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「何が違うの?」

 そう小町に問われて、当夜は急にドキッとした。自分が小町に魅力を感じていたこのデートの時間にあって、決定的なセリフだった。

 

 私なんて関係ないんでしょ、と言わんばかりの小町の口調――少なくとも当夜はそう感じたのだったが――それは当夜にとって大きなインパクトを有していた。自分が万智の存在から目を瞑って、小町で気を紛らわせようとしていたのが分かる。そうなると、小町に申し訳が立たない気がした。当夜は何も言葉を発することができなかった。

 

 小町だって直接的にそう口にしているわけではない。単に小町は当夜が万智に対して行っている行動を指摘したに過ぎない。だがそれでも小町に目を奪われる当夜にとっては小町の言葉はそんな意味を有していた。

 

 自分の万智に対するおかしな振る舞いの前に、まずそれが目に付く。だいたいこのデートを受けた理由だって、もしかするとそんな感情が背後にあったのかもしれないと思うと、当夜は自分が恥ずかしくなった。

 

 そして自分の万智に対する矛盾した行動。「大切に思っている」なんて嘯きながら、勝手に自分で壁を設けて遠ざけるような態度。強い視線で見つめてくる小町から、当夜は強烈にその態度の存在を意識させられた。

 

 でも、それでも……たとえその存在が分かっていたとしても、それを振り切れない何かが自分の中に存在していることを当夜は強く感じた。

「……それでも、できないんだ、僕には……」


「どうして?そんなっておかしいよ……」

 小町は依然として外形的には冷静にそう言った。

 

「大切にしているからこそ向き合うことができる。縁があるからこそ繋がることができる。そうあるべきでしょ、だってそれは何にもない人とは違うから……」

 小町は口にしてみて、だんだんと自分のことを話しているような気分になる。今自分は当夜にアドバイスをしているのだと思い込むことで、そんな気分をかき消そうとした。

 

 当夜は小町の言葉を黙って聞く。でもまだ振り切れなかった。こんなにも大きな力を有しているのは決して形あるものじゃない。思い出とか思い入れとか思い込みとか、そんな形のないものに過ぎない。でもそれは捉えどころないほど漠然とした存在として、却って形ある大きなものよりも大きな力を持っている。

 

「……でも、それでも僕らの関係は壊れないだろうか」

 当夜はごく小さい声で自信無さそうにそう言った。

「……」

 小町はすぐには答えられなかった。それは当然だ。

 

 「壊れないだろうか」それは多分、幼馴染という関係性が恋愛という文脈で塗り替えられてしまうことそのものだ。だとすれば、「壊れない」とは小町は言えなかった。いや、むしろ「壊れるかもしれない」「きっと壊れる」「壊れるに違いない」そう言いたいくらいだった。

 

 ――苦い思い出が蘇る。恋愛に走ってしまったがために、壊れてしまった色々なもののことだった。今までうまくいっていたものが、その延長線上で恋愛の文脈に入って、そして壊れてしまう。――そんな体験を根拠なく否定することなど、今の小町にはできなかった。

 

 ――それに、壊れてしまうということは――これ以上深く入り込みたくない。いや、別にそれでもいいのだろうか……小町には分からなかった。

 

 小町の気持ちは、「それでも万智とはしっかりと向き合うべきだ」という方に傾いていた。それは多分外面的にも十分だ。「人と話し合って仲良くしよう」なんて、どれだけ素晴らしい綺麗事だろう。だから、きっと答えはそれで良い。

 でもその背景を、自分が次の瞬間にそんな内容を口にするとして、その中にまた違った思い入れが存在していそうなことを小町は否定できなかつた。

 

 ――私は、私がなし得ないものをこの二人の間に見出そうとしているのではないか。私の関わった愛は壊れる。そんなことはもうとっくに自分では気付いている。私の性格が戻ったこと――それは今でも本当に善なのかどうか分からない。……もしかするとそれすらも、当夜は見破っているのかもしれない。

 

