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どう考えてもこれは普通の学園生活

 食堂の窓側の席、今日は暑すぎるからか、テラス席には人はほとんどおらず、窓から見える緑豊かな世界は開けている。

 

 注文した料理をテーブルに運んできた二人が着席して向かい合う。

 別に当夜と万智が会食するのはこれが初めてではない。だが、向き合ってみると当夜はなんとなく違和感を感じる。

 さらに言うと、夏期間になってからこうして食堂で会うのは初めてだった。夏期間というのはつまり、衣替えの後のこと。

 

 そのせいか、万智の着ている夏服のブラウスの白が、いやに光を反射しているように見える。その様が妙に艶かしく見えるのは、普段の当夜がいつもベストの女子生徒ばかり見ているからだろう。今日は特別暑い日で、ベストを着ていない生徒もかなり多かった。

 

「どうしたの?」

 万智が純粋に不思議そうに首を傾げる。

「い、いや、なんでもないよ」

「そう……」

 不自然に顔を逸らす当夜を訝しげに万智は見る。


「ただ、ブラウス姿ってなんか新鮮だなあ……と」

 そう言われて万智は、自分の上体を見下げる。

「ああ、確かに、今日暑いからね」

 平坦なトーンでそう答える万智。かと思えば、万智は突然静まり返る。でもそれは、話題が終わった、という感じの沈黙ではなく、作ったようなわざとらしい沈黙だった。


「それで、ドキドキした……?」

「……ッ!ゲフッッ……」

 水を口にしていた当夜はむせ返る。対する万智の方は薄ら笑いで楽しそうだ。

「別にそういう意味で言ったわけじゃないって!!」

「まあ、そうだよね、幼馴染のぼでーらいんにドキドキするとか、当夜的にはナシなんだもんね~」


「……ぼでーらいんってどういうことだ?」

「……聞きようによってはそれ、煽りに聞こえるわよ」

「……ごめん、そんなつもりじゃなかった」

 一応当夜はフォローもしようと思ったが、白ベースで際立つ肌色が……なんて口に出すとあらぬ誤解を生みそうなのでやめた。……いや、それはもう誤解ではないのだが。

 

「それで、最近調子、どうよ」

「……ちょっと不機嫌じゃないですか万智さん」

「いや、別に」

 ぶっきらぼうに口を尖らせた万智は言う。


「……今の万智は別に普通だと思いますけどね……確かに昔はまだあれだったかもしれないけど、それは小学生だし……」

 普通、というのは当夜の正直な感想だ。ぼでーらいんの何が、とは言わないが。

「いやちょっと待て、なんで僕はこんなことを口に出しているわけ?」


「みなさーん、ここに変態がいますよ~」

 控えめな声だった今までの会話とは対照的に、万智が外向きの声でそう言ってみせる。

「待て待て待て、それは誤解だし、というか本当に聞いてる人いるかもしれないだろ!?これ以上僕の地位を滅茶苦茶にしないでくれよ!!」

 幸い、この食堂の賑わいのおかげでその声は誰にも届かない。

 

 そして当夜が慌てふためいてると、一転万智は上機嫌。

「実は全て分かってやってました」

「はぁ……そんな気はしたよ……」

「でも動揺してたでしょ?」

「善良な男はそういう話題に触れるには気を遣うんだよ、からかわないでくれ」

「のわりには、自分からその話題に触れてきたわけだけど……?」

「それは……」


 また当夜が俯く。その様子を見て、万智は再びニヤニヤと満足げな表情を浮かべる。

「そっかー、やっぱり普通か~、自分でもそうだと思ってたけど、客観的な意見をもらえると有り難いなあ~」

「勘弁してください、万智様」


「ふふっ、体は大きくなったのに、中身はまだまだ子供みたいだね、当夜」

「えっ、突然どうしたの!?」

「……言ってみたかっただけだから」

「分かればよろしい」

 軽口を叩きながら窓から差す光に照らされる二人だった。

 

 すると突然、当夜の心に根本的な疑問が湧く。

 なぜ自分と万智がこういう風に楽しく談笑しているのだろうかという疑問。

 もちろん、そこに本来理由など存在しないはずなのだ。

 それでも、なぜかそれを疑問に思ってしまっている自分に気が付く。

 

 お互い箸を動かすようになると、話し声もだんだんとまばらになって、耳に入ってくるのは周りの喧騒だけになる。

 声のベールで閉じ込められた空間に、思考が迷子になる。そんな状態のままで、時間は流れていった。

 

「そろそろ帰るか?」

「うん」

「それで、クラスメイトには一体どう思われてるんだろうな、僕たちは」

「どうって、恋人とかじゃないの?」

「またまた冗談がお上手で」

「そう見られているっていう読みは極めて妥当だと思うけど」


 これは冗談なのだ、と当夜は自分に言い聞かせる。別にその言葉に何も特別な意味合いがこもっているはずではない、と思い込むようにして、その言葉を反芻する。


 ひょっとしたら、相手は何かを仄めかしているのかもしれない、その疑念がわずかながらも恐怖の萌芽として実体を持ち始める。

 いやきっとそうではない、これは本当に彼女がおどけているだけなのだ、と当夜は再び自分に言い聞かせながら、不器用に冗談めかして笑った。


 廊下を二人で歩き続けて、自分のクラスが近くなる。

「それじゃ、先に行っててよ、万智」

「多分そんなことをしても二人で出ていった所は見られているわけでしょ?」

「うん、そもそもどうしてあんなことをしたのか僕は小一時間問い詰めたいわけなんだけどね」


「と、いうことで、二人揃って仲良くいちゃいちゃしながら教室に入るわよ!」

 そう言いながら万智は自然に手を引く。

 もう今さら肌が触れ合ったくらいで胸を高鳴らせるような間柄でも無いが、突然の出来事に当夜は自分の体を震わせる。

「だから!なんでこうなるんだよ……」


「ねえ、恋人繋ぎってこれで合ってる?」

「合ってると思うよ……多分」

「おやおや、この質問にイエスと言ったということは手を繋ぐことを肯定してくれたということでいいよね?」

「僕は客観的な事実に対する見解を述べたまでだし抵抗しないのも諦めているからだ」


「嫌よ嫌よも好きのうちっていう言葉知ってる?」

「尤もらしくすごい恣意的なこと言ってるぞ、今」

「まあまあ、習いあることわざということで、それっ!」

 そして勢い良く開かれる教室の扉。そして現れる手を繋いで並び立つ男女の姿。

 そしてその手元は必要以上に指と指を絡め合うフォーム。

 

 今まではしっかり茶化す側に回ってきた教室の空気は、何かを察したような空気で充満した。

「……」

 一瞬虚空に迷いこむ当夜。そこからもどってくるとすぐにその手を振り払う。

 

「ねぇ、これ一番気まずい感じになってるよね!?もういじっちゃだめみたいな空気になってるよね!?万智さん!?」


「えっと、当夜……」

 ためらいがちに当夜の隣の席から出てくる小町。可憐な乙女の表情をして、照れながら何かを伝えたがっている。

 

「お二人とも末永くお幸せに!!そして爆発しろ!!」

 そして少女は颯爽と教室を飛び出し天馬となった。

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