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相談相手

 当夜はここで、やりきったように、あるいはやってしまったかのように静かになった。小町はまだ黙っていた。当夜の話はまだ続く。

 

「それで、質問は最近『万智と何かあったのか』ってことだったよね」

「うん」

 小町はごく控えめに頷いた。食い入るように話を聞き、この瞬間は他の物に大して一切の意識を寄せていなかった。

 

「……正直な話、別に何かがあったというわけじゃない。偶然の再会を果たして、僕達はお互いの距離を計りながら交わっている。ただそれだけなんだ……」


「僕は嬉しい。思い出が再び現実に戻ることには初めは少し戸惑ったけれど、やっぱり万智は大切な幼馴染として傍らにいてくれるのが一番だ。時を経てみて余計にそう感じる。初めはあまり強くは思わず、別れを意識するようになってからその大切さを感じて、実際に離れてより強く感じたんだ」


「万智は僕と仲良くしてくれている。……多分、そうだ。でも分からない。仲良くしているはずなのに、気が付くとどこかで僕達は躓いている。いつしか変な空気が二人の間を流れ始めて、僕達は普通の幼馴染でいられないような気がしてくるんだ」


 当夜の話はここで切れたようだった。どうも釈然としない感じのある終わり方だったが、実際に解決していないからこそ釈然としないのだろう。小町は「うん」とまたもごく小さく頷く。同意の下で沈黙が始まった。

 

 小町は急に外界の音がせわしく聞こえるようになった。周りの話し声はもちろん、グラスがたてる甲高い音や、風が運ぶ空気の音さえも意識される。本当は静かとさえいえる環境の中でも、言葉が急かされるような感じがした。

 

 そう簡単に、軽々しい言葉を投げかけることなんて小町にはできなかった。「わからない」と答えるのが正解な気さえした。こんな質問をした自分を悔やんだりするつもりはなく、当夜が多くを語ってくれたことを嬉しく思って、それを聞き出せた自分を誇らしくも思ったが、次に自分が紡ぎ出すべきものは分からなかった。

 

「……普通の幼馴染でいられないって、どういうことなのかな?」

 恐る恐る小町は聞く。まだ小町の言葉は疑問形の域を出なかった。

 

「……」

 当夜は黙る。時々目を動かしたり、唇を震わせたりした。だが、なかなか声を発することがなかった。

 

 小町は、当夜が黙りこくる姿を見て、その原因が少しだけ分かったような気がした。それは、小町の直感とも反しなかった。

 当夜にとっては幼馴染という大切な関係を破壊するものは恋愛的文脈だ。だけど、今二人の間では、どこかでそういうものの兆しが見え始めているのだろう。

 

 小町は登校時に、よく万智と一緒に駅で出会っていた。万智は駅まで徒歩で来て、小町は改札から来る。当夜との待ち合わせをする前に、万智と小町の二人の間で待ち合わせがあった。

 

 ――私が当夜に興味を持っていること。それは明らかなこととしても、万智はどうしてわざわざこんなことを当夜にするのだろう。そう思っていた。幼馴染という関係は、これほどまでに親密なものではない気がする。ただ幼馴染であって、普段顔を合わせてさえいて、気持ちを通わせ合っていれば、強いてこうやって会う必要はない気がする。

 

 私があえて朝に迎えに行くという特殊な状況を楽しんでいるのに対し、万智にそんなことをする動機があるだろうか?私は疑問に思っていた。私は直感していた。おそらく、万智は当夜のことが好きなんじゃないだろうかと。

 

 今の当夜の話を聞いて、その考えが強く裏付けられる。そんな風に頭が周り始めると、急に自分のするべきことが強い存在感を持って現れてくるような気がした。けれどもその形はまだ曖昧で、まだ単なる頭痛の種に過ぎない。

 

 でも当夜は、そのことは決して私に口にしなかった。もしかしたら、それは自分の中の秘密として抱えようとしているのかもしれない。けれども、私はそれを察してしまっている以上、秘密にはならないし、そもそも過去が雄弁にものを語っている。

 

 そこまで思った所で、ありきたりな心が自分の中から湧き上がる。すなわち、恋愛の萌芽を見たならとりあえず応援しておけばいいという心だ。

 異性と話していたら「いい感じじゃん」と茶化す。結局はそういう行為の延長線にあること。

 

 恋愛というもの自体が果たして本当に良いものなのか、そういう是非は置いておき、とりあえず面白いもの見たさからそれを応援するような行為。それがまず自分の頭の中に浮かんだ。

 

 けれど、この状況で本当にそんなことができるのか?私は大いに疑問を持った。幼馴染という関係性を持った二人、そしてそれを壊れないように温めようとしている当夜に向かって、そんなことが言えるのだろうか?