 私は――自分が人からどう見られているかということについて、誰よりも深く理解しているつもりだ。――自分を見る他人の目に気付いていないように振る舞っているだけ。実際に私の姿が人を魅了し、突き動かし、嫉妬させることなど重々理解している。ただそれは、私のおごりなどでは決してないと思う。――それは私の武器であると同時に、私を縛りつけるものでもあるからだ。

 

 その力は人を選ばない。言い換えれば誰彼構わず発動した。最早恋愛というものに対して、「運命」という言葉を嘯くようなことは私には到底できなかった。

 ――だからこそ、幼馴染という縁は小町にとって特別なものに見えた。この二人なら成し遂げられるのかもしれない、小町はそう思った。

 

 しかし、今当夜に万智に向き合えということが本当に許されるのだろうか。それは字義上は、単に仲良くしようとか、その程度の意味しか有していない。だが小町がその先に透視していたものは、間違いなく恋愛だった。


 あたかも二人を実験台にするかのような行為に、小町はためらいを覚える。それは当夜や万智に悪いというだけではない、自分に対しても不思議と罪悪感があった。

 ――それでも、それは確かに一般的に言っても正しいことだから――

 

「大丈夫、きっと壊れない」

 ――それは嘘かもしれなかった。


「思い出に囚われて、今の相手を蔑ろにしてはいけない。そうやって今を温める気持ちがあったからこそ、その関係は思い出に変わることができた。もし今を温める気持ちを忘れてしまったら、思い出としての価値は消えていってしまうと思う」


「そうやって今を紡ごうとする不断の努力こそが、価値ある過去を作っていくんだよ、きっと」

 小町はそう言ってみて、やはり尤もらしい感じの自分に不気味さを感じる。それは言動もそう、仕草もそう、外見もそう。本当は内心で動揺を抱えているのに、それが現れるときには完璧な形に変換される。とてつもなく不気味だった。

 

「……そうか……」

「僕はやっぱり勘違いをしていたんだと思う。――それが間違っているかもしれないということは直感していた――でも、それを改めることには踏み切れなかった。僕はそうやって、固定されきった関係性にあまりに安住し過ぎてた」


「うん」

 小町はやけくそ気味にそう答えてみる。――でもきっと外から見たらそれは面倒見の良い相槌に聞こえるのだろう。

 

「はは、なんだかちょっと前までは偉そうに小町に講釈垂れてたけど、今じゃそれが馬鹿らしいや」

「そっ、そんなこと!!」

 小町は咄嗟にそう反応する。その声が意外にも大きかったことに小町は気付いて、乗り出した身を引いて大人しく自分の席にストン、と戻った。

 

 食いつくように身を乗り出してきた小町の反応に当夜は驚く。そうまでして自分のことを良く言ってくれようとするのが、なんだか愛らしかった。

「ありがとう小町、でも僕もヒーロー気取りはそろそろ引退することにするよ」

「ううん、そんなこと……確かにあれで私は助けられたから――」


 ――本当は、あれが正しいことなのかどうか、今でも分かっていない。私の本来の性質というものは、さっきも言ったように諸刃の剣だ。それは強力な武器でもあれば、それが自分を傷つけることだってある。

 それでも私は当夜の謙遜を額面通りに受け取ることはできなかった。当夜が私にしたことには、その実質以上に価値があるような気がしていた。

 

「……そう言ってもらえると、僕も助かるよ。気弱な僕にはあんな勇気を発するのは一世一代のことだったからね」

「じゃあ、こうしようか。これでおあいこ、ってことでどうかな、月並みかもしれないけど」

「……うん」


 小町はそう言ってくれる当夜に、素直な嬉しさを感じていた。それは正しいとか正しくないとか、そんな尺度を超えた感情だった。

 

「……これも何かの縁、ってことなのかな」

 小町は思わずそうつぶやく。

「縁……か」


 そうやってその言葉への思い入れに浸る当夜の姿を、小町は照れくさそうに見ていた。

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