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賑やかなる日々

 もうすっかり気候は夏そのものだ。水無月の日差しはアスファルトを焼き、夏服の生徒達は一足早い暑さに当てられている。

 

 そして、ここ最近の当夜の生活というもの、中々に事件続きであった。

 大体、小町が周りの人間と打ち解けるのも相当の時間がかかるだろうという読み自体が甘かった。小町はそんなに平凡な人間ではないということを、当夜はひしひしと思い知らされる。

 

 ある日のこと、学級委員はクラスの進路希望調査を個別に回収する役目を負い、小町がその責についた。

 小町が提出の遅れていたある気の弱そうな男子生徒に、朝のホームルームの後に話しかけに行く。するとその男子生徒は困った表情。どうやら進路希望に書く内容を決めかねているらしい。

 

 おそらく彼は元来真面目な性格なのだろう。どうせまだ二年生なのだから、迷っているなら適当に進学とでも書いておけば丸く収まる話なのだ。当夜だってそうしていた。

 

 ところが、そんな困った状態を男子生徒が訴えた所、小町の取った行動といえば……

 

「そうなんだ……確かに進路って悩むよね……」

「それじゃあ私が代わりに書いてあげるよ!」

 満面の笑みで体を傾け顔を寄せてくる頭のネジが外れた美少女が約一名。それは学級委員として問題だし、そもそもどんな頭をしていたら人の進路希望を勝手に書くという発想が生まれるのか。

 

「う~ん、それじゃあ、小学校の時の夢は?」

「え!?それってどういうこと……?」

 男子生徒は困惑の表情を拭いきれない。

 ……「なんだそれ……」遠巻きでその様子を観察していた当夜は思わずそう呟く。観察していたのは多分学級委員としての責任感ゆえだろう。

 

「ほらほら、社会に揉まれる度に、本当に自分がやりたかったことが見えなくなっちゃうんだよ~、思い出してみなよ、本当にやりたかったことをさ」

 三割ぐらい真面目な台詞を言う小町に、当夜は何とも言えない気持ちになる。

「色々あるでしょ、パイロット~、とか宇宙飛行士~、とかお医者さん~とか、正義の味方~、とかゆーちゅーばー、とか」


「当時まだそこまではメジャーじゃなかっただろ、最後の奴は」

 誰も聞く人はいないのに、当夜も思わずツッコミ。というか、小町の喋り方が大胆すぎてわりかし教室中に聞こえているのがまたシュールだ。

 

 つぶらな瞳で男子生徒を見つめる小町。ありゃありゃ、これはイチコロだわ、と当夜は客観的に思う。コロされた結果がどう転ぶかはオーディエンス達には皆目分からないが。

 

「じゃあ、お医者さん……で」

 「じゃあ」と初めた辺り取ってつけた感が大いにある。

「はい、それじゃあ進学で決まり、希望学部は医学部っと」


 いや……まさか小町は策士なのかもしれない、と当夜はこの瞬間思う。

 説明しよう。この学校は一応進学校の部類に入る学校で、生徒の多くは大学に進学する所、あえてユーチューバーとか正義のヒーローとか変な選択肢の中に医者というのを混ぜることによって、最も無難な「進学」という選択肢に誘導したのではという推測ができる……

 

 当夜は思わず息を呑む……これが、かの優等生小町が早く仕事を終わらせるために編み出した究極の処世術なのだろうか……と。

 

「いや、でも僕文系だし……」

 そう、このクラスは文系のクラスでした、というのが話の落ちである。

 ……それは別に計算でもなんでもなく、ただただ小町の本来の性格が露呈したのみであった。

 

 ――

 

 ……これが両手に華というやつか、と当夜は思う。

 朝の通学路を歩く当夜。右側には万智、そして左側には小町。

 数週間の時を経て、なぜかこの状況は常態化していた。

 

 どちらの方を向いてみても、なぜかどことなく楽しそうな表情をしている。それどころか、こちらの方を見返して意味ありげに微笑んでくる様子に、思わず目をそらさずにはいられない。

 

「それで、万智さんは小学生の頃当夜とチューしたんだ~、へぇ~」

 当夜を挟んで万智の方に意味深な言葉を投げかける小町。失敬、意味深ではなくストレートだったか。

「だ~か~ら~、ちょっとほっぺにチューしただけだからっ、低学年だったらそのくらいしてもおかしくないでしょ~」


 当夜の目には、なぜか追及されている方の万智の方も楽しそうに見えてしまう。

 こうなれば目の前で自分の恥ずかしい話しを明け透けと展開されている当夜が一番恥ずかしい思いをするのは必然で。

 

「ふたりとも、いい加減にしてくれ~~!!!!」

 かかしのように綺麗な十字を二人の間に広げて言った。

 

 当夜は、まさか小町の一件が収束した後の日常生活が、これほどまでに自分の精神を摩耗させるものであることを全く予期していなかった。

 毎朝のように小町と万智の二人は学園最寄り駅で待っている。待たせて申し訳なくなるから今度からはそこまでしなくていいよ、と何度言っても二人は聞かないし、今まで一度たりとも片方を欠いたことはなく、両方揃って出てくる。

 

 もう既にこの光景は他のクラスメートや知り合いにもバレつつあり、朝登校して行くと意味深な視線を投げかけられるのが常である。

 

「あらあら、当夜をそこまで照れさせちゃうなんて、私って罪な女ね」

「その通りだよ!」

 小町に対して鋭い声で当夜はそう返す。

 

「大体なんで僕は君たち二人と毎日登校してるんだよ!!それはまだしも、なんでそんな昔の恥ずかしい話を掘り下げて公開処刑するんだよ!!そして何より……なんで僕はこんなにもクラスメイトから変な視線を浴びなきゃいけないんだよ!!」

「当夜もなかなかモテるようになったのね」

「最近は万智までそんなことを……」

「でも私は本来こういうキャラだったよ?」

「そうだったっけ……いや、そうだったような……」

「ほらほら、惚気話もそのくらいにして、早く行かないと遅れちゃうよ」

「「惚気話なんかじゃない!」」


 とりあえず昇降口を通り、教室の目の前まで辿り着けばつかの間の平穏。まあその後はクラスメイトからの追及が乞うご期待、というわけなのだが。

 ドアオープン。

 

「おっ、当夜、おはよう!今日も美少女二人を連れて元気そうだな!!」

 ……なるほど、今日はそうやって大っぴらに来るパターンか。今まではそれとなく仄めかしてきたのに。

 

「あらあら、美少女と言ってもらえて光栄ですわ、オッーーホッホッっゲフンゲフン」

 謎の高笑いを小町が行おうとする。いつの間に彼女はこうも芸達者になったのだろう。

「いつからお嬢様キャラになったんだよ」

 

(美少女……私が……)

 万智の方は突っ込むのが面倒だったので当夜は諦めた。

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