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見えないけれど感じ取るもの

「とにかく、学級委員の件は成瀬さんがそうしたいと言うんだったら任せるから、これで勘弁してくれないか……」

「やっぱり二人が風紀を乱していることは否定しないんですね」

「いやまあ、誤解があるとはいえそれは事実だろうし……」

「いっや~ん」

「!??」

 小町がわざとらしい嬌声を上げてみせる。これは絶対わざとだと、はっきり分かるような分かりやすさで。

 

「……小町さん、遊んでるよね……?」

「だってこんなにも楽しい時ってなかなかないよ、当夜」

「君はそう思ってるかもしれないけど僕はちっとも楽しくないんだよ!!」

 小町が行ってきたわざとらしい行動の帰結がついに当夜の前に現前している。それが当夜にとって楽しいわけがないし、小町にとって楽しくないわけがない。小町の考えていることは当夜にも他の誰にも理解不能なのだが。

 

「そ、それでも、学級委員を成瀬さん一人でやるのって、大変じゃない?」

 万智が少しうろたえながら冷静な意見を述べる。一応万智も普段は小町に振り回されている側だから成瀬の登場に驚いているのだろう。――ただしいつもやけに乗り気だが。

 

「私は全然平気だと思うよ、というか一年生の時もやったことがあるから知ってるし」

「ああ、そうなんだ……」

「で、でも当夜はそれで大丈夫なの?」

 今日の万智は当夜にはやけに常識人に見える。最近の様子がおかしかったからそのギャップだろうか。だが、それほどまでに自分の意思を慎重に確認してくる理由が当夜には分からなかった。


「別に、そのくらい問題ないでしょ、本当に適任の人がやるべきことだと思うし」

「そっか……」

 万智がどことなく寂しそうな顔をする。その意味が当夜には分からなかった。

「それじゃ、決まりね、詳しい手続きとかは後でまた調整するから」

 そう言うと成瀬は自分の席に帰っていった。

 


 休み時間が終わって、一時間目の授業中。

 事は丸く収まったはずなのに、やけにそれを気にかけてしまう自分に当夜は気が付く。

 気になったこと。それは万智の表情だった。

 どことなく寂しそうで、何かの思いを隠しているように見える。そして気がかりは、ここ最近の万智の様子にも拡大する。

 

 万智が小町に同調して明るくおかしく振る舞うことは別に悪いことじゃない。もちろん当夜にとってはそうされることによって困る部分はあるが、一方で昔の万智が帰ってきたような気持ちになって安心する面もある。

 だがどうしてもその振る舞いに違和感を持ってしまう部分が当夜の中にはある。決して不自然なわけではない、だが、奥底の部分で何かが引っかかっているような気がする。そしてその答えは一言で表されるものではない。

 

 それは、きっと時間が生んだ齟齬なのだと当夜は思うことにした。万智と離れたのは小学生の時だったのだから、高々数週間で万智の変化を完全に理解することなど不可能なのだ。表面の印象がどうこうと語った所で、何か答えが見えてくるわけではない。

 だが、それは果たして問題なのだろうか?――別に問題はない気がした。しかし、そう思ったとしても心の中に残るわだかまりが完全に消えたわけではなかった。

 

 ――現に、自分が学級委員を譲ると言った時の万智の反応の理由が分かっていない。きっとそれは、本人に聞いてもなんでもないと言われてしまうことなのだろう。

 

 ――だって本来は、おそらくその程度の信頼しか戻っていないはずなのだから。

 

 

 帰りのホームルームが終わって、当夜と小町と成瀬の三人は教卓にいた押上先生にこの件を相談していた。

「えっと、それじゃあ、成瀬さんが一人で学級委員を代わりたいってこと?」

「はい、私は経験もありますし、一人でも業務には支障がないと思います」

「うーん、なるほど、でも一応、学級委員は二人でないといけないっていう決まりではあるけど……」


「それなら、形式的に一人だけ残せば大丈夫じゃない?」

 小町が口を挟む。

「それでも……そもそもどうして成瀬さん一人で学級委員を代わろうと?」

「そ、それは……」

 核心を付かれて当夜の方が動揺してしまう。成瀬の方も、それを宣言する覚悟はできていそうだったが、実際口にするとなると躊躇しているようだ。

 

「あっ、それは……」

 小町がおおげさに右手を上げて他の三人を注目させる。

「成瀬さんが私と当夜が一緒にイチャイチャしてるのがどうやら気に食わないんだそうです」

 ……言いやがった。

 

「えっ、えっと……」

 成瀬はどう言えばいいか困惑している。決して嘘を吐かれたわけではないから下手に否定もできない。だがそれでは、その言葉がもたらす語弊が一人歩きするのを止めることができない。

 

「そ、そう……えっと、成瀬さんがそれで良いというなら一人だけ形式的に残しても構わないけど……」

 押上先生も何を言えばいいか困惑している様子。ーー生徒の色恋事情にあまり深く立ち入るのも教育者として望ましくない。

 

 当夜は思う。この九段下小町という人間、実は性根が悪なのではないか?と。だが、今までみている限り、本当に純粋な気持ちで行動をとった結果としておかしなことになっているケースが多々ある。もう何がなんだか分からなかったが、それはともかく自分が今後も小町に振り回され続けることだけは予期した。

 

「じゃあ、僕が一応残りますよ」

「いや、私が残ります」

 小町が変な所で張り合いをみせる。

「え?それじゃあ小町さんでも僕はいいけど……」

「うん、それじゃあ、そういうことでお願いします、先生」

「はい、分かったわ……」

 押上先生も動揺しているのか、ただ分かったとしか言えなくなっている様子だ。

 

 

「それで、どうなったの?」

 戻ってきた三人に万智が尋ねる。

「私が形式上学級委員に戻って、実務は成瀬さんに任せることになった」

「なるほど」


「でも成瀬さん、本当にそれで良かったの?私が仕事をする分には問題ないと思うけど?」

 小町が珍しく常識人らしいことを言う。

「別に、気にしなくていいわ」

 そう言うと成瀬は軽く会釈をして帰っていった。


「なんだか、気が付いたら学級委員じゃなくなっちゃったよ」

「寂しい?当夜」

「いや、そんなことはないと思うけど……」

「そっか」

 小町は短文を重ねる。校門までの道を三人一緒に歩いたが、その間には不思議と会話がほとんど無かった。そこからの道が同じ小町も、用事があると言ってどこかに行ってしまった。

 

 一人で行く学園通りを、当夜は珍しく寂しさを感じながら歩いていた。

「なんだろな、なんだか、何かに一区切りがついてしまったような気がする、そんなのって、何の意味もないはずなのに」

 電子音を聞きながら改札口をくぐると、当夜は逃げ帰るようにホームへの階段を上がった。

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