ヒーローなどいない
そこに欺瞞が無かったと言えば、それは嘘になるだろう。
そこにはヒーローなんて存在しなかった。別にヒーローを完全否定しているわけじゃない。でも、もしそれを仮に正義の味方扱いするとして、それが清濁併せ呑んでいることを踏まえたとき、本当にそれをヒーローと呼び続けることができるのだろうか。僕にはその自信は無い。
何が望ましい人のあり方なのか、そんなことを、尤もらしく説いてみせたのは、別に正しい方向に人を誘導する行為などではなく、それは単なる自己満足に過ぎないのだ。
――
「事の次第は分かったよ、それで、問題なのはどうして当夜がそういう行動を取ったのか、ってところだと思うけどね」
「なに、簡単なことだよ」
「僕は、壊れそうなものを壊れない方向に修正しようとしているだけだよ」
「言わんとしていることの半分は分かった」
「確かに、今までの小町さんのあり方には少し不安感を覚えていた。これは僕にとっても同じだ」
「それでももう一つ疑問が生じる。『修正』とは、一体どういう意味なんだ?」
「人は成長すればするほどに、知りたくもなかったことを知っていくんだよ。サンタがコスプレイヤーの中にしかいないこととか、実際には子供はコウノトリが運んでくるものではないこととかね」
「やけに性夜がお好きなようで」
「別にそのつもりは無かったんだが、至って真面目に語ったつもりだ」
「むしろ僕には月見野が思春期並の連想ゲームに興じていることの方が驚きだった」
「まあそれは良い、真面目な話にも時にはユーモアが必要だ、そうだろう?当夜?」
「まあ君がそう言うのならそうかもしれない」
「でもその話を聞いて、僕の疑問は増々深まった。知りたくもなかったこと、それが望ましくないのだとしたら、人はそれを隠すだろう、まさしく今までの当夜はそういう役回りをしてきた、ってことじゃないのか?」
「どうしてそう思う?」
「だって今までの当夜は自分から行動を起こさない主義だったろうに。それは自分から情報を相手にもたらさず、知りたくもない情報に相手を触れさせないこと、違うかい?」
「そして、今回の小町さんの件はその今までの当夜の態度と矛盾しているはずだ」
「残念ながらそれは正反対だ」
「僕は、そういう時には、自分のやるべき仕事は相手に現実を突きつけることだと思っている。実際に、僕は今までそういうことをしてきた人間だ。コウノトリから子供は生まれないとハッキリ告げるタイプの人間だよ」
「……君は子供におしべとめしべの話をしたとでもいうのかい?」
「まさか、そんなことをしたら僕が知りたくもない場所に連れて行かれるじゃないか」
「それもそうだな」
月見野と当夜は顔を突き合わせて笑った。
「それじゃあ、今回当夜は小町さんに、『知りたくもなかった』ことを告げたとでも?」
「ああ、そうだ」
「その愛が離れることを運命づけられていたと知るのは、残酷な事実の告知に他ならないよ」
「……僕には詳しい事情が良く分からないんだか」
「まあ、色々とあったんだよ、彼女の過去には」
「結局、僕は彼女の本来のあり方を喚起してみただけで、それが抱える問題点については何ら解決してはいないんだからね」
「……つまり、本来なら人当たりが良すぎる彼女にとって、その人当たりの良さが抱える問題は何ら解決せずに、本来の姿に戻るよう勧告した、って寸法かな」
「随分と察しがいいな、月見野、これで多分僕が詳しい事情を説明する必要は無くなった。なぜなら、君が言ったエッセンスの部分さえ抽出できたなら事情の残りの部分は単なる周辺情報に過ぎないからね」
「……そう言われても気になる所ではあるが……まあ君の口ぶりからして大方色恋沙汰かなにかだろうね、あんなタイプの人間も、憧れの対象とはいえど、それはそれで大変なことだ」
話題が済むと、当夜は軽く会釈をしてその場を離れていった。
「……それでも、根本的な部分で僕には君が不可解でならないんだけどね、当夜」




