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放課後

 名もなき放課後の廊下を歩いていると、当夜はとある教室に見慣れた生徒の姿を発見する。その塊は当夜の前のクラスメイトの生徒達だった。教室にはその一団しかいなかったので、当夜も気楽にその教室を訪れてみる。

 

「お、当夜じゃん、久しぶり」

 その中の一人が近づいてきた当夜に気が付いて声をかける。

「やあ、何してるの?」

「見れば分かるよ」

 

 そう言われて、一団の様子を見ると、机をみんなで囲んで何かをやっている様子。その机を上をよくよく見てみると。

「それ、何かのボードゲームか?」


「そうそう、海外製のゲームなんだけどな、これが案外面白くて最近放課後によくやってるんだよ」

「へぇ、そんなことしてたのか」


 用もないのに放課後の廊下をふらつこうなどという気分になったのは久しぶりだ。そんなことをした所で何を得られるわけでもない。けれども、一人寂しく下校することも選べない勇気の無さに今当夜は直面していた。もしそうなってとぼとぼと通学路を歩いていったら、漠然とした何かに押しつぶされてしまいそうだった。

 

 それよりは学校の中にいた方が、何か用事をやりかけているような錯覚に落ち入れて当夜には都合が良かった。

 

「うわっ、そんな戦略ありかよ……」

「あいにく、俺は勝負に辛いからな……」

「流石大将、ボードゲームでも冴えてるな~」

 この面々は純粋に楽しそうに遊んでいる。当夜はそれが少しだけ羨ましく見えた。

 

「そうだ当夜、この回が終わったら当夜も参加するか?今なら初心者向けレクチャーの特典付きだ」

「いや、僕は見てるだけで十分だよ、頭が回りそうにない」

 当夜は表で微笑みながら、内に切なげな表情を隠した。

 

 プレイヤー達の賑わう様子を当夜は引き続き観戦する。見ているうちに、「こんな青春も楽しいのかな」という気がした。その思いつきでは自分自身がどうであるかという課題はひとまず置かれていた。

 

「くそーーっ、悔しいなぁ……、絶対逆転を果たしてやる……」

「ふふっ、このリードはもう覆せないよ、さあこれでどうだ」

「くっ、慈悲はなかった……」

 決闘に破れたプレイヤーが崩れ落ちて机に突っ伏す。

 

 かと思うと、もうゲームの方に希望が無くなったと見てか、その生徒は当夜に

話しかけてきた。

「そういえば当夜、お前最近美少女をここぞとばかりに侍らせているようだな」


 「ここぞとばかり」というニュアンスには多少の不平があったが、その事実に関しては正しいのである。当夜は開き直ってみることにした。

「ああ、そうだが、何か」

 当夜は眉一つ動かさずポーカーフェイスで応対する。それが意外な気迫を持っているように生徒には感じられる。

 

 そのため、かの生徒はなんだか自分が当夜を怒らせてしまったかのように感じて、

「あっ、いや、当夜、ごめんな、俺は男女交際を否定するとかそういう意図はないんだ……ごめん、今後は気をつけるよ」

「ああ……」

 そしてやはり当夜は眉一つ動かさない不動の表情を貫く。

 

「あぁ?」

「いや、ちげーよ、てかそういう風に突然真面目になられるとこっちも応対しづらいんだけど!?半分冗談で開き直ってるのを察してくれよ!!」


 当夜の怒涛のまくし立てに相手方は怯む。

「おっ、おう……」

「後交際もしてないからな!!」


「まだ?」

「そうだ」

 当夜は胸を張ってそう言う。……別に誇るべきことではない。

「……ん?、いや、まだじゃない!!」

 ……そして未来永劫ない……と当夜は繋げようとしてやはり躊躇した。

 

「当夜、結構ツッコミが冴え渡るようになったんだな」

 今度は別の生徒が茶々を入れる。


「それは僕が侍らせている女のせいだろうが!!」

 別に相手方にとっては自明の事実というわけでもないのだが、主張の強いあまり語尾が「だろうが」になる。

 

「まあ、侍らせているのは事実なんだな」


「いや、それは君の冗談に乗って上げただけで実際は――」

 と言い掛けて、やはりそれが紛れもない事実であることが脳内を駆け巡る。自分の頭の回転の早さを当夜は恨んだ。

 

「もういい、それでいいけど、能動的に侍らせているんじゃなくて受動的に侍らせているだけなんだ……」

 反論や言い訳の気力を失って、使うべき語彙を考えるのにさくリソースもなく、「受動的に侍らせる」という表現が爆誕した。

 

 当夜がそう言うとゲームプレイヤーの一行は全員で笑い出す。

 

 当夜はゲームを見て馬鹿話をしているうちに、なんだか生産性のないことだな、という思考に至った。けれども、自分が今抱えている漠然とした悩みこそが生産性のないことである気がして、なんだか自分が笑えてきたし、同時に、目の前で馬鹿みたいに楽しんでいる友人がなんだかとても強い存在に思えた。

 

 やっとの所でその会話は一応の帰着を見せて、ほどほどの緊張感でゲームが再開される。当夜はそろそろ頃合いかと、ゲームが一段落した所で教室から立ち去ろうとする。

 

「また今度な」

 元クラスメイトの一人が当夜に声を掛ける。

「ああ」

 当夜はさりげない返事を返した。

 

 

 当夜はまた一人で廊下を歩き始める。……といっても、廊下を徘徊するのは家の近所を散歩するのとはわけが違うわけで、まさか他学年のフロアーを散策するという奇怪な行動にでるわけにもいかず、当夜は自分のクラスと同じフロアーを歩き尽くしてネタ切れになる。仕方がないので自分の教室に戻っていった。

 

 戻っていく途中、先程ボードゲームを見ていたときにこぼれてきた笑いがまた吹き上げてきた。廊下には誰もおらず、吹奏楽部の演奏だけが響いている中、その笑みは当夜の顔にこぼれていた。

 なんだか自分が悩んでいることがとてもバカバカしくなったのだった。

 

 そして、ボードゲーム観戦で得た楽しい気分を持ち帰りながら教室の扉に手を掛ける。その直後に当夜は、扉の窓越しに教室に居残っていた一人の人物の姿を捉えたが、扉に掛けた手はもう横にスライドされ始めていた。

 

 そして気が付く。

「「あっ」」

 お互いに声がこぼれて、もう無視が効かなくなる。

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