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いつからかそういう関係

「うわっ!?」

 驚いた当夜は後ろ側に体勢を崩す。

 それを反射的に受け止めたのは万智だった。

「……っ」

「大丈夫?当夜?」

「う、うん、大丈夫……だけど……」


 ――なんというか、この体勢、ぞくぞくしてしまう……!

 それほど後ろに倒れかかったわけでもなく、自力でも立て直せるくらいのつまづきだった所を、傾斜の浅い段階から受け止められたせいか、なんだか普通に背後から抱きしめられているかのような状態。これは……大丈夫だけど大丈夫じゃない、というのが本音だ。

 

「……あっ、ごめんね、もう離すね」

 当夜は必要以上に抱きしめられている時間を長く感じた。……いや、抱きしめられたとは言ってはいけない。受け止められたのだった。

「えっと、ありがと……」

 俯きながら当夜は言う。気がつけば二人の間だけ変な空気になっている。

 

「……脅かしちゃったならごめんなさい」

 当夜の目の前に立っている女子は声の調子を一瞬落ち着かせる。

「……で、でも!また二人はイチャイチャして!!柊凪くんは学級委員なのにこのクラスの風紀乱してどうするの!?それに小町さんもそうだよ!!交際は自由だけど、わざわざ毎朝のようにクラス全員の前で見せつけなくてもいいでしょ!!」


「「こ、交際?」」「あら~?」

 三人同時に反応する。約一名だけ異色な態度だが。

 

「それも二股だなんて!!万智さん、あなたもあなたよ、こんな露骨に二股なんかしてくる男のどこがいいの!?目を覚ましてよ!?」

 当夜は思い出す。流石にいい加減今まで交流がなかったクラスメイトの名前も覚えるようになった。この女子は……成瀬美岬。特に目立つというわけでも地味だというわけでもない、一見普通の女子。

 

「あ、あの、成瀬さん、これには誤解があって……」

「誤解もへちまもないでしょ当夜くん!?あれだけみんなの前で見せつけておいて、今更言い訳なんかしても無駄なんだから!!さっきから言ってる通り、付き合うのは結構だけれどしっかり節度を弁えてよね!!それに、二股も一般的には駄目だから!!」


「あの……成瀬さん?少し落ち着いてもらえませんか?ちょっと誤解があるようなので……?」

 ここでようやく小町が優等生モードで介入する。当夜はそっと胸を撫で下ろす。こういうモードに入った時の小町は本当に頼りにできる存在だ。

 

「私は当夜とまだお付き合いはしていないので……万智さんの方はどうかは知りませんけど……これからおいおいということで期待していただければと」

「わ、私も別に付き合ってなんかない!!」

「そうそう、僕はまだ……まだ?おいおい??」

 当夜は同調した後で言葉のおかしさに気が付く。最早三人ともしどろもどろだ。いや、約一名はこれが平常運転だったかもしれない。

 

「ま、まだ!?それじゃ当夜くんは付き合う相手を保留中で、二人は奪い合いの真っ只中ってこと!?」

「いやいやだから落ち着け……僕は別にまだ……じゃなくて未来永劫……でもなくて……とにかく、付き合っても保留中でもないんだよ!!」


「そそそ、それはごめんなさい!!ずけずけと個人的な事情に踏み込んじゃって、で、でも……やっぱりクラスでイチャイチャしてるのを見せつけるのはやっぱり控えた方が……そ、そろそろホームルームが始まる時間なので失礼します!!」

 そして勢い良く頭を下げて去る成瀬。

「ね、ねえ、本当に分かってる??」

 波乱の幕開けを告げる始業チャイムが鳴った。

 

「皆さん、おはようございます~」

 いい意味で教師らしくないのほほんとした押上先生の声が響く。これは場を和ませるためにやったに違いないことだろう。いや、そんなことはそもそも意図していないか。

 だが、それはそれ、今日の教室の雰囲気にあっては、押上先生の態度はどうも浮いていることは否めない。

 

「あらら、皆さん今日は気合いが入っているみたいですね!!良いことですよ!!」

 ……どこをどう解釈したらそうなったのだろうか。正確には、気合が入っていたのは約一名ほど。前の方の席に座っている成瀬美岬だけだ。

 

