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今日家来ませんか

 そうこうしているうちに図書館に着く。公共施設のビルの一角だ。

「えっと、ここでいいよね」

 当夜は沈黙を破る。

「う、うん」

 万智は不自然なくらい動揺しながらその後に着いていった。

 

 館内に入ると広がる書棚が視界の中に飛び込んでくる。

 そういえばここって意外と広いよな……と実はあまりこの図書館を使わない当夜が感じる。だが、この場所の雰囲気があってか、あるいはこの二人の雰囲気なのか、その感想を漏らすことはない。

 

「えっと、こっち側に席があるはずだから」

 万智はささやくような小声で口にする。弱々しい震えが静かな館内の雰囲気に調和している。

 当夜は代わって先行した万智についていく。すると閲覧席が見えてくるが……

 

「あー、結構満席みたいだね」

「こっち側もダメそう……」

 当夜と万智は辺りを見回すが、どこの席も空いていない。

「というか、意外と人も多いんだな」

「まあ、立地も良いし、確かにこういうこともあるかも……」

 

 当夜と万智は、その後一言も交わさないままに館内から出る。

「えっと、それじゃあどうしようか?」

 大きな歩行者専用道路に戻った後、当夜はそう万智に投げかけた。

「うーん、確かに、困ったね」

「無難に学校とかに行く?そこのカフェとかでもいいかもしれないけど、長居はダメかもしれないし……」


「でも、また電車に乗らなきゃね……」

 ここからは学校は電車で一駅。ただ徒歩で行くには少し遠い。

「まあ、仕方ないよ」

 当夜はそうするしかない、と言わんばかりに歩き出す。そもそも勉強をするのであれば最初からそうするのが自然だった。

 

 当夜は既にそう決まったかのようにして、歩みを早める。

 少し出遅れた万智は、ためらいがちに当夜に声を掛けた。

「えっと、当夜、ちょっと良い?」

「え?どうしたの?」

 当夜は振り返る。意外と万智との距離が離れていることに気が付いて半歩くらい道を戻った。

 

「その、学校でも別に良いんだけど……」

「??」

 当夜には、ためらいがちに話す万智の考えていることが分からなかった。

「当夜が嫌じゃなければ……」

「うん」

 

「私の家でやらない?」

「へっ!?」


 当夜は思わず素っ頓狂な声を上げる。勉強をする場所、と連想しても全く考えつかなかった選択肢。それだけはないと無意識のうちに省いていた選択肢だった。

 ーーそれは、なんだか違う……

 そう当夜は思ったが、それを口にすることも、なんだか変に意識をしていることを晒すようで憚られる。

 

「ええっと……」

 ーーまずいな、これは動揺丸出しだ、いや、きっと万智も他意は無くそう言ってるんだから……

「その、私の家、ここから歩いたら徒歩15分くらいだから、意外と近いの、この駅と学校の中間地点くらい?」

「あ、ああ、なるほどね」


 当夜は少し安心したような、逆にそわそわするような気持ちになる。なるほど、確かにそれは理に適っているから、何も問題のある行為でもないーーでも逆に言うと、理に適っているがゆえにそれを断るのもなんだか不自然だ。


「そ、そうだな~」

 イエスともノーとも言いづらい局面に直面する当夜。

「ま、まあ、万智がそういうなら、お邪魔させてもらおうかな……」

 成り行きで。引き寄せられるように当夜はそう答えた。

「う、うん、じゃあそうしようか……」


 変な空気が流れる。思わず提案してしまった側と、思わず同意をしてしまった側。また歩き始めた二人は、駅を南北にまたぐ自由通路を通り抜けて、単調にマンションと店が並ぶ道に意識を逸らす。

 

 道の両側に広がる景色が静寂の中に過ぎ去っていく。中心部の喧騒から離れていっていることも相まって、収まっていく音と入れ替わりに胸の鼓動が頭に響く。

 道は完全に平凡な住宅街に差し掛かった。飾らない家々が立ち並ぶ。道を通る車もまばらになって、歩道が一人分の幅になった。

 

「結構静かな所だね」

 当夜が思い切って口を開く。

「まあ、ここは市街地からは離れているし……」

 そう言う万智の後ろから当夜は追随する。時々万智がなぜか歩むスピードを変えると、そこからの距離を慌てて調整した。

 

(今、ちょっと近かったな……)

(今、ちょっと近かったよね……)

 後ろを振り返れば却って恥ずかしい。しかし万智は、当夜が近くにいることを肌でどうしても感じてしまう。

  

 かと言って当夜の方も、案内してもらっている身だし、遠く離れてしまうのもなんだかよそよそしい。そこに万智の定まらない足取りが合わさって、物理的にも心理的にも変な距離感が完成してしまう。

 

「えっと、そろそろだから」

「あっ、うん」

 道を左折すると、右側には小さな公園が見える。本当に穏やかそうな場所だ。

「ここだよ」

 万智はその建物の前まで行って立ち止まる。四階建てのマンションだ。


 万智の後に引き続いて、当夜は恐る恐る一人分の幅しかない階段を上る。誰かが上の階から来ないか、なんてことを想像すると、居ても立っても居られない。もちろんそれがわずらわしいというだけではなく、どんな勘違いをされるのか分かったものではない。ーーいや、そんな勘違いだとかそういうことを考えてたら余計に……

 

「当夜?どうしたの?」

「あ、いや、なんでもないよ、ここの階なんだね?」

「うん」

 そして万智が鍵を開ける。解錠音が無駄に鋭く響いた。

「さあ、入って、あまり広くはないけど」


 当夜は家の中に入る。

 玄関に入った先には五帖くらいのキッチン、奥に入るともう少し広い居間がある。荷物は収納とキッチンに多く集約されているようで、居間は意外とさっぱりして広く感じる。

 

「えっと、今机出すね」

 すると万智は収納の扉を開けて、折りたたみのテーブルを出す。

 そしてそれを、居間の中心のカーペット敷きになっている部分に上げた。天板は意外に広く、二人でもなんとか勉強道具を広げられそうだった。

 

「普段もこれで勉強してるの?」

「ううん、勉強机はほら、あっち側にあるから」

 そう言うと、万智は部屋の奥側のくぼんでいる部分を指差す。当夜からは死角で見えなかった。

 

 さっぱりしていながも、白いカーペットの毛の質感や、置かれているクッションのデザインから、どことなく女子らしさを感じる。

「というかさ……」

「ん?どうしたの当夜?」

「万智って一人暮らしだよね!!」

 万智が予期してたよりも大きな声を当夜が上げる。

 

「えっ、うん、そうだけど……」

 今更の事柄の指摘に、万智は少し戸惑う。

「あっ、いや、なんでもないんだけど……、座っていい?」

「?どうぞどうぞ」


 当夜は改めて自分が万智と二人きりになっていることを自覚した。しかも相手の家で。

 ……客観的に見て、これってすごい状況なんじゃないかと思う。


「それじゃあ始めようか」

 万智は教科書やノートをテーブルの上に広げた。

 それに比べて、当夜の方からは、万智の姿はリラックスしているように見える。自分の家にいるからだろうか。

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