 

 そして、そんなことを実際に言った自分を想像してみて、少しだけ嫌な気持ちになっている自分自身を想像した。もし当夜と万智が結ばれたら――それは面白いような気もする一方、自分のどこかでそのことが引っかかっていたのだ。

 

 ――私だけを見ていて、とでも言いたいのだろうか、と小町は自分をあざ笑った。……いや、違う。私がやるべきことはそんなことじゃない。

 単に私は観測者として当夜を気に掛けているだけに過ぎないのだ。

 

 自分の思考の中に小町が埋没していると、ふと二人の間の沈黙が非常に拡大していたことに気が付く。

 ――何も進展しないかもしれない、と小町は思った。しかし、そう思った矢先のことだった。

 

「多分それは、恋愛のような響きのせいなんだ」

 当夜は口を開いた。声を上げる最後の一瞬間まで躊躇した、そんな表情で。

 

「僕は幼馴染という関係が壊れることを望まない。でも、僕と万智が一緒にいるということ、それもこの高校の舞台で一緒にいるということは、恋愛という文脈を免れ得ないんだ。クラスのみんなは僕達が一緒にいるだけで茶化してくる。そういうフィールドだ。……きっと万智も同じように困惑してると思う」


「……本当に、そうかな……?」

 小町はごくごく小さい声でそう言った。

「え?」

「ううん、なんでもない」


「だから僕と万智は結局の所、こういう環境で仲良くすることは難しいんだと思う。幼馴染として親密になろうとすればするほどに、それを破壊するものの影がちらつくようになる。だから、僕は何もできないでいるんだと思う」

 自信なく断定を避けながら当夜はそう言う。

 

「……なるほど」

 小町は真剣に、真っ直ぐな瞳で当夜を見据えた。

 

 当夜は吸い込まれてしまいそうになる。そんな力を小町に感じる。途方もなく美しい存在に、自分はなんて汚い一面を吐露しているのだろうという、大げさな気持ちにさえなった。

 

「それでも――」


 小町は鷹揚に切り出した。まるで、何かを決断し、あるいは何かが分かったと言わんばかりの態度だった。

 

「あなたは思い出のために、今の万智さんを切り捨てるの?」

 途端、小町の表情が恐ろしいもののように当夜には思えた。

 過剰な美はときにこの世のものとは思えず恐ろしい。今は美のそんな側面が、小町の言葉と共に垣間見えた。

 

「それは……そんなつもりはない、僕は万智のことを大切に思っている。でも、そう思えば思うほど遠ざかっていくんだ……」


「でも、それを遠ざけているものって何?周りの視線?周りの風潮?周りの人間?そんなものってくだらないと思わない?」

 小町の態度は、当夜がかつて噂で聞いていた冷たい小町を思い起こさせた。

 

「思い出は確かに重要かもしれない、でもそれを守ろうとするために、今目の前にいる人間に近づけないなんて、そんなの間違ってる」

 小町は、自分が正しいことを言っていると思っている。――だがその一方で、このことを掘り下げれば掘り下げるほど、だんだんと危険な領域に達してしまうような気がした。

 

 だが、小町はそれをやめなかった。

 

「私と当夜だって、周りからは色んなことを言われてるはずだよ、当夜だってそれに困ってる、なんて話をしてたはず。それなのにどうして私に関してそう言われるのは許せて、万智さんについてとやかく言われることは許せないの?」


「もちろん、それだって僕は嫌だと……」


「……万智さんと同じように嫌がるのだったら、今こうして私と話してはいられないんじゃない?」

 小町は言いながら、怖くなった。踏み入れてはいけない場所に、自分がだんだんと近づいている気がした。そしてその場所は、遠くにあるようでいて自分の内にあるもの具現化であった。

 

 思いが溢れてくる。思わず言いそうになってしまう。でも、今それをここで言うのは反則な気がする。

 ――私は悪い子だ。人を助けているようでいながら、常にそれに付け込めないかと、そんなことばかり考えてしまう。

 

 別の言葉を探すことにした。そして、これが見つかった。

「ねぇ、私と万智さん、一体何が違うの?」

 内に含んだ思いを最大限抑えてなお、自分の思いはその言葉に十分に込められていたが、小町は努めて平静に諭しているふりをした。

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