キス//
「それでそれでさぁ……当夜」
「……今度はどうした……?」
「さっきの話の続きなんだけど……」
「本当に万智さんにチューされたの~?」
「黙らないとキスして黙らせるぞ」
……
場が凍りつく。その瞬間、当夜は自分がツッコミの選択肢を間違えたことに気が付く。
「あっ、いや、これは別に変な意味ではなく……」
どう考えても変な意味です。本当にありがとうございました。
最近の小町の勢いが滅茶苦茶過ぎたので、思わず当夜は口にしてしまったのだった。実際、多分これが二人だけの間のやり取りだったらノリで許されただろう。
だがこれは公衆の面前。社会的抹殺は不可避……
「いや、ごめん、それじゃやっぱりこの話は無しで……」
突然素直になり出す小町の反応がなんとも痛々しい。こんな仕打ちを受けるくらいならむしろ徹底的にいたぶってほしいとさえ思う。――別にMなわけではないけれど。
当夜がふと万智の方を振り返ると、万智は唖然、という調子の表情をしている。
「これは……終わった……」
当夜は最早口に出してその言葉を宣言する。
「ううん、私は当夜がそういう強引なキャラになったとしても、ちゃんと受け止めるから……私は当夜の幼馴染で、良き理解者だから……」
「いや、だから無理にフォローしたり弱気になったりするのやめてもらえる!?余計傷口広がってるから!!」
「結構当夜って大胆な奴だったんだな」「最初見た時から変わってるなとは思ったけど……」
クラスメイトも穏やかにヒソヒソ話を始める。こちらもいっそのこと大々的にやってほしいくらいだ。
そして穏やかに朝のホームルームは始まったのだった……
ホームルームが終わった直後。
「おはよう当……」
「月見野、それ以上何も口にするな、今朝のあれは、何というか、物の弾みというやつだ。いやいや、別に物の弾みでキスしようと僕自身が思ったわけではなくてな、小町があんな調子で話しかけ……」
「大丈夫だって、当夜、僕は当夜がどんな行動を取ったとしても受け止める自信があるからさ」
「お前までそんな調子か……いっそのこと僕を誰か罵ってくれよ……」
当夜には、気がつけばこんな感じの日常が訪れていた。別に多少の失言があろうが無かろうが、当夜はもう小町のことで茶化されるポジションから抜け出すことなど叶わない。
一方の小町も、ミステリアスで遠ざけられるキャラから、いつの間にか人気者に変貌を遂げていたのだった。
(結局の所、負の感情も不可思議の前には包まれてしまうってわけかな……)
「まあ、これで良いのかな……」
授業中当夜はそっとそう呟いた。
実際、小町はこんな風に自由な振る舞いをして、時に(というかいつも)当夜を振り回し、挙句の果てには当夜自身を狂わせることによって、噂以上の奇人ぶりを見せつけ、悪評をはねのけてしまったのだった。
当夜にとってみれば、本当に恐るべし、だった。
(それにしても、小町があの調子なだけでも僕は茶化されるっていうのに、僕自身までおかしくなったらいよいよ高校生活もおしまいかな……)
苦笑いで当夜はそんなことを思い浮かべた。
聞き慣れたチャイムが教室中に響いて、昼休みの時間が訪れる。
「当夜、一緒にお昼食べない?」
「ごめんな万智、僕は少しだけ一人になりたい」
「大丈夫だって、もうキスしたりしないから……」
「万智!?君だってそれを言われて嫌だったはずじゃないか!!どうして君まで毒されてしまったんだ……ああ、僕はもうおしまいだよ、もう一生そのことで、しかも自分の意思の関係されなかった昔の行為に対して、周囲の人のみならず当事者にまでもいじられることになるなんて……」
「じょ、冗談だよ?当夜も知っているでしょ、私、この話で色々言われるのは慣れっこだったから……つい出来心で……」
出来心。なんていたずらな響きなのだろうか。
「……ああ、そういえば、昔も色々言われてたっけ」
「そうそう、そもそも、いくら人通りが少ない場所だからって、校舎の中でやるのはちょっと未熟……」
当夜は滔々と話す万智を遮る。
「万智、僕のメンタルは耐えられないから、たとえ万智が冗談にできるくらいそのことを消化できていたとしても」
不自然な倒置法を弄しながら顔をそっぽにやる当夜。
「まあそれはともかく……」
「女の子から二人きりで食事をしないかって誘われてるけど、それについてはどう?」
「……変な一般化をするんだな、随分と」
「だって事実だから」
「でも万智も知ってるはずだな、僕は弁当を持ってこないと」
「もちろん、だから食堂に行くの」
「でも食堂は男女が二人きりで会する場ではないんだな、一般的に」
「別にデートじゃないんだから、いいでしょ……」
「……」
機械のようにカクカクとした動きを見せながら沈黙に沈む当夜。
「それで、行く?どうする?」
「まあ、そのくらいなら……どうせ一人で行くつもりだったし」
「それって誘われなかったらぼっち飯だったってこと?」
「あのな万智、一人で食事をしようが多人数で食事をしようが、料理のおいしさ自体は変わらない、会食というのはあくまで食事を離れたオプショナルなエンターテインメントであって、デイリーのルーティーンとするのがマストというわけでは……」
「ごめん、そのギャグ面白いのだとは思うけど……ちょっと付いていけない」
「ギャグじゃねぇ!真剣だ!」
と言いながらも当夜はカフェテリアの方に歩き出した。
「ごゆっくり~~」
隣の席の某学級委員の声を聞き、当夜は一層早足になる。
「あっ~、当夜待ってよっ~」
わざとの可憐な声を上げ、わざと手を左右に振り空気抵抗を生み出しながら小走りをしてみる。女子特有の非効率な走りだ。
そして、今日もこのクラスの住人はこの光景を楽しそうに眺めている。