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動き出して

 テスト期間の朝の教室にはちらほらと勉強をしている生徒が目につく。普段は始業時間の早さに苦しんでいる生徒だが、いざテスト直前となると始業前の時間さえ重要だ。

 当夜もその例に漏れず早めに学校へと向かう。

 

 当夜が教室に入ると、そこに広がっていたのは驚きの光景だった。

 

「ああ、なるほど、そういうことか……、教えてくれてありがとな」

「ううん、気にしないで、このくらい」

 

 教室の後ろ側、当夜の席のごく近くで話をしている男女の姿が目に飛び込む。この時間に教室にいた生徒はこの二人だけだった。

 

「お、当夜、おはよう、今日は早いな!」

 快活な声で和光は当夜に挨拶した。

 

「おっ、おう……」

 当夜は反射的にそう答える。脳はまともなあいさつを交わせるほど回ってはいない。

 

「おっはよ~っ当夜!!今日もいい天気ダネ~」

「えっと……小町……?」

 ここ数日話をしていなかった小町が、また普段通りの元気な声を掛けてくる。

 しかし当夜はまだ状況が掴めない。

 

「……いや、どういうことだ……、和光、と小町、だよな……?」

 当夜は扉入り口のすぐ前で立ち尽くす。丁度その扉から入ろうとした生徒が邪魔になっている当夜の姿を見て、諦めて教室の前側まで歩いていった。

 

「……まあ、そうだな……、珍しいか、やっぱり?」

 和光は少し声のトーンを落としてそう言う。ただ、その顔に映っているのはためらいの色とか困惑の色ではなく、和光はただ微笑みながらそう言った。

 

「まあ、確かに」

 この短いやりとりの間に、当夜は和光の抱いてるであろう思いに思考を巡らせる。「ついに決心が着いたのか」とか、そういうことを言う気にはなれなかった。

 

「……そっか、当夜は私達のこと知ってるんだよね……」

 小町が流れを変えるようにそのことについて言及した。

 和光と小町が中学の時に付き合っていたという事実。小町の今までの性格に少なからず影響を及ぼしていたあの事実のことを。

 

「……そうだね」

 当夜はどんな表情をして良いか分からなくなる。自分の方に何か引け目があるわけではない。けれども、何を考えているのかまだ分からない相手のことを思うと、迂闊なことはできないし、言えないという気分になる。

 

「それじゃあ……また二人だけの秘密が増えちゃったね」

 そこに当事者はいるわけだが。

「……そうだね」

 やはり迂闊に物も言えない当夜はそう答える。

 

「これで私は、当夜に一糸もまとわない姿を曝け出しちゃったわけだ……」

「……そうだね」

 当夜はやはりここでも真面目に答える。なにがしかの感情を抱えている相手に、真剣に向き合う。

 

「これで、身も心も……」

「……うん」

 和光は真剣な面持ちで二人の様子を見つめる。

 

「……責任、とっ……


「なあ、途中からおかしいよなぁ!?」

 思わず当夜らしくない荒い口調が飛び出す。

「きゃ、乱暴ね」

「教室にもぼちぼち人来始めてるからな!!誤解を招くような表現をするな!!」


「いや、別に人がいなければいいって問題でもない、だいだい身も心もってなんだよ!!心はともかくお前の裸はまだ見てねぇ!!」

「あっ、それはまだなのか……」


「和光!これは違うから!!まだ何もない!!……じゃなくて今後も何も……」

 当夜は、なぜかその先を口にするのを戸惑って濁した。

 

 しどろもどろになりながら、当夜は抗議を表明する。

「もう、変に気を使って損したよ……」

 小町の気持ちを案じた結果、またからかわれてしまった。

 

「ううん、感謝してるよ、当夜には」

「え?」

「感謝してもしきれないよ、当夜がいなかったら、こうして今咲哉とまた話すこともなかったかもしれないしね」

「小町……」


 突然そのことに言及されて、当夜は思わず感動する。

「ああ、ありがとうな、当夜」

 和光も小町に続いた。

 いざそう言われてみると、当夜は急に照れくさくなった。

 

「あっ、万智ちゃん、おはよう~」

 当夜が和光の言葉を噛み締めている間に、小町がそっぽから声を発する。

 思わず当夜がその方向を振り向くと、そこには万智の姿があった。

 

「あ、うん、おはよう」

 ……この挨拶は自分に向けられたものではない。当夜はそう感じた。ここ数日、お互い前後の席の万智とは一言も交わしていない。今日も例に漏れず、何も言葉が出てこなかった。

 

 テスト用紙を回すときも、顔を合わせることもなく淡々と紙を渡すだけ。もちろん一言も発さない。なんだかいつの間にかこんな雰囲気が二人の間に確立してしまった。その前までは毎日何かしらの会話をしていた仲だったのに。

 

 和光は自分の席まで戻って、教室後方の一団は皆自分の席へと戻る。当夜にとっては、自分の意思で戻ったというより、戻されたという感触だった。

 

 他にやることもないので、今日の分のテストに備えて参考書を開く。やがてテストは始まって、昨日と同じような一日が流れた。

 

 テストが全て終わる。出来はまずまずだが、無味乾燥な学校のテストには慣れきってしまっていて無感動だった。帰りのホームルームも早々に終わる。

 生徒が散りだした瞬間だった。

 

 当夜は自分の席から立ち上がって、軽く後ろを振り向く。

「じゃ、じゃあな、万智」

「……!うん、」

 

 当夜は逃げるように廊下に出る。出た後で、自分の上ずった声を恥じた。そして、そんな些末なことを気にかけている自分のことも恥ずかしくなった。

 当夜はどうしてだろうと思う。どうしてか分からないけれど、二人の間で流れているおかしな空気の存在が。

 

 それはただ「恋人同士」と口にしたことによって生まれたものとは思えない。もっともっと根深いものが、そこにある気がする。だけど当夜にはそれが分からなかった。

 

 いや、「分からないふり」をしているのかもしれない。

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