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証人喚問

 食堂まで続く渡り廊下を当夜と「まち」は歩く。心なしか、「まち」が少しだけ先行している。そのことが、「まち」の奥底には何か魂胆があるのだろうという当夜の予感を、さらに強めた。

 コンクリートの渡り廊下に当夜の上靴が当たって間抜けな音を立てる。一方で「まち」の方は意気揚々と歩いているのが足音からも伝わってくる。


 混み合う食堂だったが、丁度二人向かい合わせのテラス席が空いていた。そこを確保してから、注文を取りに行く。

 食堂にいる生徒の多くは群れていて、ワイワイガヤガヤと話し声を立てている。それが迷惑だとかそういう話ではなく、ここはそういったことが許される空気の場所なのだ。

 内装は概ね綺麗だが、「返却口」の手書き文字だとかそういうところにはレトロ感を感じなくもない。


 並ぶ生徒たちの後ろに二人はつく。前側が「まち」で後側が当夜だ。

「へぇ、こういう場所なんだね、思ったより綺麗かも」

 その台詞を聞いて、当夜は「まち」が転校生であったことを思い出す。なんだかそれを感じさせないくらいに堂々とした振る舞いに今は見える。いつも大人しいはずなのに。


「というか、よく場所を知ってたね?」

「まあ、転入する少し前の日に先生に案内してもらえる機会があったから、それで」

「高校にしては手厚いサポートだね」

「うん、そうかもね」


「まち」はいつもの落ち着いた表情とは打って変わって露骨な笑顔だった。いよいよ本を読んでいる時のような普段の外見が見かけ倒しな気がしてきた。

 ――もしかすると、意外とかわいいんじゃないか、そんな思考が頭をよぎる。当夜はその考えを無理やり自分の中で呑み込んだ。


「でも普通の転校生は、たとえ場所を知ってたとしても、どこどこに行こう、っていきなり提案はしない気がするけど」

「……当夜くんと話したかったから、まあこれは必然の提案かな」

 少しためらってから「まち」が言う。


 ……小町様には「興味がある」なんて言われるし、転校生の「まち」からはいきなり「話したい」なんて言われるし、やっぱりこれはモテているのではないか、いやまあ自分の勘違いだとは思いますけれども。


 こんな状況は、きっと月見野や和光のような「平均以上」の高校生にとってみれば、青春の日常に過ぎないのかもしれない。

 当夜にとっても、こういう状況を思い浮かべることは非常にたやすいことだ。

 でも実際にそれに触れようとすると、途方もなく難しいものに思える。本当に「普通」などあるのだろうか。当夜にとっては、それは「ユートピア」だ。


 ユートピアは、「理想郷」という意味で使われる言葉だが、元々の意味は「どこにもない場所」である。


「普通の青春」も手に入れることができない自分はいかに無力か、ということを痛感するのだ。今だって、自分がこんな立場に置かれているのは自分がモテているからではなく、たまたま変なめぐり合わせに遭ったというだけのことだと、当夜は理解していた。


