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山々の起伏(意味深)

 一度安定した日常の一ページは、一旦揺らいだかと思えば、また安定した。例によって当夜が駅の改札を出ると、今日も小町と万智の姿がそこにある。何度見てもこの光景は照れくさい。友人に茶化されても反論の余地がない。

 

「おはよう、当夜」

「ああ、おはよう、万智」

「おっはよ~」

「おはよう、小町」


「今日も美少女二人に囲まれて幸せですな~、当夜殿」

 また今日も面白い口調の小町。

 またも小町が当夜をからかおうという意思を持ってやっていることは明白なので、今日はあえて肯定してみることにした。

 

「うん、両手に華で最高の一日だ。ほら、青空も爽やかだしね!」

 当夜が指し示す通り今日は雲ひとつない晴天。そしてここ数日で一番暑い。もうすっかり夏だ。――薄着の女性の多いのも、夏の訪れを――って、思考まで戯れに支配されてどうする。

 

「えっ……」

 期待はずれの声を小町が上げる。

「どうした、美しいお方よ」

 一方の当夜は相変わらずノリノリである。

 

 小町は一転、かよわい美少女のフォルムになる。いや、別に造形が突然変わったわけではない。ただ、驚くべきことに小町は周りの人に与える雰囲気を一瞬にして変えてしまう能力を持っている。何か重要な顔のパーツでもアハ体験的にこっそり操作しているのだろうか。

 

 いずれにせよ、こうなると突然小町の姿が美しく、かつ色っぽく見える。照りつける日差しに透かされるブラウスが(比喩表現であり決して内容物が見える現象のことではないが)衣干すてふあまの香具山であり、山々の起伏は大変に――いや、やめよう。これ以上は良くない。

 

 そして透き通った目つきで、透き通った声を通わせながら小町は一言送る。

「えっと……そういうのは気持ち悪いと思うよ……」

「は?」


 当夜はおおげさに「ホワット!?」のポーズをして即応オープン。その瞬間瞬間を認識することには脳のリソースが足らず、しばらく時間の経った後にようやく認識できたのは自分が稀代の美少女に罵倒されているという事実だけだった。

 

「い、いや、そういうつもりじゃなくて……」

「きゃ!?近づかないで!!」

 当夜は思わず涙目になってしまう。いよいよ干された衣を涙で濡らしてしまいそうだ。――いや、そのシーンを想像したら本当にお縄モノだ。

 

「あっ、そうだ、万智、今のをどう思う、万智なら分かってくれるよな!!」

 すっかり和解した……少なくとも当夜はそのつもりである万智に当夜は救いを求める。

 

「うん、当夜がかわいい女の子に迫られて、ついに本音をしゃべるようになったってことは理解した」

「そうそう……、いや、それは……ちが……とも言えない?」

「うんうん、でも確かに小町さんは同性から見ても素敵だから、そういう目で見ちゃうのも仕方がないかなぁとは思うけどなぁ……」


「いや、そういう目って何さ!?別に僕はちょっとノリに乗っただけで、別に口に出してあまの香具山の起伏の魅力の話をしたりはしてないだろ!!」


 すると、小町またくだんの表情にぞもどりて、

「はて、あまの香具山の起伏とな」

 となむいいける。

 

「あ……」

 思わず当夜は自分の思考を口に出してしまった。

「ごめんごめ~ん、流石にさっきのは冗談だからさ、で、あまの香具山の起伏とはなんでしょな?」


 万智は何のことか分からずポカーンとしながら二人の会話を見ていたが、小町の方はなんだか薄々勘付いているようだった。「意外と見てるのって分かるよ」ってやつなのだろうか。

 

 その後、当夜は教室に着くまで必死に誤魔化したが、多分小町の方はもう察している。

 


 時折教壇に立つ先生の言葉が経文か何かのようにしか聞こえないときがある。そして今がそのときだ。

 授業中、当夜の意識はだんだんと遠のいていく。別に昼休み明けの授業でもなんでもなく、まだ午前中。

 

 まだ疲れたということはないはずだから、きっと退屈しているのだろう。人の話を聞き続けるほど退屈なことはない。

 

 堂々と顔を伏せて最後列で眠りを享受している当夜を横目に、授業は淡々と進んでいく。別に一人くらい話を聞いていなかろうが、何十人というクラスの動向には影響しない。

 

 そして、その状態のままにチャイムが鳴る。前の方の席の生徒が、ごくごく小さな声で号令を掛けたが、当夜にはそれは聞こえていないようだった。

 そのまま先生は去っていった。当夜はずっと眠り続けたままである。

 

 当夜ははっと目を覚ます。そして、「ここはどこだ?」という素振りで辺りを見回す。夢と現実と境が曖昧になった時、人は戸惑うのだ。そして、必然の帰結として隣の席に座っている美しい少女の姿が目に入る。

 ……まるで夢のようだ……と寝ぼけ頭の当夜は思う。

 

 そろそろ当夜の頭も自身が現実にいることを徐々に理解し始めているが、目の前の光景はその思考を放棄させるのに十分な魅力を誇示していた。

 

 そして、かの少女はこう口にする。

 恥ずかしそうに顔を赤らめて、もじもじとしながら。

 

「……見せてあげようか……?」

 当夜の心臓が跳ね上がる。

「みっ、みせるって……なにを……!?」


 当夜の頭の中には朝繰り広げた妄想(いや、回想か)がフラッシュバックする。

 

 さらに照れながらその少女は続けた。

「……ノート//」

 

 ……当夜はしばらく相手の言っていることを理解できず、ポカンとした顔をした後で、動揺のあまり沈んだ。

 その様子を小町は、とても楽しそうな表情で眺めていた。

 

 そして、後ろの席の生徒もそのような情けない当夜の姿を見る。

「ふーん、なるほどね……」

「……まあ、男の子だもんね」

 当夜の幼馴染である万智は非常に察しが良かった。

 

「えっと……小町さん、お願いします……」

 しばらくして復活した当夜がそう口にする。

「うん、それは良いけど、私でどんな妄想をしてたの?」


「いや、別に色々見せてくれる想像とかはしてないですね」

 かしこまって当夜は間抜けにそう言う。

「まあ、図星ってことだね……」

 後ろから万智が口を挟んだのに、当夜は驚いて振り向く。

 

「それじゃ、みせて、あ、げ、る」

 小町はそういたずらな口調で言った。

 当夜は急に恥ずかしくなってもう一度沈むことと相成った。

 

 この後滅茶苦茶ノートを写した。

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