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誘い

 数日過ぎ去って、テストの日程が全て終わる。教室にいる生徒は皆勉強からの解放感を覚えているのかやけに賑やかだ。

 テスト最終日も例によって午前授業で終わるため、遊びの約束を取り付ける者も多くいた。

 

 そんなホームルーム前の時間。当夜はというと、とりあえずテストが終わって安堵してみるものの、だからといって特段今やりたいことがあるわけでもなく、自分の机に座ったままぼーっとしていた。

 

「当夜!やっとテスト終わったね~」

 小町が右隣の席から突然身を乗り出してそう言ってくる。

 当夜が右に振り向くと、思ったよりも小町の顔が近くにあったので戸惑う。

 

「あ、ああ、そうだな」

「それじゃ放課後はどこ行く?ショッピング?映画?それとも……」

「いやいや、それはないだろ」

 当夜が平らなトーンでそう口にすると、小町は当夜の顔を覗き込むように見てくる。

 

「なっ、どうしたんだよいきなり」

 深淵を覗く者が深淵からまた覗かれるように、当夜を覗く小町の顔が当夜の視界にでかでかと映る。もう見慣れた顔だが、やはりその精緻な造形と、それを生で目撃することによって感じる質感には心を奪われてしまう。

 

「いやー、なんか当夜元気ないなーと思って、何かあったの?」

「どっ、どうしたんだよいきなり、……僕はいつもこんな感じだって、小町のテンションが高すぎるだけだ」

 依然として小町の顔が近く、当夜はドキドキする。

 

 だが、その胸の高揚をもってしても覆らない心があった。

「うーん、私が思うに、その表情は悩みを抱える少女の顔だなぁ……女か?女か?」

「少女じゃないって」

「ほら、なんかツッコミが浅いよ、今日は」


 小町がそれを指摘すると、当夜は思わずはっとさせられる。それが外に出ているのか否かは別としても、自分の心の中でなにかしら引っかかっているのは確かだからだ。

 

「あっ、万智ちゃん万智ちゃん」

 何か用事を済ませて自分の席へと戻ってきた万智に小町が声を掛ける。

 ……当夜はやはり、ほんの少しだけその姿を省みると、なんだかむずがゆくなってまた元の方向に振り向き直す。

 

 だが万智は窓の方を見つめて上の空という感じだ。

「万智ちゃんってば」

「えっ!?、あ、うん、何かな?」

「えっとね、なんだか当夜が元気がないみたいだから、元気付けてあげてほしいな~って」


「……」

「えっ、えっ!?どうして、いきなり?」

「ほらほら、早く早く~」

 小町の無茶振りに万智は困惑の表情を浮かべる。

 

 万智は無理やり当夜と正面から向き合わされる。いきなりの展開に、当夜は思わず背筋を伸ばした。

「えっ……えっと……」

「……」


 五パーセントの視線だけが交錯する。目線を逸らしても、自然とそれは相手の方にまた吸い寄せられて、それが合うとまた相手から逸らす。そんな動作の繰り返し。


「……元気になあれ……なっちゃって」

「いや何やってるんだろう私……」

 胸でかかえた両手を開いて、そこからそれを翻して腕を前に広げるポーズ。抱きしめてとでも言いたいのだろうか。

 

 当夜は少しかわいいと思ってしまった。だが、それを顔に出さないように……

「かわいい~万智ちゃん、これで当夜も少しは元気出たかな?」 

 小町がまたやけに近い距離感で当夜に聞く。

 こらえていたのに、当夜は思わず笑ってしまった。

 

「ほ、ほら、やっぱり笑われてる……」

 万智は我に返ったようにしょんぼりと。

「あ、いや、そういうことじゃなくて……」

 当夜はその様子を見て弁解した。

 

「ほうほう、と言いますと?」 

 小町がこのタイミングで合いの手を入れてくる。

 と、ここに来て当夜はなんと言えばいいか困る。正直かわいいからと思わずにやけてしまったとは言いづらい。だが……

 

「やっぱりなんでもない!!」

「ほらほら、照れちゃって、と・う・や、くん」

 小町は不敵に微笑みながらお得意のからかい顔。

 

 ともかく、これが当夜の久しぶりの万智との会話(?)だった。

 

 

 週が開けて、再び普通の一日が戻ってくる。と言ってももう夏休みも近く、学校もロスタイム突入という感じだ。

 またいつものように学校の最寄り駅の改札を出ると、見慣れた二人の姿があった。

 

「おはよー、当夜」

「お、おはよう」

 まるで何事も無かったかのように……声をかけてくる二人。

 

「お、おはよう」

 テスト期間中にはなかったイベントなので、当夜も思わず煮え切らない返事をしてしまう。その様子が、小町からは戸惑う万智にシンクロして見える。

 

「さっ、今日も張り切って学校いきましょー」

「う、うん、そうだね」

 いまだに万智との距離感を掴めない当夜が、二つ返事でそう答える。

 

「なんか、そのキャラにも違和感なくなってきたよね、最近」

「私は元々こういう人間だったんだよ~」

 第一印象はどこへやら、すっかり騒がしい……もとい元気な態度で小町は接してくる。

 今日は、それがとてもありがたく思えた。

 

「ねえねえ、もうすぐ夏休みだけど、当夜は何か予定でもあるの?」

「何もないよ、どうせ夏は暇人だから」

「じゃあじゃあ、今度どっか行こうよ、一緒にさ!」

 そう言われてしまうと、これってもしかして……デート?という思考回路に陥ってしまい当夜はショート。

 

「あれ?どうしたの?当夜?」

「あ、うん、大丈夫だから……」

「それじゃ、万智ちゃんは夏休み何か予定あるの~?」

「あっ?へっ?私!?うーん、特には……」


 明らかに万智は動揺しているようだ。当夜の目にもそう映る。その事実が、当夜の抱くもどかしさを一層強くする。

 

「それじゃ、三人でどこか行こうよ~、花火大会とか!」

「はぁ……それなら……いや、待てよ、これもデートか……?」

「デートがどうかしたって?」

「いや、なんでもない、なんでもないです小町さん」


「ふーん」

 小町は含みのある表情をしたまま歩みを進めた。

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