「当夜くん?」

「まち」は当夜の顔を覗き込む。メガネ越しでもその目の真っ直ぐさが伝わってくる。

 ……やっぱりかわいいのではないか、宝物を発見したかのような高揚感が当夜には感じられるが、やはりそれも無理やり抑え込む。

「いや、なんでもない、そろそろ列も終わりそうかな」

「うん、そうだね、何を頼もうか?」



 注文した料理を受け取って、荷物で確保しておいた席に腰掛ける。

 やはり女子と二人で会食している状態など、当夜にとってみれば異様である。


「それで、本題なんだけど……」

「本題」なんて明け透けな言葉を使うものかな……と彼は内心思う。

「ずばり、あの人とはどういう関係なのでしょう?」

 ……これって周りの目から見たら浮気の追及をしている泥沼現場に見えたりするのかなぁ……いや、あっちはこんなに嬉々として喋っているのだからそれはないか。


「やっぱりか……」

「やっぱりって?」

「文字通り、予想通りの質問でしたってことだよ」

「それなら一層答えやすくなったね!」

 最後の言葉から、当夜は「まち」の狂気的な一面を窺い知る。やはり、普段のイメージそのまま、というような通り一辺倒の人間ではない、と感じた。


「って言っても、自分でも良く分からないんだよ……なんか気が付いたら……」

「気が付いたらねんごろになっていらっしゃったと、ふむふむ」

 身を乗り出して話す「まち」のペースに、当夜は乗せられてしまう。「気が付いたら……」の後の言葉の補い方は、必然的にそういうふうになってしまうものなのか。本当はもっと違う当たり障りのない言い方をしたいのに、と内心当夜は思う。


「えっと、折角の昼食時間なわけだし、食べる方に集中してみるのはどうかな?」

「それも一案だね」

 と言いながらも、「まち」の方は当夜の非常に建設的な意見を受け入れる気がどうやら皆無のようだ。


「せめて馴れ初めだけでも」

 ……馴れ初めって変な意味以外でも使える言葉だったっけ?と当夜は考える。その疑問を念頭に置いて、当夜は保険を掛けながら仕方なく白状することにした。


「えっと、偶然たまたま初めて『知り合い』になったのは丁度昨日の始業式の日で、小町さん――彼女の方が学校の門でいきなり僕の方にぶつかってきて、それで謝られたのがきっかけだけど……そしたら偶然にもその後同じクラスになってて」

「私は何も言ってないけどよく小町さんだと分かったね?」


 嵌められた。わざわざ「彼女」と言い直したのを重ねて「小町」と言われる恥ずかしさと、自分の思考を手に取られているような悔しさが滲む。

「あの、君って意外と――そういう人間だよね、色々な意味で」

 語義上は何も表現できていない不十分な言語で当夜は言う。


「そうかな?」

 無自覚な微笑みを浮かべながら「まち」は初めて食事の方に手をつけた。


 その後も「他に何かエピソードは……?」なんてことを聞かれたけれど、なんとか当夜も白を切った。一応夜にたまたま出会ったというエピソードはあったが、そちらの方はなぜか絶対に伏せなければならないという使命感を感じていた。


 そんな追及をなんとか乗り切って逃げ帰るように一人教室に戻ってくると、当然のように小町の姿があった。午後の授業まではまだ二十分ほど時間がある。

 気難しそうな顔で小町は黒板の方を眺めている。昼食はもう食べたのだろうか、と思わず当夜は気にしてしまう。


 小町の視線に入ってしまっていることに気づいた会食中の男子が身を竦める。気恥ずかしさもあるだろうが、それよりは恐れの方がやはり上だろうか。

 当夜の方はというと、恐れというよりも不思議さの方が小町に対する感情の割合としては大きかった。怖い、という断定よりも、本当はどういう人なのか、という所に意識が向いたのである。


 ゆっくり刺激しないように……意識しているのか否か、当夜は遠慮がちに小町の左隣の自分の席に腰掛けた。

 当然小町の方は何の反応も寄越さない。やっぱり、変に突っ掛かったりしなければ無害な人間なわけで、にも関わらずあれだけの噂が立っているということは却ってそのインパクトの強さの証明でもあるわけだが、当夜にはその噂の広まり方が不思議に思えるくらいだった。


 相手に気づかれないように、ほんの一瞬だけ小町の横顔を盗み見る。造形としてこれ以上ないくらい完璧といっても差し支えなく、およそ現実感がなかった。


 そんなことを思っているうちに、当夜は噂がこれほどまでに広がっている理由が少しだけ分かった気がした。告白してきた男子を次々無残に振っていったというエピソードの強烈さもさることながら、小町が雲の上の存在であることも、噂の撹拌に寄与しているように思う。小町の容貌は現実感が無さすぎて、小町に実際に触れて確かめる、ということはどうしても気が引けてしまうのだ。


 なんだか無力な感じがして、そして食後の眠気も相まって、当夜は自分の席に頭を伏せる。少しの間、だが本人にとっては長く感じられるその間を微睡(まどろ)んでいた所に、チャイムが鳴った。

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