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光の中へ

 当夜は呆然とした。自分の目の前で一体何が起きているのかさっぱり理解できなかった。

「ほら、当夜、追いかけなくて大丈夫なの?」

 万智が至って真面目ぶった表情でそう言ってくる。


「ねえ、小町 イズ 何? あなた イズ 何?」

 当夜は動揺のあまり日本語もままならない様子だ。

 

「まあ安心して、小町はまた千年の時を経て地上へと戻ってくるから」

「ねえ、頼むから聞き手の僕を置き去りにしないでもらえる?」

「ああそうそう、ついでに言っておくとこれ、仕込みだから」

「それついでとかじゃなくて主題なんだな~これが」


「それで、そんな気がしてたけど狙いは一体何なのさ……」

「当夜が私と小町さんと一緒にいることを恥ずかしがるから、それに耐性をつけてもらおうかなと」

「……余計にクラスに居づらくなっているのは気のせいか?」

「そう、気のせいよ」

「あんたに僕の気の何が分かるっていうんだよ!!


「まあその辺はちょっと悪かったと思ってるけど……言い出したのは実は小町さんだから……」

「まあそうだろうね、ところで小町さんが最後に走り去っていった安い少女漫画みたいなシーンは必要だったの?」

「えっ、当夜にそんな趣味があったなんて幼馴染の私もちょっと流石に……」


 冷たいトーンで話す万智との距離がどんどん離れていくのを当夜も感じる。

「引くな!別に自分が読んだとは言ってないし、仮に読んでても問題ないだろ!」

 そうやってコミカルに二人が場を演出している間にも、教室内にはヒソヒソ声の輪がポツリポツリと浮かび上がる。

 

 大人しい見た目をして、普段の物腰も柔らかな万智は、今にあって時折(しばしばとも言う)大胆な振る舞いを見せるのだった。

 そして近づいたり遠ざかったりしてくる万智の姿を見て、当夜はなんだか昔の自分達を垣間見ているような気になったり、かと思えば現実に引き戻されているかのような感触を味わった。

 

 そして再び教室の扉がガラガラと引かれる。

「当夜、当夜はどうして当夜なの?」

「もう分かったから普通にしてくれ、小町」

「あっ、久しぶりに呼び捨てにしてくれたね!!」

「やれやれ……」


「それで、どうしてこんなことになってるんだ、小町」

「それは当夜が万智さんと浮気するからでしょ」

「……浮気という日本語の意味について小一時間ほど講義をする必要がありそうだな」

「??」

「本気で不思議そうな表情をするな!!仕込みなんだろ!!」

「あちゃーっ、バレちゃったか……」


 整った顔で本当にまずったような顔をしている小町の顔が妙に憎らしい。

「まあ、当夜が私たちと一緒にいる時恥ずかしそうにしてるから、周りの目なんか気にしなくていいのに~と思って」

「……ねえ、僕はこれからより一層周りの目を気にしながら生活することになりそうなんだけど?」


「吹っ切るのよ!!」

 斜め右上に手を舞わせて優雅に体を傾ける小町。これが様になってしまうから美人は恐ろしい。

「……何を……?」

 あえて曲線的に切り込んでみようと当夜。

「理性……?」


「ねえあんたとんでもないこと言ってるような気がするよ」

 当夜の中で吹っ切れたのは二人称の方だ。

 

 すると突然、廊下の窓際に早歩きで向かう当夜。小町と万智はそれに追随する。

 窓を開けて、当夜は大きく息を吸い込み、

 

「お前らはいつの間にこんな風になったんだ~!!!!!」

「あっ、人目気にして普通の声量で言ってるよね?」

「……なあ、小町、今求められている振る舞いはそうじゃないぞ」

 とかく波乱万丈の学園生活が当夜の前で繰り広げられていた。

 

 

 放課後。

 帰りのホームルーム終了後颯爽と教室を離れ、追手から逃れることに成功した当夜。昇降口までたどり着いた後も、校門の前までは油断せずスプリント。(ただし、人目を気にしながら)

 そうしてようやく当夜は久方振りの一人の下校時間を確保した。

 

 まだ下校する生徒の波はまばらだ。当夜のクラスのホームルームは早めに終わっていたようだった。

 そもそも、ホームルームが終わった直後に直帰の動作に入る高校生というのも、それほどには多くない。

 

 通りには人はいれど、それはあくまで匿名の人だ。

 多数の中の孤立、喧騒の中の静寂に包まれながら、当夜は歩道のタイルを踏みしめる。

「本当に予想外だよなぁ……こんなことになるなんて」

 

 小町に心を開いてほしいという一心で、勇気を出して話しかけた放課後の教室が懐かしい。あれからまだ数週間しか経っていないというのに、小町の姿は一変してしまった。

 あれが元来持っている明るく面倒な(?)性格なのだろう、いつの間にかクラスメイトとも打ち解けていたし、いつ関わりを持っていたのか、廊下で後輩と話しているシーンすらあった。会う機会といえば学級委員会くらいだろう。

 

 あれだけ心を開いてくれないことに悩んでいた自分が、今度は心を開かれすぎて困っていることが滑稽で、当夜は乾いた笑いをこぼしてしまう。

「あれは中学で人気者になれるわけだ……」


 当夜は和光から、小町の中学時代の話を聞いていた。

 それによれば、小町は単に綺麗だから憧れられていたというだけではなくて、それ以上に誰にでも別け隔てなく明るい人柄が際立っていたということだった。

 実際、それは小町の運命に強く影響していた。……良い意味でも、悪い意味でも。

 

 ……という具合に今までの当夜が達観してきたのは良いものの、現実問題として自分の今まで築き上げてきた平凡高校生としての地位が、危ぶまれていくことについては、何ら想定をしていなかったわけだ。

(困るよな、本当に……)


 今日も適当に隣駅の街で時間を潰しながら、日が暮れるのを待つ。

 ――夜闇に紛れる。これが自分にふさわしい姿だ。

 太陽のように眩い存在に当てられ続けるのは疲れる。夜闇で目を慣らしていた方が、明るい所でのうのうと色々な物を見ているときよりも、感覚が研ぎ澄まされている。

 

 外界が良く見えると、なんだか自分を消せるような気がする。闇に溶け込んで、それで時たま街灯の方を覗いてみる。そこに混ざることは時間の無駄であるような気がするけれども、遠くから見ている分にはその中にある淀みも虚勢も見えず、楽しむことができるような気がする。

 

 ――それでも自分は、光の方をいつも見ている。別にそこから逃げているわけではないから。

 

 小町は光の存在だった。自分はそんな存在にはなれない。

 そして、たとえそこが本当に光という希望だけで満たされた世界では無かったとしても。

 その中を気にかけてしまう心が、どうしても自分の中に残っている気がした。

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