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異性と二人きりになるケースについて。

(私ったら、一人で勝手に緊張して、馬鹿みたい……)

 万智の方も万智の方で、自分だけが緊張してこの場に臨んでいるのだという見当違いな思い込みをしてみせる。

(当夜も流石に慣れない感じだけど、それはここが当夜が初めて来た場所ってだけだろうし……ああ、なんでこう、私一人だけ勉強に集中できないかなぁ……)


 そう思って万智は顔を上げてほんの少しだけ当夜の方を見る。当夜は真剣そうに参考書をやっていた。


(な、なんか万智に見られてるけど、どうかしたんだろうか……?と、とにかく今は集中してるふりをしよう……)


(ほら、やっぱり当夜は勉強会、っていう名目通りちゃんと集中できてるのに、なんでこう、私ばかっり落ち着かない感じで……)

(べ、別に当夜を誘ったのも他意があるわけじゃなくて、純粋にテスト勉強仲間と一緒に勉強したいなぁ~、と思ったからだし)

(でも、なんで当夜じゃなきゃダメだったんだろ?)

 自分の内なる声に万智は尋問を受ける。

 

(そ、それは……私はまだ転校してきたばかりで、そこまで親しい友人がいるわけでもないし、それに、当夜は幼馴染で久しぶりに再会したんだから……)

(じゃあ、小町さんとかも誘えば良かったんじゃない?)

(そ、それは……)


 自分が意図しないうちに鋭い質問がどんどん万智の中で浮かんできてしまう。それに応じないのもなんだかバツが悪いし、応答すればするほど深みに嵌ってしまう。

 

(ううん、今はそんなこと考えてる場合じゃないし、集中、集中……)

 小町は努めて意識を自分の尋問から逸らそうとする。だが、そうしようとすればするほどその意識は強くなっていくような気がした。どうしてこうしなかったんだ?なんで当夜なんだ?なんで自分の家なんだ?という質問がどんどん湧き上がってくる。

 

 万智は日本史の教科書を取り出す。とりあえずは、この教科書を一読しておくことにする。ただ黙読するだけだから、実際の所そんなに勉強効率は良くないのだが、高度な作業も必要なく、注意散漫な今の状態にはぴったりだ。

(さあ、また気を取り直して集中、集中っと……)


 そして教科書の記述に目を通していく。しかし内容が全く頭に入ってこない。文字を解釈するという作業が、これほどまでに集中力に依存するものなのだということを初めて知る。

 

(それで、なんでわざわざ自分の家に呼んだの?というか本当はあの図書館がいつも混んでいるってこと、知ってたし、いつ来てもいいように家を片付けておいたよね?)

(っ……)


(だ、だから、その、二人で過ごしたかったの、本当は……)

「む、昔みたいに!」

 抑え気味の声ながら最後は若干語気を強めて、万智の思考は外に漏れ出した。


 静寂の中で発された音が部屋の中で澄み渡る。

「ま、万智、どうしたんだ?」

「えっ?」

 自分の思考が声に漏れていることに万智が気が付く。その事実に、万智はしばらく動揺していた。

 

(こ、これって、私の考えてることが当夜に知られて……)

 実際にはそんなことなんてないし、聞かれたのはそのごくごく一部なのに、自分の考えていることが全部、当夜に筒抜けだったんじゃないかという危惧に陥る。

 あたかも今までの思考が全部声に出されていたと気が付いたかのような心地だった。

 

(ええい、もう、なるようになれ!!)

 万智は勇み足の決意を固める。この辺りで、当夜に聞かれた部分は「昔みたいに」だけなんだから問題ないじゃないか、ということに思いが至ったが、一度して開き直りが先行する。

 

「私、昔みたいに当夜と一緒に家の中で過ごしたいなあと思ったの!!」

 万智が、突然やけに積極的に身を乗り出して当夜に言う。

「えっ、う、うん」

 突然の出来事に、当夜はとりあえず頷いておくしかなかった。

 

(し、しまった、これ絶対変な子だと思われたよね……)

 まるで初対面の男女のような懸念を抱きながら、両手を左右に振って万智はあたふたとする。

 

 ……何か気の利いた言葉を、と当夜は思う。なんだか、万智が思い切った告白……をしているようで、それを受け止めなければならない義務が生じているような感じがした。

「え、えっと……僕もそう思ってたよ」


(これってなんだかおかしくないか……)

 言った後で当夜は思う。

「えっと、えっ、本当!?」

 万智は動揺しながら、なんとなくこう言うべきかと思った言葉を返してみる。その戸惑いが、「えっ」、という言葉の詰まりに現れる。

 

 二人はシンクロして「えっと……」と言いながら、コミカルに上半身を揺り動かし、時々揺れた視線が相手の方に向いてはまた顔を逸らすという動作を繰り返していた。

 

 ……「昔みたいに」その言葉が時間差で当夜の頭の中に響く。

 そうか。昔はこうしてお互いの家を訪ねてゲームなんかをしてたこともあったっけ。

 でもその時と今とでは相手の家に行くということの意味合いは違っている。今の二人は高校生で、そして万智の家には万智ただ一人しかいない。

 

 「僕もそう思ってた」本当にそうか?

 言った後でそれを振り返る。

 それは、単なる昔の焼き増しという意味にはなりえない。だって今なら、相手の家に行くということは別の意味合いを持って……

 

「ははは、改めて来てみると、ちょっと緊張するな~、久しぶりだからかな~」

 万智はそう言った。持ち前の明るさとかユーモア性が、しばらくぶりに垣間見える。

 

 でも、違う。当夜はそう思う。それは久しぶりだから、という理由ではない、だってそれは……

「……昔とは、違うからかな」

 当夜はふとそう呟いた。

 

「え……?」

 万智は驚いた様子で顔を上げる。そして真っ直ぐと当夜を見る。今までお互いに逸らし合っていた視線が、初めて長い間交差する。

 

 万智の中ではたくさんの思いが駆け巡っていた。「昔とは違う」その言葉の持つ意味は、一言で言い表せるほど単純なものではない。

 一般的に言えること、男女としての間柄だから成り立つこと、幼馴染という間柄だからこそありえること、そして、

 

「ご、ごめん、変な意味じゃないんだ、なんか変な空気にさせちゃったね」

 当夜は万智の驚いた表情を見て、自分の発言を後悔する。

(こういうことを明確に口に出しちゃうのは、やっぱりデリカシーがないかな……)

 

 当夜の頭の中はこうだ。二人は思春期の男女で、しかも二人きりで家の中。これはちょっと昔に家で集合していたのとは意味合いが違うよな、と。


 ……実際には、万智が感じたのはそれだけのことではないのに。

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