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一度離れた二人の距離

「当夜、学食行こうぜ~」

「はいよ」

 昼休み、和光が当夜に声を掛ける。今日は小町や万智の妨害が入る前に昼飯の先約を取り付けることができた。平穏、平穏。

 

「月見野は?」

「なんか用事があるんだとさ」

「ほらほら、早くしないと置いていくぞ~」

 キャッキャ、ウフフ。失敬、これは男同士だった。いや、別に男同士のキャッキャウフフを否定しているわけではなく……

 

 当夜は小走りで和光の所まで追いつく。

「最近モテモテだな、当夜」

「開口一番がそれか、帰るぞ」

「ごめんごめん、ただのジェラシーだからさ!若気の至り!!」

「それって許しを請う時に使える日本語だっけか?」


 男同士だと当夜も自然体でツッコむことができ、リラックスできる。――待てよ、いつから僕はツッコミキャラに……

 

「でもな、本当に当夜も変わったよな、一年の時に比べたら」

「ド陰キャだったのがやや陰キャになったってことか?」

「まあ、そういう言い方もできるんじゃないか」

「無理やり変えられている、ってのが正直な所だけど」


 廊下を歩きながら、二人は軽口を叩き合う。当夜と和光は一年生の頃からの仲でそれなりに仲が良い。

「そういや、もうすぐテストだけど、調子はどうだ?」

 和光がそう尋ねると、当夜はつい先日の出来事を思い出す。

 

「あぁ~、まあ、まあ」

 当夜は上の空で、いかにも怪しい素振りでそう言った。

「まあまあ?さては当夜、全く勉強してないんだろ、まあ当夜はたいして勉強しなくてもそこそこはできるからな、そこそこは」

「い、いや、そういうわけではないんだけど……」

 

 先日は万智の家で滅茶苦茶(中略)したわけだが。

 まさかそんなエピソードを発言力のある友人に知られるわけにもいかず、当夜は返事を濁す。


「??まあいいや、お互い頑張ろうぜ、当夜だって国立志望だろ?」

「あ、ああ」

 和光は当夜の態度を少し訝しく思いながらも、なんでもない風に歩いてみせた。

 

 当夜は先行する和光を横目に首を左右に振る。

「いけないいけない、このことは当面忘れよう……二人だけの秘密……、いや、そんなコードを振ってたら余計生々しくなるな……」


 そして、和光が自分自身の顔を隠すようにして自信なさげに歩いていることに気が付いた。

 

 

 食堂に着いた二人は、料理をカウンターで注文して、確保しておいた机に運ぶ。そのタイミングは首尾良く二人ほぼ同時だった。

 庶民的な雰囲気の中でもやや小洒落た空間であるテラス席には座り慣れているから、当夜は意識的にそれを避ける。尤もその前に和光はなんでもいいや、という様子で席取りをしたのだが。

 

 二人はほぼ同時に着座する。広いテーブルの角の一角に向かい合わせになる。当夜は注文した丼ぶりに手をつけながら、しばらく空気を読んでいた。

 

 さっきまで世間話をしていた和光は、食べ始めると途端に静かになる。もちろん食べている間は人とは絶対話さず、目の前のごちそうに集中するという食にこだわる人間もいるだろうが、和光は実際そういうタイプでもない。

 

「それで、どうしたんだよ、今日は」

 箸を休めている間、当夜は何気なくそう言った。自然に何気ない素振りになったというよりは、努めて何気ない素振りになるようにした。

 

「いや、特になんでもないけど……、ただ久しぶりに当夜と二人で飯でもと」

「なんでもない人間はここで怪しがるものだぞ」

 和光は当夜のその言葉を聞いてはっとさせられる。

 

「何かあったんだろ、話してみなよ」

 箸を進めながら、当夜は慣れているかのようにそう言った。

「……どうして、それが……」


「まあ、月見野が忙しいなんてことは天変地異が起きない限りありえないだろ、どんな用事でもすぐ片付けるタイプだしな、まさか休み時間にそれをやらないさ」

「まあ、そうかもな……」


「それに、まだ終わってなかったなと思って」

「……どういう意味だ?」

「それはこっちの話」

「それで、何か相談するつもりで誘ったんだろ?どうしたんだ?」


「ああ、実は……」

「別に何かがあったというわけでも、大したことでもないんだが……」

 ややしどろもどろになりながら和光は言う。普段はさっぱりした口調で物事を口にするが、今日の和光にはその面影はない。

 

「うまく表現できないんだが……」

「小町、元気にしてそうかな、と思って」


 当夜はその言葉を聞いて、「やっぱりか」と思う。

「それは疑問形かい?それとも確認か?」

「分からない」

「そうか」


 騒がしい食堂の中で、二人の間でだけ場が静まった。

「……確かめてみたらどうだ……?」

 当夜は一度箸を完全に置いて、和光を見据えながら真剣にそう口にする。

 

「でも、そういうわけにもいかないだろ」

「別にいくだろ、そういうわけに」

「でもな……」


「別に遠ざけられてるわけじゃないさ、あるのはお互いの間に走っている気まずさだけだよ」

「……そうなのかな」

 和光の口調がいつもより少し弱々しくなる。

 

「長い間話してないと、別に嫌いになったわけじゃなくても距離のとり方が分からなくなるんだよ」

「それは当夜の経験談か?」

「……鋭いな、その通りだ」


 当夜は自分の口を突いて出た言葉に自分が驚かされる。でもそれは確かに事実だった。再会した時には、万智はかつての姿からは別人のように見えた。以前と同じように、なんてそんなうまい振る舞いができるようになったのはつい最近……いや、確実にまだできてはいない。

 

「でもまあ、きっかけは何かしら必要だろうね……頭でいくら分かっていても、もう一方の頭はそれをやめようとするから」

「作るさ」

「え?」


 当夜は自分が昼食の場にいることを半ば忘れていた。それは和光も同じだった。

 

「話すきっかけは、もう既にあるだろ、小町はもう自分を取り戻したんだ」

「……でもそれは、外発的な動機だろ、それじゃ行動は起こせないって」

「だから、自分向けのきっかけは自分で捏造することにしたんだよ、ありがとな、当夜」


 いつの間にか食べ終わっていた和光は、そのまま立ち上がってすぐに当夜のもとから去る。それがあまりにさっぱりし過ぎていると感じたのか、食堂の出口の所で当夜に手を上げて改めて感謝を表明した。

 

「やっぱり、相談なんかしておいて、僕なんかよりよっぽど大人なんだよな、あいつは」


 当夜もまた食器を返却して教室に戻った。

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