 そして無難にホームルームが締まる。押上先生が教室の前側の扉から出ていった瞬間、急に教室は騒がしくなった。

「何事だ!?」

 と既にある程度勘付いている当夜が形式的に一言。小町は不敵な笑みを浮かべ、万智は何が起こっているのやらという至極全うな反応をしている。

 

 そして教室の前方からは勇ましく歩く一人の少女の姿が立ち現れる。それは紛れもなく成瀬だった。

 当夜が一定の距離に成瀬を捉えると、そこから一気に成瀬は当夜に身を近づける。

「へっ!?」

 思わぬ不意打ちに間抜けな声を上げる当夜。これが戦国時代だったら討ち死に間違いなしだ。

 

「私、決めたから」

「な、何を……!?」

「私……」


「二人の代わりに学級委員になります!!」

「……??」

 当夜はいきなり成瀬の口を突いて出た言葉に閉口している。

「えっと……成瀬……さん?なんとなればすなわち?」

 一番最初に口を開いたのは学級委員でもない万智。それも相当動揺して古語などに興じながら。

 

「だって当夜くんはすっかり女の子を侍らせちゃって学級委員に相応しからぬ振る舞いをしてるし、小町さんも小町さんで公然とそれに乗っかってクラス全員にそれを喧伝しちゃってるし……二人とも学級委員は適任じゃないんだもん!!」

 成瀬は真剣な表情で当夜に身を乗り出して不満を表明する。……それを聞き出したのは万智なのだが。


 そしてその口調も相まってか、ゼロ距離に成瀬を見る当夜にはその内容が頭に入らない。成瀬も成瀬で、自分に熱中しすぎて相手との物理的な距離感も見えていない。

 

「あら、成瀬さんが学級委員になりたいというなら私は構わないけれど……」

「ねぇ、当夜?」

「え?」

「ほら、当夜も否定はしてないみたいだし」

 小町は最近見せるようになったチャーミングな明るいスマイルで成瀬に応答してみせる。そこには一切の嫌味や翳りはない。ただ純粋に、成瀬の意思を尊重しようとする態度だけが現れている。

 

「いや、確かに否定はしてないけど……まだ意見を表明する機会も十分に与えられてなかったでしょう、今の調子じゃ」

 万智がここに来て冷静に突っ込む。当人も少しおかしな所がある分、多少順応性は高い。

「それで、当夜はどうなの?」


「いや、突然聞かれても……」

「まあでも、別に成瀬さんがそう言うなら僕はそれでいいと思うけど……」

「え?」

 成瀬は一瞬ハッとしたような表情をする。そして、自分と当夜との距離にようやく気が付いたのか、素早く身を引いて少しだけ下を向いた。

 

「いやいや、ここはほら、『俺たちの学級委員は誰にも邪魔させない』とか言うべき所なんじゃないの?」

「いや、成瀬さんは誰の味方をしたいのさ……」

「や、やけに平然というから思わず突っ込んじゃったじゃない!!」

「でも本当に学級委員にこだわりとかないし……別に。小町さんはどうなの?」


「ないかな」

「ええっ!?」

「そんなに驚かなくても」

「いや、てっきり二人が学級委員であることには重大な意義があるものだと……」

「と言いますと?」

「……馴れ初め的な?」

「ごめん、聞いた僕が悪かった」


「というか、だいたいどうしてそういう関係なのに当夜くんは小町さんのことさん付けしてるんですか!?」

 しおらしくなったと思ったらはたまた激しくなる成瀬。

「いや、だからそれは誤解で……」

 「なあ、そうだろう?」と小町の方に振り向く当夜。すると視界に入ってきたのは大げさなくらい大きく無言で頷く小町。

 ……これは明らかに自分への同調ではない。相手側に向けてだ。

 

「と、とにかく!!本当に僕はこの中の誰とも恋仲にはないんだよ!!信じてくれ!!!そうしたらきっと救われるから!!」

「ほら、ついに本性表しましたよこの人!!救いとか神とか怪しいことを言い出して煙に巻こうとしてますって!!」

「それはみんなそんな調子で話してるせいでしょ!?」


 ちなみにこの様子を見ているクラスメイト達は、また「三人目」が現れたとしか思っていない様子。

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