわいらしいと思いながらも、どこか引け目を感じた。


「ふーん、そうなんだ」

 小町は努めて平静にそう応答した。単にポーカーフェイスに徹するためだけではなく、実際にどういう感情を見せるのが正解か分からなかったというのもある。

 

 ちなみに私はビルの屋上にあるオシャレなカフェに――という話題を持ち出そうと思ったが、流石にそれは意地悪すぎると思って小町はやめた。

 今はそういう行為は自制しなければならない時だろう。

 それ以前に小町は、真っ先にそういうことが浮かんだ自分のことをなんだか恐ろしいように感じた。


「万智ちゃんは?」

 ――万智に対する呼び方が不思議と自分の中で動揺しているのを事後的に自覚しながら小町はそう聞いてみた。なんてことはない儀礼的な会話の流れだ。

 

「えっと、私も特に……」

 ……弾まない。ここで「二人とも非リア充なんだねくっついちゃえば~」なんてまさか言えないし、かといって無難な着地点も見えてこない。どうしたものかと小町はその平静な表情の裏側で悩む。

 

「そっか~、二人とも結構穏やかな感じなんだね」

 ――今の万智の様子は素っ気ない、とても素っ気ない。だけど、わざわざ今日も駅の前まで来ているということは、つまりそういうことなんだろう。別にお互いがお互いを嫌っているわけではない。むしろもっと距離を縮めたいと思っていて、だけど少しの壁がその思いを遮断している。

 

 ――多分、簡単だな、と思う。なんだかんだいっても気持ちが離れることはない。これが幼馴染という関係の強みな気がした。いや、もしかするとその言葉はふさわしくないのかもしれないけど――

 本当の危機は心から相手を遠ざけたいと思ってしまうことだからだ。

 

「まあとにかく、今日からも楽しんでいこうよ」

 小町が明るく声を掛ける。……時折自分のこうした明るい振る舞いに当夜の影を小町自身が見た。

 

 

 

 その日はそのまま大したことも起こらずに終わった。久しぶりだが、特に面白みのない登校日。特筆すべきは今日が午前授業であることくらいか。

 今日の帰りはバラバラだった。――どうせ私も当夜も万智も家にすぐ帰ることくらい目に見えていたが、今日一緒に帰ろうというのはなんだか違う気がした。――第一、それをしたとして校門で万智が分かれてしまう。――意味が……ない。

 

 小町は早々に家に帰る。途中もしかすると当夜と同じ電車だったりするのかもしれないが、そこも特に気には留めない。

 

 ――それにしても、直接会っても何も起きないものかなぁ……理性的に考えれば人の関係の進歩なんてそのくらいゆっくりとしたものであることは分かっているのだけど、どうしても気が急いてしまう。他人のことにわざわざここまで首を突っ込んでいる自分のことを滑稽だと思いながら、それでも気に掛ける気持ちを止められなかった。

 

 ――いや、もしかすると何か起きるのかもしれない。今日は午前授業だし。そこに一縷の期待を掛けてなのかどうかは分からないけど、私は今日無意識的に当夜や万智の動向を気に掛けないままに直帰した。――期待というか、私の知らない所でラッキー(?)が起こればいいな、とかそんな思いな気もするけれど。

 

 今はもう夜だ。もし今日に何かが起こったとすれば、当夜は私に連絡をしてくるだろう。特にそんなものは来ていない。やっぱり高々一日会ったくらいで何か大きなことが起こるものではないな、と改めて思う。

 

 ……連絡してくれるだろう?――でもそれって本当にそうだろうか?実際に何か彼らの関係が変わったとして、当夜は私に連絡をするのだろうか?

 ……そんな疑問を持ってしまう自分がいた。なぜそう思ったかは自分でも分からない。


 でももし今日仮に何かが変わったとすればそれは間違いなく私のおかげ、というわけではない。私は何もしていないはずだからだ。それなら、当夜が私に何か連絡する必要はない気がする。――いや、いつかはきっと教えてくれるだろうし、それは多分明日の朝とか、そのくらい早い時間にはなるだろう。でもわざわざそれより早く連絡を寄越してくるのだろうか?

 

 なぜか自分がそんなことに固執していることが分かった。連絡、連絡、なんて、そんなことにこだわるのはバカバカしい。そう思って一旦はその思考を振り切ってみるが、やはり心のどこかにはその言葉は引っかかっていた。

 

 ――多分、ちょっと怖い。私がいつの日か部外者になってしまうことが。

 もし今日何かが変わったら。そんな非現実的な仮定に振り回されながら小町はそう思った。

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