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孤独と

 あの後、早々に当夜と万智は解散した。いつものように万智が自宅の反対方面まで当夜の方に付いてくることもなかった。


(なんかものすごく気まずい感じになっちゃったな……)

 途中まで純粋な気持ちで「恋人同士」なんて言葉を投げかけていた当夜だったが、万智の異様な反応を見て次第に変な空気感に気が付く。


 それに気が付いたときに、初めて「自分はなんて恥ずかしいことを口にしているのだろう」という罪悪感、否、もっと複雑な感情に囚われた。


 それでも当夜の中ではその疑問は大きな意味を持ち続けていた。成瀬が何気なく口にした内容が、頭の中で反芻される。「幼馴染だから恋人ではない」。その理屈がどうしても引っかかってしまう。

 でも……


「まあいいか、僕と万智は別に恋人ってわけでもないしな、もう」

 そう言って当夜は自宅から出て少しだけ辺りを散歩しながら公園に向かった。


 風景の情報が頭の中で上滑りしているのは、きっとそれがあまりに見慣れすぎているからだと当夜は思っている。

 だが、実際にはそれだけではなかった。


 自分が思わず「もう」と口にしていたことに気が付いたのは、その公園にたどり着いた直後のことだった。


 ――


 自分の心が震えるのを感じる。

 彼の口からは、予想だにしない言葉が繰り出された。

 それは、今まで自分が目を背けようとしていたこと……だった。少なくとも本人はそのつもりでいた。


 予想外の方向から飛んできた「恋人同士に見える?」という問いに、万智はただ呆然としていることしかできない。

 万智はあの後すぐ帰宅して、自宅の近くの公園まで散歩していた。


 自分の中で渦巻いている感情の名前が分からない。分からないけれども、その感情があることによって、自分の中で恐れが生じているのを感じる。

 分からないものだから、怖い。そうであれば、それは当然抱くべき感情だろう。だが、その不明な感情は、それ自身が恐ろしいニュアンスを帯びていた。その全容はよく分からないといっても。


 万智がしばらく公園のベンチに腰掛けていると、サッカーをして遊んでいる二人の少年達の姿が少し遠くに映る。すると、一人の少年が突然転んでしまった。

 もう一人の気の優しそうな少年は彼のもとに駆け寄る。すると、彼は何かを口にして立ち上がった。


 万智には彼が何という言葉を口にしたかは聞こえない。だが、それは不思議と容易に想像できた。きっと、「なんでもないよ」とか「どうってことない」という言葉なのだろう。


 ――その言葉が、今までの自分を映し出す鏡のように映る。そうだ、今までの自分はまさしく、「なんでもない」、「どうってことない」という振る舞いをしていたのだ。

 本当はもしかすると、少なからぬ痛みを負っているのかもしれないのに。


 そして、彼の今までの振る舞いも「なんでもない」に違いなかった。


 ――それなのに、どうして今日は――


 


 気が付けば高校はもうテスト期間に入っていた。

 テスト期間の高校の雰囲気というのは、普段とはどことなく違う。少し張り詰めているようにも思えるし、浮き立っているようにも思える。


 テストというのは一人での戦いだ、と当夜は思っている。……なんて格好付けた言葉を使っても、別に真剣な思い入れを持っているわけでもないが。

 でもその程度はともかくとして、一人の戦いであることには変わりはないだろう。


 テスト中、どうしても分からない問題を苦渋の決断で飛ばして、ペンの動きを止めないようにする。大抵この手のテスト序盤に時間をかけすぎると痛い目に会うことは経験的に分かっている。


 ……この雰囲気のせいかな、と思った。

 当夜はあれから万智と一言も言葉を交わしていなかった。それは、今が一人で自分に向き合う期間に他ならないからなのだろう、と。


 どうしても話しかけづらかった。尤も、話かけることができたとして、当夜には何を話すべきかは分からなかっただろう。でも、いつかはそうしなければならない気がした。


 自分の思考に深入りするのもほどほどに、ただの単純暗記の問題にペンを滑らせる。


 

 初日の分のテストが全て終わる。今日の当夜は、万智にも小町にも一度も話しかけられなかった。ここ最近ではとても珍しいことだった。万智はともかくとして、小町もここ数日はやけに静かで、自分の机で真面目にテスト勉強に勤しんでいるようだった。


 周りのクラスメイトも、直前のテストの感想交換こそすれ、放課後になると早々に別れていく。やはり皆が一人の戦いをしているのだな、と当夜は思った。

 当夜も月見野や和光と少しばかりテストに関するお喋りをした後、一直線に家まで帰った。


 

 当夜は自宅で机に向かう。強いられた勉強のせいか、どうしてもモチベーションが湧いてこない。

 参考書への書き込みに疲れて、自分の部屋からぼーっと窓を眺める。視界には見慣れた住宅地しか入ってこない。当夜にとっての情報量はゼロで、それは空っぽのキャンバスと同じだ。


 無心になると、自然に内省が自分の中に生まれてくる。……今まで何度も何度も、浮かんできた思考だ。……何も具体的な形を持っていないのに、なぜか万智のことばかりが自分の意識の中に上る。でも、自分がそれについてなんとかできるというわけでもない。まだ何の形も持っていない考えしかないのだから。


 自分のことを考えているはずの時間が、いつの間にか人のことを考える時間にすり替わっている。だが、いくら考えた所で、目の前に相手がいるわけでもないし、何か話かけたりできるわけでもない。おまけに今は勉強以外の話を持ち出すような期間でもない。


 当夜はとてももどかしかった。そして、たとえこのもどかしさを乗り越えた所で、当夜は自分にはまだ何もできないことを知っている。たとえ相手が目の前に現れた所で、何かが進むわけではなく、気まずさが加速するだけだ。……ここは自分の部屋であるわけだし。


 夜は長く、そして暗かった。

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